女子高生相手にあれこれヤらかすっつーのは、やっぱり犯罪だろうか。 いやでもそれは相手の同意が得られていない時であって、合意の上であれば何ら問題はない筈、だよなぁ?でもまだ女子高生だろぉ…まあ、逆に言やあ女子高生だからこそでもある。ん?あー、もう分からねえ。 明るい日曜の昼下がり、晴れて俺の彼女となったなまえの自室でひとりそんな末期思考を巡らす。いつもの通り勉強を教えに来た事には変わりないが、彼女は今飲み物を取りに行くとか何とか言って一階へと降りていっていた。もうすぐ戻ってくる頃だろう。…ホラ、来やがる。 トントン、と男の俺には到底真似できないであろう軽い足取りで階段を上る音に鼓膜が揺れた。それから程なくして部屋の扉がゆっくりと開く。 「お待たせしましたー」 「おう、悪ぃなあ」 女子かと疑いたくなるくらいの足さばきで扉を器用に締めたなまえが、ローテーブルに持ってきた空のグラスと二リットルペットボトルを置こうと屈む。 と、正にその瞬間だった。見えた。前屈みになった所為でTシャツの襟元からなまえのブラが見えた。ライムグリーン水玉、縁にクリーム色のレース付き。決して俺が「見た」訳じゃねぇ、「見えた」のだ。 いきなりのサービスもといハプニングに頭ん中は一気に公言出来ないような思考で埋め尽くされるが、それは悟られない様に至って自然になまえからグラスを受け取った。 並々と注がれた烏龍茶より手元にある有機の問題より何より、視線が胸元にいっちまうのは男として当然だと思う。しかも当の本人がそんないかがわしい視線を送られている事に気付いていないとくれば、そりゃ尚更見詰めるしかないだろうが。つーか、思ってた以上にあるなぁ。 「あ、そうだスクアーロさん」 「う゛お゛ぉ!?」 「え、どうかしました」 「いや、何でもねぇ。…で、どうした?」 突然のなまえの呼び掛けに、情けない事に思いっ切りびびった俺の心臓は数秒経った今もまだどくんどくんと波打っている。咄嗟に真顔を取り繕って平静を装うと、どちらかというと鈍感の部類に入るこのガードの緩い女子高生は何の疑いもせずにその顔に笑顔を灯した。誰かこいつに凶器の区別と使い方を教えてやってくれ。そう叫びたい。 「今週末、一緒に映画行きません?」 「映画?」 「うん、私観たい映画があって」 彼女は先月公開した今旬な若手俳優が主演しているホラー映画が観たいのだそうだ。話題作りの為のキャスト起用やネットの感想面から言えば面白い作品と期待する事は出来なそうだが、それは別にどうでもいい。 何を観るかなんて関係なく、問題はなまえと一緒に映画に行く、その一点だけだ。 だってアレだろ、映画っつったら暗闇じゃねえか。しかも公開してから1ヶ月以上経っているという事は、周りに人が余りいない可能性が高い事を示す。そしてそれ以上に悪いことにホラー映画とは。何だ、コイツは俺に好きにしろと言いたいのかぁ? 破裂寸前の思考回路の所為で思わず唸りそうになったが、そこはなまえに与える心証面も考えてギリギリで押し止まった。爆ぜるのは脳内だけにしねぇと確実に色々問題が起こる。そしてそれがザンザスに露見するような事があれば確実に俺は死ぬ。運良く死なずともアイツの経営する会社に勤めている俺が職を失うかなんてのは言わずもがなだ。それだけは避けたい。 精一杯の我慢をしつつなまえの表情を窺い見ると、彼女もまた俺が映画という単語にどんな色を示すか心配と言った様子でこちらを見詰めていた。激しい音を立ててぶつかる視線同士に、内心では悶えつつも、メッキよりか剥がれ易いであろう笑顔らしき物を無理矢理張り付ける。 「どう?ダメですか?」 「いや…別にいいぜぇ」 「ほんとう?やったあ」 「そんな観たかったのか?」 「んー、実を言いますと」 スクアーロさんとデートしたいだけだったりしなくもなくもないです。 こっちの気も知らねえで、クスリと微笑みながら烏龍茶のグラスを口に運ぶなまえに対して、何故かハラハラと言うに相応しい感情を抱く。するとその直後、俺の視線を感じてか手元が狂ったらしい彼女は烏龍茶を少しだけ口元から逃がした。しかも、まるで涎みてーな感じで。ツゥ、と。 瞬間ゾクゾクと背中に青い電流が流れてしまった俺は至って平均的に健全な二十代男子なのだろうが、そんな当たり前の考察より何より、今はポケットから携帯を取り出しそうになるのを堪えるので一杯一杯だ。もう変態とでも何とでも言え。 本音を言えばもうこの辺で襲ってしまいたい。というか今までよく我慢していた方だと思う。