「ちょ、な、なに、スク」 「仕置きだぁ」 「は?仕置き?意味わかんない」 「言ってろぉ」 「ねえ、ちょ、スクアーロ!」 頑張って叫んでみたものの、薄情で意味不明な銀髪には興味の欠片もないかのように無視されてしまった。そうやって知らんぷりを貫いたまま部屋を出ていこうとするスクアーロは実はSだったのか、と今更そんな発見をしても何の得にもならない事は、私が一番よく分かっている。 最後にもう一度、スクアーロの名前を大きな声で呼んでみた。一瞬その大きな背中がピクリと揺れたような気がした、のだけれど、無情にも扉は派手な音を立てて閉められてしまった。更に立て続けに、ガチャン、と鍵の閉まる音。鍵を掛けたって掛けなくたって同じなのに。一人残された部屋の中、詳しく言えば手足を拘束された状態のままベッドの上で、小さくそう零してみる。勿論それで何が変わる訳でもなかったけれど。 一度小さく身を捩って拘束が解けないか試してみたけれど、如何せん手首とベッドの柵的なものがガッチリと繋がっている為、脱出は無理な願いと化した。まあそれもそうか、何たって男のスクアーロが女の私を拘束したのだから。はあ、と大袈裟溜め息を室内の酸素の上に乗せてみる。そもそも何故、私がこんな目にあっているのだろうか。首を傾げて考えてみても、スクアーロがあんなにも怒るような理由なんて見付からない。でも、確実に怒らせてはいる。 本当に、私何したんだろう。 静まり返った部屋の中で、私に対してまで荒々しい光を宿したスクアーロの鈍色の瞳を思い出す。謝るにも、何を謝ればいいのか分からないよなあ。遣り場のない思いを持て余しながら、ただじっとスクアーロの帰りを待った。 それから約三時間、いや六時間くらいは経過したのだろうか。永遠とも思えるくらいの静寂をひとり奥歯で噛み締めていた部屋の中に、再びスクアーロが姿を現したのは。 この五、六時間の間で簡単な任務でもこなしてきたのだろう、彼の象徴でもある銀色の長い髪はこれでもかという程乱れており、「少しは反省したのかぁ?」と言いながら歩み寄ってくる彼からはやはり人間の血の匂いがした。 が、今はそんな事はどうでもいい。問題はただ一つである。 「スクアーロ、どうして私をこんな目にあわせてるの?」 「…まだ分からねえのかぁ?」 「分からない。だって私、何もしてないし」 「何もしてないだとぉ?」 「うん」 すごい剣幕でオウム返ししてくるスクアーロが、全然怖くなかったと言ったら嘘になる。けど、別にそこまで恐ろしいとは思わなかった。付き合いの年数が長いからだろうか。兎に角私は、あまり怖じ気付くことなく、真っ直ぐに頷き返す事が出来たのだ。 すると、そんな私を見たスクアーロから返ってきたのは盛大な溜め息だった。溜め息を吐く前にこの手首の拘束を解いてくれれば有り難いのに。これ思ったよりも痛いんだから。 「もう一度聞くが、本当に分からねえのかぁ?」 「あ、うん」 「心当たりも?」 「何もなし」 「チッ、仕方ねえ」 吐き捨てるような舌打ちの後、スクアーロはたっぷりの余韻を味方についに理由を口にした。お前が新人の教育係なんかになるからだろぉ、と一言。 は?とあからさまに意味不明な表情を向ければ、彼は今までの余裕綽々な態度は何処へやら頭を振って弁解するように素早くまた言葉を紡ぐ。それより早く拘束を、なんて口を挟むスキもない程のマシンガントーク(しかも大音量)に、己の耳を塞げない辛さを悔しく思ったのなんて言わずもがなだろう。とにかく、そんな私の鼓膜を破壊するような調子で放たれたスクアーロの言い分はこうだった。 最近私が新しくヴァリアーに入隊した四人の青年の教育係となった(それは正しい)。そして私は彼らを、厳しくも優しくしながら天塩に掛けて育てている(まあ、そうだろう)。それは本来ならば恋人に向ける筈の態度であり、私の教育姿勢は新人達にあらぬ誤解を抱かせる(待って意味が分からない)。だから私の気持ちはもう、スクアーロから離れてしまったのではないかと思ったら荒れた、と(いや誰がそんな事言ったよ)。 いたずらがバレた子供顔負けに唇を尖らせてそう主張するスクアーロに、ただ開いた口が塞がらなかった。つまりは嫉妬、嫉妬なのか。でもそれにしても、私の教育姿勢が恋人に向けるものである、って何?どんな思考回路してるのこの人。 「スク…小学生みたい…」 「んだとぉ!お前が悪ぃんだろおがぁ!」 「いや、でも嬉しい。…うん、嬉しいのかな?」 「はあ?」 「スクアーロが嫉妬してくれて、うん。嬉しいよ」 「なぁっ、…し、嫉妬な訳あるかぁ!」 耳栓が欲しい、と単純に思ったけれど、その反面銀色の美しい髪の毛まで赤く染まりそうな勢いでテレる彼はとても愛らしい。手が使えたならここで確実にキスの一つや二つはお見舞いしていただろうに、本当になんて残念なんだろう。 驚く程理不尽で可愛らしい理由で拘束をしたスクアーロよりも、私の力では解けなかった拘束自体を恨めしく思いつつも、小さく首を振った。行動で示せないなら、言葉しかないだろうと、そう思って私もスクアーロに負けないように大きく息を吸う。 「私は!私はスクアーロが好きだし!新人の子達は弟みたいなもので、そう、あのこ達にあげてるのは弟への愛情!スクアーロにあげてるのは、男性への愛情。違い、わかる?」 私の力の限りの告白は、果たして彼の鼓膜を、彼の銀色の心臓をどれくらい震わせる事が出来たのだろう。それはよく考えるまでもなく分かる事だった。元々耳まで真っ赤にしていたスクアーロが、今度は鼻の頭まで赤く染めた事を見れば。 ふふ、と小さく微笑むと、まるでそれが合図とでも言うように、スクアーロが私を強く抱き締めてきた。二人分の重力を受けて苦しそうに軋むスプリングの音を聞きながら、彼の確かな愛の重みを受け止める。腕が使えないのは不便でも、幸せだ、と思った。 「もう浮気すんなよぉ…!」 「いや、まず浮気してないし。スクが勝手に勘違いしただけでしょ」 「うるせぇ!お前の態度が悪いんだぁ」 「あーあーはいはい」 目を閉じて、スクアーロの体温を肌でだけ感じてみる。暖かくて、温度だけで私が好きだって伝わってきて、たまらなくなった。ああ、何でこんなに可愛いんだろう。大好きなんだろう。 ただ、今回で、スクアーロを勘違いさせたら恐ろしいという事は学んだ。もし本気で浮気しようものなら、どうなるものか分からない。この感じでいくと監禁なんかも否定できない。監禁、殺害…有り得る有り得る。大いにありうる。…まあ、浮気する予定なんか無いから良いのだけれど。 「ねえ、スクアーロ」 「あぁ?」 「私スクが一番好き、大好き」 「なぁ、何だよいきなり」 「すぐ照れるスクも、怒ったら結構怖いスクも大好き。だからね、」 「……」 「とりあえず手首、外してくれない?」 実はヒリヒリしてきて、結構痛いんです。 という台詞は、弾かれたようにスクアーロが手首の拘束を解いて、真っ赤になったそこに困ったような申し訳ないような表情で見詰められた為に何処かに引っ込んでしまった。ああ、やっぱりそういうところも、可愛いね。 束縛と世界観 (20130126) |