「あ、それ私のリング」


偶然すれ違ったスクアーロの手の平の上に大人しげに乗った鈍色のごついリングは一昨日なくしたものと酷似していて、深く考える間もなく声を上げていた。私に呼び止められてしまったスクアーロ本人は不機嫌そうに短く声を上げながらも、ゆっくりと足を止めてくれる。

気怠そうに眉をひそめる感じとか、長い割に骨張った指を伸ばして中にあるリングを見せてくれる感じとか、何かいいよなあ。なんてそんな事をぼんやり考えつつ、開かれた手の上を改めてまじまじと見詰めた。


「拾いモンだが、お前のかぁ?」
「…たぶん、これ、どこにあった?」
「談話室のソファの下」
「あ、じゃあ私だろうなあ、雲属性っぽいし」
「お前なあ、匣兵器は俺等の重要な武器だぞぉ!ホイホイなくすモンじゃねえ!」


ただでさえ声が大きいのがスクアーロの特徴であるのに、こうやって青筋を立てて怒られる時なんて堪ったものじゃない。出来ることなら鼓膜の安全の為に耳を塞ぎたい。塞ぎたいけれど、言われている内容は正論としか言い様がないからそれも出来はしなかった。ただ、大きな声を上げる度に上下する彼の喉仏を見つめて美しいなと考える。

そうだ、スクアーロという人間は美しい。銀色に光る髪もスラッとした肢体も、ボスに向けるひたむきな忠誠心も何もかもが美しくて、私はそれを目の当たりにする都度彼の美貌に溶かされてしまいそうになるのだ。


「おい!聞いてんのかぁ?」
「あ…うん、たぶん」
「多分だとぉ?お前は少しぼんやりし過ぎだぁ」
「…私の所為じゃないもん」


思わず零れた本音に、正面のスクアーロはピクリと眉尻を上げて反応した。
げ、まずい。やってしまった、なんて後悔がサッと脳裏を過ぎると同時に、じゃあ何か理由でもあるのかという作戦隊長さまの疑わしげな声音に全身を揺すられる。

ここで、あなたが美しいのが全て悪いんだ、なんて戯言もいいとこな言葉を吐いたら、ただ引かれてふざけるなと叱咤されるのが関の山。私の想いを彼が知る由はないし、私も別に知られたいとは思っていない。だから。だから、小さく微笑んで、全てをいなするみたいな囁き声を出した。


「最近、心配事が後を絶たなくて」


私は狡い人間なんだ、と思う。こうやって言葉を紡げばスクアーロという人間は必ず気持ちを傾けて親身になってくれると知って実行する私は。つまり自分で言うのもなんだけれど、私は確信犯な訳だ。しかも常習犯でもある。
それを裏付けるように、次の瞬間のスクアーロの表情は何とも形容し難く少なからず同情の色も含まれたものだった。

ああ、なんて単純で愛おしいんだろう。暗殺部隊の作戦隊長としての顔とは裏腹に、この白銀の髪みたいに綺麗な感情も持ち合わせるスクアーロ。ほんとに、なんかもう、抱きしめたくなる。


「そんな顔しないでよ、スク。大したことじゃないから」
「そういう問題でもねえだろぉ」
「そうかな?でも私は大丈夫」


優しい優しいスクアーロ。
きっと彼は少しでも生きる時代が違ったら、暗殺者なんて職業で生きることはなかったのだろう。例えばフェンシングの選手とか、そんなものになっていたに違いない。

気を抜けば即座に緩み始めそうな頬を必死に抑えて、彼にさえ気付かれないような静かな吐息を零した。スクアーロの絹糸よりも滑らかな銀糸をひとすくい、指先に絡めてみる。半透明な髪が窓から入ってくる日差しと相まって、殺人的な美しさを醸し出していた。


「んだぁ?」
「スクの髪はいいな、って思って」
「そおかぁ?」
「うん。スクアーロは嫌いなの?」
「別に嫌っちゃいねえけど…、それを言うなら、お前の方がいい髪持ってんじゃねえかぁ」
「え?」
「夜に紛れる、真っ黒い髪」


全く、お前は暗殺する為に生まれてきたみてえだなあ。

そう言ってスクアーロは微笑んだ。まさかそんな誉め言葉をもらえるとは考えていなかった私の脳みそが、悪寒とも武者震いとも言い難い速度でブルブルと震えた。
私の髪が、羨ましいと笑むスクアーロの銀の糸は相も変わらず私の指先に心地良い冷たさをもたらしているし、細い日差しは私達の上に静かに広がっている。なんて素敵な空間なんだろう。このまま死んでも間違いなく文句は言えないと思った。


「…あり、がと」
「なに照れてんだよ」
「照れてない。有り難い」
「そおかぁ。…あ、あと言っとくがなぁ、」


意味ありげな視線と共に、スクアーロは今まで彼の髪の感触を味わっていた私の右手を音もなく掴む。熱い。いや、あつくなる。

突然の行動に何も反応出来ず、ましてや台詞の先を催促することなどは考えも及ばずに、ただその鈍色の瞳を網膜に焼き付けた。
あ、この色。この色は、リングの色に似てる。ふと、そう気付いた丁度その瞬間、彼に捕らわれた右の手の人差し指に、ひんやりとした感触を覚えた。

リング、嵌めてくれたんだ。
視線を下に下ろす事も何だか憚られて、スクアーロ目を見たままそう考えた。まるで金縛りにあったみたいだ。どうせなら薬指に嵌めて欲しかったなあ、とそんな欲張りな事を思う余裕はあるのに、視線だけはどうしても動かせない。おかしい。視界が銀色だ。おかしい、あつい。


「言っとくがな、困った事があったら、遠慮なく頼れよぉ」

あ、やばい、溶ける。




片恋トワイライト


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(20130129)



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