「あれ?来たの?」
「来たんじゃなくて、来てやったの!」


腹の底から声を出しつつ、人より高い場所に位置するその憎らしい顔をきっと睨み付ける。すると鮮やかな腕章が眩しい奴、雲雀恭弥は愉快そうに喉を鳴らした。本当にムカつく奴だ。死ねばいい、なんて口にしたら逆にこっちがその学ランの下に器用に隠してある凶器で殺されるだろうから決して言わない、いや言えないけれど。

昼下がりの屋上で、何時ものように悠々と日光浴をしていたらしい雲雀にいつも通り購買で購入してきたパンを投げつければ、それは彼の手に吸い込まれるように収まった。パス、なんて軽い音が乾いた青空へと消えてゆく。


「食べ物は投げないでくれる?」
「人の事パシらせてんのはアンタなんだから、小さい事で文句言わないでよ」
「別に、頼んだ覚えはないけど」
「私も頼まれた覚えなんてないから。命令された覚えならありますけど」


欠伸をしながら早速パンの袋を開封する雲雀に辛辣な口調をお見舞いすると、彼は少しだけ目を見開いて、それから何を思ったか美しいフォームで私の隣へと飛び降りてきた。黒い学ランの裾がふわりと風を孕む。綺麗、とか思ったら負け。負けちゃだめだ私。

奥歯を噛み締めて、ついでに拳も丸めた私のすぐ横で、何故か毎日私をパシリとして登用して下さる風紀委員長さまさまはふわぁ、なんて可愛らしく欠伸を噛み殺す。何か文句でも言ってやろうかと肺に空気を溜めた瞬間、青緑色の安っぽいフェンスと真っ黒い奴に挟まれた。

神速で起こった展開に、一瞬フリーズした。誰の何が、なんて言わなくても分かるだろう。私の脳細胞だ。言ってしまったけども。
恐らく今私は驚きのあまり目を見開いているのだろう。それを私の視界を遮るように存在する雲雀恭弥の綺麗な瞳に映る自分の表情が何よりの証拠として示していた。

何だろう、この展開。何時もとさして変わらない口のききかたをしたつもりなのに、今にも壊れそうなフェンスに押し付けられるって一体どんな天罰なんだ。現に今も、私の背後の細い網目はギシギシと苦しそうな声を上げている。下手したら死ぬ。というか何だ、コイツは私を殺したいのか。


「私、何か気に障ることしたっけ?」
「君が気に障るのは何時もだよ」
「じゃあ、何で?」


何で私は今、彼にいわゆる壁ドン(いや正確にはフェンスドン)をされているのか。

わからなくて小首を傾げたら、雲雀はしかめ面で小さく「忠誠心が足りない」と呟いた。いや忠誠心って、と大声で言ってやりたい衝動に駆られたが、よくよく考えてみれば今このフェンスをお得意のトンファーで一刀両断されたらサヨナラするのは私である。命は大切にしたい。

という訳で、敢えてここはそんな事ないから路線にしておいた。ただ誤解しないでもらいたい。彼はさも当たり前のように私と自分との主従関係を主張しているが、実際のところそんな物は存在しない。

私はある日突然、運悪く並中の秩序を自称するこのトンデモ風紀委員長に目を付けられて毎日の昼食調達を押し付けられてしまったに過ぎないのだ。理由は分からない。けれど彼に逆らえば制裁されるなんて事くらいはわかっていた為、断るなんて出来る筈もなく。つまり私はそう、可哀想な悲劇のヒロインなのだ。なんて。自分で言うと悲しくなるものね。

自分の世界に浸るのも程々に、未だ私の自由を許してくれない雲雀の顔を見上げれば、そこには中学生とは思えない底冷えのするような薄い笑みがあった。ああ、そう言えばこの人留年してるんだっけ。


「君は僕の下僕なんだから、もっとしっかりしてよ」
「げ、下僕?」
「違うの?」
「違うに決まってんでしょ!」
「何で?だって毎日幸せそうに僕に会いにくるじゃない」
「幸せな訳ないでしょ!嫌々行ってやってるの!」
「ふうん」