彼氏にブラを垣間見せてしまうような無防備な女子高生と、俺の下半身はずっと闘っていたのだ。もういいだろぉ。 寧ろここまで引っ張った事を褒めてくれ、と誰に当てるでもなく心中で声を張り上げた時には、俺の体はもう動いていた。これが正に体が勝手に動いたってヤツか。不覚だ。 なんてもう既に彼女の小さな体をフローリングに押し倒してしまってから思ったんでは遅いんだが。 「へ?スク、アーロ、さん?」 「……」 「え、ちょ、んむ!」 床になまえの黒い髪が扇のように広がっているのが、彼女の口を強引に塞ぐ直前に何となく目に入った。綺麗だとか柄でもねぇ事を考えながらも、角度を変えて今度は舌を口内に侵入させてみる。なまえは驚いて固まっている様だったが、舌で歯列をなぞってやった途端に弾かれたように被さっている俺の胸板を押してきた。言わずもがなな体格差である為そんな攻撃は全く効果がなかった。 だが彼女の抵抗の仕方があまりにも必死さを滲ませたモンだったから。だから俺は潔く彼女の唇を解放して、それからゆっくりとその上から退く。 あー、やっちまった。 涙目のなまえを見て一気に後悔の波が押し寄せたが、タイムトリップなんて出来る訳もねえ、一分前でも三年前でも過去は過去である訳で、だなぁ。なまえ曰わく「人混みの中でも探しやすい」頭をわしゃわしゃ掻きながら、小さく謝罪の言葉を宙に浮かべた。さすがに目を合わせるのは憚られたが。 「ほんと、悪ぃ」 「…スクアーロさん」 「なんだぁ」 「私、処女なんです」 「い、きなりどおしたぁ?」 罪悪感から直視出来ない自分の所為で、今彼女がどんな光をその瞳に宿しているのかは推し量る事も出来なかったが、言葉に棘々しさが含まれていない事は辛うじて分かった。それにしても唐突過ぎるカミングアウトに、全身が熱くなると共に思わず天井を見上げる。何かあればいいという期待は当たり前のように裏切られたが、変わりにこの部屋を漂う空気の中の酸素とアルゴンの区別が付けられる気がした。 「だから、なんていうか驚きました」 「…悪かった」 「じゃあこっち向いて下さい」 「何でだぁ?」 「泣きそうだから」 「はあ?」 聞き返すと再び、泣きそうだから、という言葉が返ってきた。目に見えずとも、震えているのが分かる。こっちだってあんな風に拒否られて泣きそうなんだがなぁ。そんな情け無い事を考えたものの、一度傷付けてしまったという負い目もあって渋々となまえのいる筈の場所に視線を下ろす。 そこには矢張り、宣言通りと言うべきか、今にも零れ落ちそうな塩水の膜を眼球一杯に張った俺の女がいた。ただ彼女は俺と視線を繋ぎ合わせた瞬間、何故かしばしのハッとしたような表情を越えて嬉しそうに口角を歪めた。意味不明だ。 「スクアーロさんも、」 「は?」 「スクアーロさんも、泣きそうですね」 「なっ…、んな事ねぇ!」 恥ずかしい。これ以上恥ずかしい事があって溜まるか。 必死に声を荒げるとそれは逆効果だったらしい、なまえはもっと嬉しそうな笑顔を顔一面に広げ、挙げ句の果てに声まで立てて笑いやがった。 怒ろうにも酸素が好き勝手に体内に入ってくる所為で上手く喉を震わせられない。この手込めにされた敗北感が何とも言えねえ。勿論悪い意味で。 「申し訳ないですけど、もう少しだけ待ってくれると嬉しい、です」 「それは、やらしい意味でかぁ?」 「っ覚悟は、しますから」 どうやらなまえも満更ではなかったらしい。ただ色んな方面で準備が出来ていなかったのだろう。それもまた若い証拠、ってやつか。 何となく嬉しいようなこそばゆいような感情を抱いたからか、気付けば俺の手は彼女の小さな頭の暖かさを確かめるようにその上に載っていた。ポンポン、とあまり反動は付けずに軽く撫でてやる。するとなまえはまるで隣の家の爺さんが飼っているレトリバーのように幸せそうに目尻を下げた。賢そうなのに、どこか間抜けな表情まで似てやがる。 それが可愛い、とは男を廃らせない為に口には出さなかったが、きっと言葉にせずとも伝わったに違いない。その証拠に、なまえが大胆にもこちらに擦り寄り腕を絡ませてきた。幸か不幸か、ちょうど胸が当たる。 今の今あった出来事を忘れたのかオイ、この頭は飾りかぁ、飾りなのかぁ。 心中での呟きが外に漏れる筈もなく、謀ったかのような上目遣いを繰り出してくるなまえに再び我慢の強度を試される事になるのかと、空気に溶けている酸素と幸福感、それに今から掛かるであろう心労とを一緒に吸い込んだ。 あまい自制、にがい自省 スクアーロさんごめんなさい (20121107) |