「あいっかわらず」 モテるねえ、溜め息混じりでそう口にすると当の本人、隣のモテ男くん兼私の幼なじみは面倒臭そうにその骨張った手で前髪を掻きあげた。本人曰わく、俺に惚れる人間の気が知れねえ、だそうだ。 まあ確かにスクアーロは男のクセに長髪だし、喋り方もおかしいけど。 けど切れ長の瞳やら綺麗に通った鼻筋やらイケメン要素は元来兼ね備えているし、何より外国人という事が彼の株を高くしている。日本の女の子は格好良い白人に弱い、なんて言われなくても承知している事であって。 「あーあーなんかムカつくなー」 「お前お世辞にもモテる訳じゃねーもんなぁ」 「何も言えん」 「素直か」 「んー…ごめんねスクアーロ」 どの部分もオレンジに色付く放課後の教室の中、窓際後ろから二番目の良席で頬杖をつく彼にだけ伝わるような小さな声で呟く。 大きい声に慣れきったスクアーロの事だ、もしかしたら聞こえないかも…なんて思ったけれどそれは杞憂だったようで、彼はちらりと伺い見るように前の席に座る私に視線を寄越した。別に真似してる訳ではないけれど同じように頬杖を付くのに一役買っていた右肘が痛い。何故か突然痛くなった。 「何謝ってんだぁ」 「だって無理言ってモテ男の貴重な放課後を潰しちゃったし」 「何時もん事だろおが」 「ほんとごめんスクの下半身」 「殺すぞぉ」 ドスが効いてるのか効いていないのかよく分からないスクアーロの声。 今日は、というかここ数日私ははほぼ毎日こうして夕日が照らす教室に彼を呼び出している。勿論申し訳ないと思っている。 けれど断ってくれればいいのに、スクアーロは何時も文句を言いながらも私のお願いを聞いてくれる。彼は少し馬鹿なのだ、多分。 一度大きく伸びをしたら示し合わせたみたいにスクアーロが私に言葉を飛ばした。何時の電車だぁ、ってそれだけだった。私の背筋は3センチくらい伸びた。 「じゃあ六時五九分」 「あと一時間はあんじゃねーかぁ」 「でも怖いし」 「…だな、悪ぃ」 「こちらこそごめん」 本日二度目の謝罪を口にすると使い古された沈黙が蘇った。スクアーロは哀れむような、それでいて蔑むような微妙な表情をしている。何だか少し苛ついたけど私が頼らせてもらってる側だからと踏みとどまった。 私は最近彼氏と別れた。束縛がキツすぎて私からサヨナラさせてもらったのだ。 だって隣の家のスクアーロと一緒に下校しただけで殴ってくるし、他の男とメールしてると髪を掴んで押し倒してくるし。そんな彼が好き、なんてM子ではなかった私にとっては彼氏との時間が苦痛でしかなかった。から、少し申し訳ないとは思ったけど別れた。 …だけど振ったら何故か逆恨みに合ってしまったらしく、今私はソイツにストーカー紛いの行為を受けている。特に夕方は私の家の前、つまりスクアーロの隣の家の前で待ち伏せしたりしているのだ気持ち悪い。 だからこうやって無理を言って下校時間を遅らせて挙げ句スクアーロを付き合わせている訳だ。ほんと、突っぱねてくれたら我が儘なんて言わないのに。 「なんでこんな男運ないんだろ」 「見る目がないからだろぉ」 「んな事ねーわあるわ」 「じゃあ腐ってんだなその目」 「あーあ、初めは良かったのに」 そう言って溜め息を吐くとスクアーロはお前はいっつもそれだと言って馬鹿にした笑みをぶつけてきた。うるせーうるせーって手で追い払おうとしても事実なので無性に心臓が痛くなる。 このままだと気まずい、というか私の精神的HPの消耗が半端じゃないので、取り敢えず話題を変えようと何か良い話はないかと脳内検索をかける。スクアーロとの話題に困るのなんて、何時ぶりだろう。 「うーん…」 「……」 「……」 「…今日ほん怖やるらしいぜぇ」 余程私との沈黙が嫌だったのか、はたまた私が話題探しに苦労しているのを察してかは分からないけれど、突然そんな言葉がオレンジに染まった窒素にふわりと浮かんだ。私的には助かった気もするし、何だか少し寂しい気もする。 