「た、助けてベル!」 自室でナイフを磨いていたら、ドアの向こう側から突然そんな声が聞こえてきた。珍しく切羽詰まったなまえの声音。それと共にガチャガチャと乱暴にぜってー回らないドアノブを回す雑音。 何事かと思って王子の俺に相応しい銀の光沢を放つ凶器をベッドへと放り投げてドアに向かう。防犯対策というか他人からの干渉対策の面できっちり鍵を掛けていたから、こっちから開けてやんねーとなまえはこの部屋に入れないからな。 まあ王子がわざわざそんな親切をする必要は全くない訳だし、このままレアな慌てるなまえを楽しむのも良いんだけど。 でもなんつーか、そんな焦ってるアイツの顔を拝みたいっていう気持ちもあるワケ。 だから優しいオレ様は、ドアの内鍵をすぐに開けてやった。 ただ声も掛けず気配すら消してそうした所為か、なまえは突然開いた扉に短く驚きの声を上げながら雪崩れ込むように部屋に入ってきた。入ってきた、つーよりはつんのめって転がり込んできたみたいな。とにかく最高にダサかった。超オモシレー。開けて正解。 「ししし、ダサッ」 「べべべベル!」 「んだよ焦りまくって」 「大変なの、大変!」 「だから何だよ」 「私の部屋のエアコンが壊れたの!」 …ハア? 思わず王子らしくない間抜けな声が出てしまっていた。間髪入れずにそれだけかと問えば、敵ファミリーの腕利き達に囲まれた時より数倍の焦りが伺える表情で頷かれる。んだそれ。予想外と言えば予想外、想定内と言えば想定内ななまえの発言に半ば呆れつつ、ベッドの上に投げ出したナイフを回収した。 詰まんねー用で王子に手間かけさせやがって。 約二メートル先正面で、肩で息をしているなまえに向かってそんな念を込めてナイフを投げる。クーラーから吐き出される冷気に乗って、キラリと光の尾を引くオレ特性のそれは見事になまえの頬を掠めて後ろのドアに突き刺さった。 一瞬の出来事に目を見開くバカの背後ピッタリ。トス、なんて音が小気味いい。流石王子じゃん。 「う、な、なな危ないでしょ!」 「ししっ、コントロール抜群」 「話聞いてよバカベル!」 「ハア?エアコン如きでピーピー言ってるオマエに馬鹿とか言われる筋合いねーよバーカ」 「だって暑いじゃん!」 ベルだって自分が暑い時はピーピー言うでしょ! なまえは単細胞らしく口をへの字に曲げて食らいついてきた。んな事ねーし、なんて適当にかますと余裕に見えるオレにもっと苛立ったのか更に眉間のシワを深くする。まあ余裕があるのは事実だけど。 もうからかうのも面倒になって、ナイフはドアに任せたままで王子専用のソファに勢いよく体重を預ける。するとなまえは少し落ち着いたのか何なのかは知んねーけど、とにかく気を取り直したような顔をして俺の隣に腰を下ろしてきやがった。俺専用のソファだっつの。 「おい、ナニ勝手に座ってんだよ」 「涼しいねこの部屋、設定何度?」 「テメッ、殺されてーの?」 「仕方な、いたっ!痛い痛いごめんって!」 そのまま放っておくとコイツのことだ、この部屋に居座りかねない。そんな危険を感じたのとなまえの態度がムカつくのとで、気付いたらなまえの長い髪をぐいぐい引っ張っていた。ナイス俺の手。 ギブギブと悲痛な叫びを上げるなまえを無視してそのままいじめ続ける。と、みるみるうちになまえの目に塩水が溜まっていった、のが分かった。 ヤベ、やりすぎた。 そう思ってぱっと手を離して解放してやった時にはもう既に遅かったっぽい、なまえはガキみたいに啜り泣きを始めてやがった。てか何で王子がこんなのに焦んなきゃなんねーワケ腹立つな。 「うえぇ、痛いっちゅーねん」 「喋り方マジムカつくんだけど」 「ベルが苛めるからじゃんバーカ」 「うっせアホ」 「うあああん」 あーうるせ。スクアーロにでも引き渡せねーかな。 そう思ったところではたと、この間スクアーロの剣磨きセットをパクった、いや、こっそり借りた事を思い出した。お陰でナイフはピカピカになったし、そろそろ返してやるか。 そんな寛大な処置を決定して、隣のバカバカと騒ぐなまえを見やる。うん、コイツも預けられるし一石二鳥じゃん。流石オレ、なんて自分自身に酔いつつ、ソファから腰を上げてなまえの腕を強く引いて無理矢理立たせる。 ふえ?とか笑えるくらい年に似合わない間抜けな声を立てたなまえには構わずに強引に部屋の外に追い立てて、そのまま自分もクソ暑い廊下に出た。まだ何が起こっているのか理解出来ないらしいなまえを尻目に、涼しくて快適な部屋にサヨナラ、扉をバタンと閉めてやる。ほんとオモシレー顔。 