こんな状態でも噛み付く私は凄いと思う。
他人ごとのように自分自身に感心する私とは相対するように、雲雀は少しだけ唇を尖らせた。拗ねている、これは確実に拗ねてる顔だ。だからと言って自分の言葉を訂正する気はさらさらなく、ただそのまま彼の端正なお顔を睨み付ける。

しばらく、膠着状態が続いた。
雲雀がその袖の下に常備している武器を、スッと取り出すまでは。

そのまま、彼はごくごく自然な動作でその凶器を私の命綱のフェンスの網目に器用に引っ掛ける。きっと少しでも力を込めれば、このフェンスは一気に崩れてしまうのだろう。常人なら有り得ないが、コイツとなれば話は別だ。どうしよう遂に殺される。恐怖で一瞬息が止まった。


「あのさあ、なまえ」
「え、ちょ、雲雀、ま」
「反抗的なくらいなら良いんだけど、流石にあからさまに嫌々言われるとさあ、」


噛み殺したくなっちゃうよ?
誰もが振り返りそうな素晴らしい笑顔で、雲雀恭弥もとい大魔王さまは私の死刑宣告を繰り出した。それに併せて彼のトンファーも網目を離れ私の首筋に当てられる。どうやら命の危機というやつはヒヤリと冷たいものらしい。今ばかりは憎まれ口も出てこず、ただ固まったままで彼を見詰め続けた。

ドエス、こいつは天性の捕食者なのだ。そう、私の直感が告げていた。


「ほら、なまえ」
「は、はい?」
「言ってみなよ、僕の忠実な犬ですって」
「い、いぬ、じゃないもん」


今の状態のコイツに逆らったらジ・エンドかもしれないとは重々承知していたけれど、それでも流石に下僕宣言はしたくなくて弱々しい抵抗を試みる。だって私まだ十五歳だよ?何でこの若さで誰かの犬にならなきゃいけないの本当に。

でも雲雀恭弥という人間がそんな心情を推し量ってくれる筈など小指の爪程もなく、「へえ、じゃあ死ぬ?」なんて台詞と武器が無情にも私の喉元に突き付けられた。


「ひ、」
「ほら、死にたくないなら言って?」
「い、いや…」
「…もしかして君、ツンデレ?」
「は?」
「本当は嬉しいのに嫌な振りしちゃうってあれなんでしょ?いいよ遠慮しなくて、今だけは目を瞑ってあげるから」


なにこの人。何言ってんの。勝手すぎる(そして自分に都合が良過ぎる)解釈を平然と宣った目の前の風紀委員長に開いた口が塞がらなかった。

ていうか何、仮に私がツンデレだとして(いや違うけど)も、今だけは目を瞑っててあげるって。何にだよ。ていうかまず私は何に遠慮してる設定だよ。
次々と生まれてくるツッコミたちは無理矢理喉の奥に押し込んで、再び彼の深い色を呈する瞳と視線を合わせる。ほら、早くいいなよ。なんて命令が、私の脳内だけに響いた。

嫌だ、だって私犬じゃないし。人間だし。
でもこの場で人型を死守する為には、ここで苦汁を飲まなくちゃいけないのだ。命は大切にしたい。鈍色に光る凶器の冷たさに、目頭にじんわりと涙が滲んでゆくのが分かった。もう、どうにでもなれ私の人生。


「わたし、は…」
「うん」
「…雲雀の」
「雲雀君」
「…雲雀、君の…っ、犬ですもう下僕でいいよ何とでも言えよ満足かこの鬼畜!」
「ふうん、へえ」


腹を括って発した叫びに、雲雀は満足そうに笑みを零す。

じゃあこれからも宜しく、なまえ。
そんな魔の言葉を私の鼓膜が受け取ってから間もなく、今度はトンファーではなく彼の血色の良い唇が迫ってきた。え、なんで。何でこの状況でキスされなきゃいけないの。雲雀は犬にキスするのかと、そう叫ぶ間もなく、私の体重を支えるフェンスが声にならない悲鳴を上げた。



結局のところ君は悪魔で



(20121220)
(title:routeA)



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