その反動か、ほん怖かあとレスポンスをしつつも机に突っ伏していく自分がいた。 「お前怖いの苦手だもんなぁ」 「別に見れるけどね」 「見た後に人の部屋入ってくんだろーが」 「だってお化けって一人いたらその部屋に三十人はいるでしょ馬鹿じゃん」 「んだそのゴキブリ方式」 カラカラ笑みを取り繕うスクアーロ。それに対してお化けの話題をされると少なからず背筋が寒くなるのでそのまま顔を上げられなくなってしまった私。情けない。 でもなんか怖いし、なんて考えていたら不意に旋毛にピンポイントで鈍い衝撃が伝わってきた。 「ちょ、なにしてんの」 突っ伏したままである為か声が目の前の茶色い机に当たって跳ね返るのが分かる。スクアーロは何を思ったかそのまま私のつむじを指でぐりぐりと圧迫し続けていた。別に痛くはないからいいけれど。 「いや、お前ちっちぇーよなぁ」 「スクアーロが高いだけでしょ」 「それにしても馬鹿みてーなつむじだな」 「つむじで馬鹿かどうかなんて分かったら大したも、っハクシュ」 耐えきれず、といった風に飛び出したくしゃみを受けて私の頭頂部を苛めていた手がピタリと止まった。顔を上げれば目を丸くしたスクアーロの銀髪がふわりと揺れる。 綺麗だと、ただ単純にそう思った。橙色に染まるスクアーロの銀髪はもはや芸術作品だ。 「馬鹿だから風邪ひいたのかぁ?」 「馬鹿は風邪ひかないし」 「夏風邪は馬鹿がひくけどな」 「うざっ、って、うわ」 「くるまっとけバカ女」 スクアーロがいきなり私の頭にタオルを乗せてきた所為で、下手に動けなくなる。大人しくそれを手にとって肩に掛けた。 スクアーロの好きなバンドのライブのグッズタオルで、何だかやけに細長い。くるまるのは確実に無理なサイズだったから両手で端っこを持って何となくガウンみたいに扱った。 「コレ普通に効果ないわー」 「でも一応使っとけぇ」 「えー、スクアーロの匂いするし」 「文句言ったら殺す」 「…アイツよりずっといい香りだよ」 目を閉じつつ言った私の言葉に、スクアーロはそうかと小さく返答をした。 肩のあたりからスクアーロの部屋の匂いが飛んでくる。アイツの甘ったるいムスク系のではなくて、なんかスクアーロっぽい、甘ったるいのにそれ程ウザくない匂い。 スクアーロはそんな私ことを考える私をどんな目で見ているのだろう。 ふと気になって、でも目を合わせるのがそこはかとなく憚られて瞼は下ろしたままにしておく。 「あー、私ってほんと災難な人間」 「厄年なんじゃねえのかぁ?」 「したら同い年のスクも厄年じゃん」 「だな。まあアレだろ、」 「なに?」 「……なまえ」 「…なに」 久しぶりに名前を呼ばれた。 もうスクアーロは私の名前忘れてるんじゃないかと本気で思っていたからびっくりしてしまう。全部忘れてやる、って言われたのに。何で覚えてるんだろ、ほんと。 「なんか楽しい思い出でも思い浮かべれば楽んなんだろぉ」 半ば言葉を濁すような、そんな表情でスクアーロは言った。目を瞑ってるから見えないけども。でもたぶん当たってるよな、なんて考えながら楽しい思い出とやらを記憶の海から引っ張ってみる。そうしたら何故か、まだスクアーロと付き合ってた頃の彼とのセックスを思い出した。楽しい思い出、とはなんか違う気がする。 うう、小さくそう唸るとスクアーロの視線が私へ落とされるのが分かった。 私が自分勝手に別れようって言って、別の人間に乗り換えたのに。なのに何でスクアーロはこんなに優くしてくるんだろう。 思わず目を開けてスクアーロのオレンジ色の銀髪を一掬い、指に絡める。でも嫌がってくれない。 「…くすぐってぇ」 それだけ言ってあとは窓の方を向いてしまうスクアーロを、ただ西日が照らしていた。馬鹿、本物のバカはどっちだよ、と心の中で悪態を吐いてみる。 今日家に帰ったらスクアーロのアドレスを削除しよう、そう心に決めた私の指が、プチンと彼の銀糸を抜く音が聞こえた。 ロマンスにはなれなかった (title:ちえり) (20120817) |