きもちわるい。頭がいたい、割れそうだ。吐きそう。だるい。

そう思い始めたら余計気持ち悪くなってしまった。カーテン越しからでも、暑いというよりも熱い日差しを絶え間なく降らせている空がうざったい。コイツが凄いオレンジ色ですごい元気に回ってるから私がこんなに苦しむ事になるのだ。

加えてこの蒸されるような湿度の高さ。もう怠くて気持ち悪くてどうしようもない。たぶん、いや確実に熱中症。最悪だ。

クーラーもないお金もない我が校の経営状態を頭の端で恨みながら机に全ての重心を預けた。私以外は誰もいない教室が、夏らしく明るく浮き足立っている。

きもちわるい、もう今日だけで何度口にしたか分からない単語をぽつりと浮かべながら、登校日でも何でもない土曜日に学校に来てしまった愚かな自分を呪った。もうすぐテストだし、学校にいたほうが自習に集中出来るかなあと思っての行動が招いた結果がコレだなんて。自責の念から涙が出るわこりゃ。


気持ちわるいし悔やんでも悔やみきれないしで、再び低い唸りを零した、と同時だった、と思う。
茶色い机の上、先週友達に書かれた趣味の悪いラクガキにおでこを擦り付けている私の頭に、ゴン、なんていう可愛げの欠片もない音が響いたのは。

なに、なんか角当たった。でも残念ながら顔を上げる気にはならなかった。痛てーよこんにゃろふざけんな。心の中でそう悪態を吐いてみる。


「誰?村田ちゃん?もう悪戯っ子なんだからあ」
「ちげーよ」
「うぐっ!いたい顔潰れる!」
「クク、お前の顔は元々真っ平なんだから安心しろや」


げっ、晋助。
その言葉はグリグリ、なんて効果音が付きそうなくらいに彼が私の頭を机に押し付けるものだから上手く発する事は叶わなかった。

ただただ苦しい。勿論物理的にも苦しいけれど、それ以上に精神的に。使い古された机とチューしてるんだもん私。しかも真っ平ってなに。日本人は顔が平らいのなんて当たり前じゃないの。確かに私は人よりほんの少し、本当に少しだけ鼻が低いけれども。

何時もなら即座に反抗せんと試みる拷問みたいな行為にも、今は気持ち悪さやダルさも並行して抗う気になれなかった。そのまま何も言わず、ただ小さく嫌そうに唸っておく。

すると不思議に思ったのか何だか知らないけれど、兎に角晋助は意外にもすぐに私を解放してくれた。茹だるような空気でも空気は空気。すごい美味しいものなんだなと改めて気付く自分がいた。呼吸万歳。


「お前どうかしたのか?」


椅子の背もたれに目一杯お世話になりながら肩で酸素を取り入れていると、怪訝な、というよりは寧ろ面倒臭そうな視線と共に言葉を掛けられた。艶やかな声で言うもんだから色々危ない。流石は晋助。伊達に歩く十八禁と言われるだけある。


「だるい気持ちわるい吐きそう」
「なに勝手に夏バテてんだよ」
「うんきもちわるい」
「バカか」


言われると同時に、再び私の後頭部にコンビニの袋に入った何か(立派な角が付いてらっしゃる物)の鈍い衝撃が走る。あいたっ、なんて大した感情も籠もっていないリアクションを取ったらものすごい非難の視線を送られた。

何なのこの敗北感、なんて思っていると彼のエロい手がエロい手付きで白いコンビニ袋をガサゴソ掻き回す。あ、言っておくけど私は別にそれを見てそんな卑猥な想像なんてしていないから。断じてしてないからね、うん。


「おらよ」
「なにこれ」
「俺なりの気遣いだろ」
「晋助…!」


不覚にも涙が出そうになった。晋助が私にずいと突き出してきた餞別を受け取ろうとするも手が震える。ああ出来る事なら晋助を一発殴りたい。そんな武者震いに違いない。

目の前で机とは違った茶色い光沢を放つステーキ弁当を見てそう確信した。


「気遣い…ね、気遣い」
「なまえお前肉好きだろ」
「うん晋助よりは断絶好き」
「まァ遠慮なく肥えろや」


あ、もう肥えやがるか。
取って付けたような台詞に一瞬だけ気だるさを忘れ、その代わりに腹部が熱くなった。くそう、なんだこの敗北感。って何か今さっき実感したばかりだけども。

遣り場のない怒りに悶えるも、それだけではどうにもならないもので。気付けば私は、数学のノートの一番後ろのページを細かく千切っては晋助に投げつけるという随分幼稚な反撃に出ていた。しかも効果は勿論ゼロ。

ポケモンだったら飛行タイプに自信満々で「じしん」攻撃を繰り出したみたいな。因みにオヤジギャグは狙ってなかったらからね。そこ誤解しないでね、はい。


私の最早笑えもしない攻撃を軽く去なしながら馬鹿にしたような笑みを携えてステーキ弁当を押し付けてくる晋助は、きっと悪魔だ。たぶん天使なんかすぐに犯して虜にして堂々とのさばる悪魔、いや大魔王。


