ある日、私がヅラになっていました。詳しく言えば、何故か自分の体がヅラの体になっていました。いや逆にヅラの思考が私になったって言えばいいのかな。まあ兎に角、私は今ヅラのナリをしていても、心は何時ものなまえなのだ。 そして悪い事に、このおかしな現象は何時ものメンバー全員に起こっていた。 私がヅラの体になり、ヅラは銀時の体、銀時は辰馬の体、辰馬は晋助の体、そして晋助が私の体。 つまり、私達五人は何故か入れ替わってしまったのだ。理由なんてもちろんそんなの分からない。だって私達は罰が当たるようなことは何もしてないし、ただ一日中ヅラの家のコタツに入って全員がその場でうたた寝をしてしまっただけだというのに。なのにこんな仕打ちは酷くないか。 目が覚めたら全員の体が入れ替わっていた、なんてファンタジーな仕打ちは。 辰馬以外の全員が状況について行けず、クラクラする頭を押さえてから何分くらい経ったのだろう。突然、この場の静寂を破るかのように右隣から私の声で私の名前を呼ぶ声が聞こえた。一瞬意味が分からず困惑したものの、ああそうだ今は私の声イコール晋助の声だ、と気付いて大人しく彼(というか私?)の方を向いた。首を捻る時にちらりと視界に映ったツヤッツヤの黒髪に涙が出そうになった事は秘密にしておこうと思う。 「なに?…晋助」 「お前…ヅラの声でその喋り方はキツいな」 「そっくりそのままお返しするから!私の声でその口調のがツラいから!」 「クク、そうかあ?」 「うーあーこんなにもこの乾いた笑いと高い声が合わないなんて知らなかった。なんか寒い!寒い!」 「お前もな」 だから、私の声でお前もなとか言ってニヤって笑わないでよ泣きたくなるから! 声には出さずに心中で悶え苦しむ。 すると流石はオレ様フェロモン野郎と言ったところか、そんな私に追い討ちを掛けるようにその耳障りな声音(いや自分の声だけども)で宣ったのだ。 「なまえ、お前Cの割には垂れてんな」 目の前が真っ暗になった。それはそうだろう、だって私の目の前で、私の体に入った晋助が私の胸を、胸を揉んでいるんだから。 思わず、女子にあるまじき「ギャー」という濁音混じりの悲鳴を上げる。忘れていたけれど私は今ヅラの体である為、その悲鳴までもが女子にあるまじき…というかモロ男子の野太い声となってしまった。ヤバい泣きそう。なにこれ。何で、何が楽しくて自分が自分の胸を揉むところを見なきゃいけないんだよ。しかも垂れてるって。まだまだ盛りの女の子に垂れてるってどういう事?虐め? 「っ、晋助の変態!死に晒せ!」 「ああ?いいだろ胸くらい減るモンじゃねえし。つーかCだし」 「大きさは関係ないでしょ!」 「アッハッハッハ、ヅラもなまえも何言うとるんじゃ?面白いのう」 辰馬は、どこまでいっても馬鹿なんだと思う。 恐らく彼は今この状況がどういうものかなんて全く理解していないのだろう。斜め前に自分(の体を持つ銀時)がいる事なんて、これっぽっちも意に介していないに違いない。 でも、実際今の辰馬の馬鹿笑いからの土佐弁はかなりシュールだった。何たって、晋助の顔で、晋助の声でこの言動をかましたのだから。隣で晋助(が入ってる私)がもの凄い顔をしてこめかみをピクピクさせているのを見、何故か鳥肌が立った。うわあ、私も怒ったらあんな風になるのかな。やだなあ、と無駄に纏わりついてくる黒髪を右手で払いながら考えた。 「おい、坂本…」 「ん?どうしたなまえ」 「テメエ、それ以上口開いたらブッ殺すぞ」 「ちょ、晋助!それ私の声!私の声だから」 ああもう嫌だ。これ以上自分のドスの効いた声なんて聞きたくない。それに胸揉まれたし。垂れてるとか言われたし。もうこの際、ふて寝でもしようか。 …というかもう一度寝たら元に戻るんじゃない? 我ながらナイスアイディアだ。ナイス。もし眠っても元に戻ってなかったらかなりショックだけどナイス。 突然の神懸かり的な思い付きに素直に従って、もう一度横になろうと少しだけ腰の位置を動かした時。幸か不幸かそのとき、今まで黙っていた銀時(いや見た目は辰馬)が口を開いた。 「なあなまえ…なんでお前なんだ…」 「え?私?何が?」 「なんで…なんで入れ替わっても俺ァまた天パなんだよォォオ!」 そう叫んで悔しそうにコタツの机を叩く銀時と、そして土佐弁でなく標準語を喋る辰馬。その二つがダブルで来た所為で、思わず吹き出しそうになるのを堪えるのは容易ではなかった。 まあ銀時にはお前ここまできてもパーマネントの心配かよ、とか辰馬も自分の違和感にそろそろ気付けよとか色々言いたい事はあるけれど。けれど何よりこの状況、面白い。最悪なのに面白い…ってなんかおかしい気がするけども。でもやっぱり辰馬の姿でつらつらと標準語の言葉を並べる銀時を見たら、笑わずにはいられなくなった。 「っく、あは、あはは!」 「何だよヅラァ!じゃなくてなまえ!笑ってんじゃねーよコノヤロー」 「だ、だって辰馬の顔で銀時が喋るって、やば、おもしろくて…あはは!」 「うっせーお前だって十分キモイわヅラのナリして女々しい喋り方しやがって!」 「女々しいんじゃなくて私は女だから永遠天パ」 「おまっ…自分がヅラサラサラだからって調子乗りやがって…!」 「サラサラじゃない、桂だ」 「オメーは出てくんじゃねえよ!俺の顔して決め台詞吐かれても困るだろーがァ!」 「アッハッハッハ、皆今日は饒舌じゃき!祭じゃ!」 「坂本ォ…テメエ喋んじゃねーつったろ。舌抜くぞコラ」 「なまえ…お前怖くなったのう」 「いや私じゃないから晋助だから!いい加減状況把握して辰馬!」 「ん?晋助?そう言えばワシの声も変だのう。アッハッハッハ!」 「…殺す」 「ちょ、コタツの中で地味な攻防戦始めないでよもう!」 「…っていう、夢をみた」 「んだその夢、最悪だな」 「おもしろかったけどね」 「何故か俺の出番が少なくなかったか…?」 「そう?でもヅラ決め台詞言ってたよ?」 「つーか現実にはあり得ねえよ、辰馬が高杉になって喋るとか…ブク!」 「おい銀時…死ぬか…?」 「悪い悪い」 「ほんと、晋助って短気だわ…」 「あ?うるせーよ垂れパイ」 「っ!さ、最低!」 晋助の右肩を思いっ切り叩くも、その通りだろなんて気に障る言葉と一緒に鼻で笑われた。ムカつく。拳を握り締めた私の正面では、辰馬が何時もみたいに空気よりも軽い馬鹿笑いをかましていた。 変な夢、だったな。 有り得ないとは分かっていたけれど、どうか正夢にはなりませんようにと強く念じて手を合わせた。 リビドー・ウィークエンド (title:ノイズレコード) (20130129) |