「なに、なんなのベル」 「今からスクアーロんとこ行く」 「は、何でスク?」 「ししっ、返すモンと押し付けるモンがあるから」 ふーん、と喜ぶでもなく嫌がるでもない様子で軽く頷くなまえの手首を握ったまま、ずんずん廊下を進んでいく。コイツぜってー自分が『押し付けるモン』だって分かってないよな。 何だかむず痒い笑いを堪えていたらあっという間にスクアーロの部屋の前に着いていた。 ノックとか面倒臭いし柄にも無いしでそのままノブを乱暴に回しドアを足で蹴って開けると、中では書類に追われる作戦隊長はデスクと格闘。 「ししっ、しっつれー」 「う゛おぉい、ノックくらいしやがれぇ」 「いーだろ別に、…ってこの部屋暑くね?」 廊下までとはいかないまでも予想外の暑さに、王子の背中からひょっこり顔を出したなまえも小さく暑いと零した。よくよく見れば窓も全て閉まっているではないか。 「んだよスクアーロ、サウナ状態で鍛えてんの?」 「エアコン壊れたんだよぉ」 「え、壊れてるのに仕事してるの!?」 横を見ればまるで地球外生命体を見るかのような目つきでスクアーロの額を流れる塩水を見詰めるなまえに思わず声を上げて笑ってしまった。オマエも見習えよ、そう言えばスクアーロは人間じゃないとふるふる首を振られる。ついでに二の腕あたりを抓ったら抓り返された。うぜ。 取り敢えずこんな切迫感と気温のある部屋になまえを置いていくのは流石に無茶だろうな。 計画が潰れたのはムカつくけどまあ仕方無いから、借りてた(パクってた)剣磨きセットを側のラックの上にコトリと置いた。勿論気付かれないように気配を消して、だけど。 「しし、じゃ帰るわ」 「結局何の用だったんだぁ?」 「なんでもね」 「え?ベル返すもごぉ!」 「う゛お゛?」 「うしし、なんでもねー、じゃな」 余計な事を漏らしそうになった馬鹿な口を手で塞いで、虚しくも必死の抵抗を見せてくるのにも構わず、っつーか王子にかかればこんな抵抗痛くも痒くもない訳で、女一人分の体重をずるずると引っ張っていく。 コイツの口は危ない。もう十二分に分かっていることを改めて実感させられた。 つーかこれからどうするかな。 そこが問題だった。スクアーロに預ける訳にもいかなくなったし、この暑い廊下に付き合って食堂まで行くのはメンドイし。 …しゃーねー。 小さく舌打ちしながらも、再び俺の足を動かして結局止まったのは俺の隣、の隣の部屋。 諦めたのかただ単純に暑くてダルくなったのか、大人しく引きずられていたなまえが突然止まった俺の背中に鼻の頭をぶつけたのが分かった。ドンクサ。これでヴァリアーってのがビックリだっつの。 「いてて、…あれ、ここって」 「フランの部屋」 「なんでフラン?」 「押し付けるモンがあるからに決まってんだろ」 「それ!さっき何でスクアーロにしなかったの?」 「…いんだよ」 お前だからな、とは付け足さずに小さく唸ってからドアノブに手をかけた。が、生憎それは小気味よく回ってくれたりはしなかった。 そこで漸く上の方に貼ってあった張り紙に気付いた。 「熟睡中、ベル先輩以外なら大声で呼んでくださーい」だと。 なんつーナマイキな張り紙だ。頭来る。ここまで生意気言われたら蹴破ってでも開けてやろうかとも思ったりしたけど、茹だるような廊下の暑さにやる気も失せた。一度大きく息を吐いてなまえを見やる。にしてもいつも以上に間抜けな面だな。なんかマジメに面白くなってきた。 「フランいないじゃん、どうするの?」 「んー、部屋戻る」 「暑いしね」 「お前が言うなバーカ」 自然と落ちていった言葉を自分自身で噛み締めながら、大股で自室前へと歩を進める。この気温の中歩き回った所為か、持った手首がさっきより熱くなっている気がした。 しょうがない、王子の部屋で匿ってやるしかないか。エアコンも付けっぱなしできたし、と妙な納得をして部屋のノブを回す。 「あー良かった」 「ア?何がだよ」 「私ベルに捨てられちゃうのかと思った」 「ししっ、バカな子犬かよ」 「くうん」 「やっぱ殺されてーの?」 決して褒め言葉ではない俺の台詞にも乗ってきたなまえの額に軽く拳をぶつける。コイツの額も俺の手の甲も、妙に熱かった。気温の所為か、そうに決まってる。 ドアを押して開ければ、内側から凍るような冷気が流れてくる。それにしても暑い。 「私はベルに助けて欲しいの」 「意味分かんねーんだよオマエ」 「でも入れてくれるんでしょ?」 「しし、今日だけな」 まあコイツみたいな馬鹿に付き合ってやるのも、たまには悪くないしな。 すなおは二番 カステラ一番ってことで (20120803) |