「早く受け取れや」
「うるさいエロリスト!」
「ンだそりゃ」
「夏バテ肉無理ー!」
「脈絡道端に落としてんぞ」


あーもう無理。晋助には勝てない、勝てる訳ない。というか生まれてこの方勝てた試しがない。
更に良くないことには、荒ぶった所為かきもちわるさが増したからもう何も言えなくなった。

反撃も何もやめて再びイスと机に雪崩れ込む。ぐにゃんと肩の力を抜くと、夏の暑さとセミの声が汗で張り付く制服の隙間から染み込んできた。そして何故か晋助はへたる私の隣の席にどかりと我が物顔で座り込んだ。

もっと言うと、顔を必要以上に近付けられる。えろい。なんかえろい、とか言いたかったけど瞬間的な吐き気に襲われてタイミングを無くした。私ってほんと間が悪い。


「な、んすか高杉さん」
「流石に今日は食えねーか」
「うん、まあね」
「お前には聞いてねぇ」
「は?」


平然と言い切った晋助の言葉に耳を疑う。やだ、じゃあ誰に言ってるんだろうこの人。もしかして私の肩に幽霊でもいるんだろうか。その眼帯の奥の目は実は霊視が出来るんです的なあれですか。中二きましたはははは。


「出来る訳ねえだろ死ね」
「うは?」
「心の声口から出てんだよ」
「え…、うそあれ可笑しいな、てへ」
「きめえ」
「気にしないもん、てかじゃあ誰に言ったの?」


疑問符を付けながら晋助との距離を縮める為に少しだけ身を引いた。…はずなんだけれど、不思議な事に私の小さな動きに対応した彼は同じペースでまた顔を接近させてきた。動機がチューしたいとかだったら可愛げがあるけれど、けれど生憎そんな風には見えない。だって思いっきり見下した目してるし。


「独り言だろ」
「独り言!?晋助が?」
「あ?悪ぃか」
「いや悪くないけど…」


じゃあ、あの流石に今日は食えねーってなに?

ステーキ弁当の事と思い込んでいた私は素直に畳み掛けるように質問を浴びせた。ステーキ弁当以外の食べ物と言ったら、薄透明な袋の中にあるらしい菓子類くらいだろうか。でも何でだろう。意味分からん。

自分でも眉間にしわがよっていくのが分かった。割れるくらいに痛い頭が、熱や謎を伴って更に割れそうになる。すいか割りだったらとっくに割れてた。

ただ晋助はそんなに答えを急く気はないらしく、というよりは寧ろ私を焦らす事を楽しむような雰囲気でクツクツと、二回喉を鳴らした。喉仏がこれまたえろい。嫌になっちゃうくらいエロい。たまんない、って私なに言ってんだ。


「なまえの事に決まってやがる」
「わたし?ステーキじゃないのに?」
「どこまで肉にこだわんだよ」
「晋助より肉にこだわる女だから」
「あァ?」
「う、うっそぴょーん、怖い顔しないでよ!」


言葉の文ってやつじゃないかと慌てて取り繕うものの、晋助はむっとした表情を崩してはくれなかった。

一体何がそんなに気に入らなかったというのか。
その答えは間髪入れずに晋助が口を開いた事で意外にすぐ分かった。


「お前、よく自分の事を食いてぇって言われてんのにそんな馬鹿言えんな」
「…ホワッツ?」
「ノート千切んの止めろや」
「え、ごめん今ちょっと案外すごい動揺してる」


晋助が、私をそういう目で見てた…なんてちょっと待って。
余りの衝撃の事実に胃がひっくり返るかと思った。だ、だだだって散々わたしは色気が足りないとか腹が出てるだとか女じゃないだとか。そんな事ばかり言ってたのに。

なのに、反則だ。何時もみたいにからかうように口角を吊り上げません、とか反則だ一発レッド試合終了だよもう。


「どんだけ驚くんだお前は」
「だって、つまり晋助、私とエロい事したいんでしょ」
「クク、お前が言うと色気が減るなその台詞」
「いや、もうびっくりでそりゃあノートも千切って投げちゃうわ」


意味分かんねえ、そんな晋助の本心らしき言葉を浴びながら、決して大きいとは言えない脳のキャパシティで必死に考える。

これは罠か否か罠か否か罠か。
でも罠だとしても、これを逃したらたぶん恐らくもう一生晋助とこんな展開になる事はなさそうな訳で。甘い話に弱い私に抗える訳があろうかと。そういうこと。


「うわー…なんか駄目だ」
「何が」
「晋助エロいよ」
「ハッ、お前に色気がねえだけだろ」
「だるいから、かなあ」
「あ?」
「成り行きに身を任せてみたいかも」


にしゃり、晋助の唇が弧を描くのと並行して教室内にぬるい風が吹いた。と同時にコンビニのステーキ弁当の気持ち悪い匂いが私の鼻孔をくすぐる。すごい肉肉しい。滅茶苦茶ステーキ。気持ち悪い。

気持ち悪いけど、でも。

目の前で艶々と光沢を放つ唇の誘惑に夏バテ如きが勝てるかと、そんなのは見えきっていた。うなじハスハスしたい、…とか言ったら殺されるだろうけれど。




常世の常と床上手




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ギャグちっくが行方不明
(20120719)



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