例えば、スクアーロの腕から血が流れ出たとしましょう。そうしたら迷わず私は彼の腕に口付けてその彼の血潮を一滴残らず吸います。誰に止められても、たとえボスが私の邪魔をしようとしても止めませんし、きっと止められません。

多分私の前世は吸血鬼だったのです。
スクアーロの銀髪を赤に染め上げる液体を一番の好物とする吸血鬼。なんて甘美なんでしょう。


「それはつまり、俺に死ねって言ってやがんのかぁ?」
「そんな、死ねなんて思ってません」
「じゃあなんだよ」
「血を吸いたいだけです」
「同じだろぉ」
「違います」


スクアーロが死んだら私も死にますもん。
そう言いながら頑として首を横に振ると、彼はその綺麗な白銀を月夜に任せつつニヒルな笑みを零しました。そのついでといった様に、血色も形も申し分ない唇から「お前は蚊か」と言葉も零します。ああその動作すら美しい。

それにしても私は蚊、ですか。思わず深い息を吐いてしまいました。けれどそれは決して嫌な気持ちからのものではありません。寧ろ嬉しくて舞い上がりたいが為のそれでした。

何故って、蚊は憧れなのですから。
自分の気に入った人間の血を、あろうことかその本人に気付かれないように吸い取れる。吸い取るばかりかそれを自分の糧としてゆける。なんて素晴らしい生き物なのでしょう。
それだけでなく、蚊は自分が血を頂いた証を明確に残してもゆけるのです。素晴らしいじゃ言い切れません。

もし私が蚊なら、一番にスクアーロの血を吸います。腕や首元、指の間のスクアーロの血を私の体内に取り込むのです。それだけでなくスクアーロは、暫くは私の置き土産に困るのです。得も言われぬ痒み、多分私が血を吸ったらその辺の蚊など比じゃないくらいに痒いでしょうし。

考えたら全身が粟立ちました。
私も蚊になりたい。蚊は狡い。


「う゛お゛ぉい、何浸ってやがんだぁ」
「あ、うあ、すみません」
「どうせまた下らねえ事考えてたんだろぉ」
「下らなくはありません」
「ハッ、どおだかな」


まるで私が今まで少し他人とは違った思想をあれやこれやと考えていた事を見透かしているかのように馬鹿にした笑い声を出すスクアーロ。貶されているのかもしれませんが、それもまた快感です。もしかしたら私の体はスクアーロから与えられる感情で構成されているのかもしれません。

別段言い返す気も起きずそのままに流しておくと、ふとスクアーロは思い出したように口を開きました。その時の目が何故か悲しそうな色を帯びていたのは私の見間違いでしょう。


「まあ、下らねえのは俺も同じか」
「え?どういう意味です?」
「お前が好きな人間の血を欲する吸血鬼なら、俺は差し詰め青髭に死体を提供する殺人鬼ってとこだ」


スクアーロは溜め息混じりでそう口にしました。彼の珍しく比喩的な表現の意味がよく飲み込めず、当然私は小首を傾げるだけ。もっと分かり易く、と要求する事もままなりません。
それもこれも、スクアーロがこれ以上は聞かない方がいいというオーラを醸し出しているのがいけないのです。

ですが、だからといってこのままもやもやした疑念を抱えるのも頂けない訳で、私は取り敢えずよりはっきりした意思表示の為に意図的に眉間のシワを深く刻みました。
スクアーロはそれに気付いたのかはよく分かりませんが、兎に角彼は自ずと詳細な事を教えてくれ始めたのです。

俺は異性に限ってだが、この人間が好きだ大好きだと思うと殺したくなるんだぁ、彼のカミングアウトはそこからでした。何でも異性に対しての慕情が募ると、勢い余って自分の手でその命を手に入れたいと思ってしまうんだそうです。

そしてヴァリアークオリティをもってして、瞬殺の後に彼の腕の中に残った若く美しく哀れな死体。これをルッスーリアに提供しているというのです。なるほどルッスは死体をコレクションしています。けれど彼女の眼鏡に適わなかった哀れな女性はそのまま破棄するそうです。

そのような重大な話を、スクアーロは訥々と話してくれました。私に話して、くれました。とても嬉しかったのは言うまでもないでしょう。
ちなみに死姦したりするのかと問うたら死姦には興味がないと返ってきて、少し安心したのは永遠に黙っておこうと思います。


「俺がどんなに下らない奴か分かっただろぉ」
「ええ、まあ」
「じゃあ今のうちに逃げろ」
「何故です?」
「分からないのかぁ?」


勿論と声を出す代わりに大きく二度頷くと、スクアーロは呆れたような苦い表情を作りました。

本当は少し、分かっていました。
スクアーロの言わんとする事を、否、やらんとしている事を。

けれど嬉しかったのです。今も嬉しいのです。だから私は、知らないフリだって平気でします。何よりいまスクアーロが私にどんな形で愛言葉を紡ぐのか、聞き漏らしたくないじゃないですか。


「しゃーねえ、よく聞けよぉ」
「はい」
「率直に言うと、俺は今お前を殺したくて堪らねぇ」

つまりお前の命を狙ってる状態だぁ。

やっぱり、予想通りの展開です。
実は最近何となくスクアーロから殺気を感じていたのですが、そういう事なら全て辻褄が合います。そしてついでに、私もスクアーロが大好きだという事で全て丸く収まります。いや、丸くは収まらないですね。だって恐らく今日、私かスクアーロのどちらかが命を落としますから。


「いいですよ、スクアーロ」
「は?」
「私も丁度、あなたを斬ってその血を舐めたいと渇望してましたから」
「けどそうなるとお前は」
「どちらが死ぬかなんてやってみないと分かりません」


スクアーロの言葉尻を潰す形でそう強く言い切ります。確かにスクアーロはヴァリアーのナンバーツー、その点私はただのいち幹部。同じヴァリアー幹部と言えど、差は歴然かもしれません。

けれどやってみなくては分からないのが殺し合いというもの。私だって負ける気で戦う訳ではありません。だって勝ったらスクアーロの血を飲む、いや飲み干せるのですから。
私の体内の血液を全てスクアーロのそれに取り替えたい。そう願ってやまない私が引き下がれる訳ないでしょうに。


私の意志が揺るがない事を悟ったスクアーロは無意識でしょうか、目を細めてニヤリと口角を吊り上げました。きっと彼も、内心喜びに打ち振るえているに違いありません。

そうして私たちは互いに武器を構えて、私は血を、彼は命を求めて間合いを取りました。私とスクアーロの間だけ、ピリピリと電流が流れているようです。

勝った暁には、スクアーロの銀髪をその血液で真っ赤に染めよう。私が彼の髪を染めるのです。考えただけでゾクゾクと、空間だけでなく私の背中にも電流が走りました。どうやら殺し合い前に妄想するのはスクアーロも同じらしく、私を見て月の光を手名付けた銀の瞳をギラリと光らせています。

美しい。スクアーロは本当にきれい。
早く、早く私の剣でスクアーロの脇腹を抉りたい、義手でない方の腕を斬りつけたい。

そして何より彼の血!血!血!
私にスクアーロの血をください。彼の体内で今まさに躍動している真っ赤な魔法の水をください。私はそれを浴びたくて、飲みたくて、染め出したいのです。

目の前が霞むくらいに気合いの入った私は、スクアーロににこりと笑いかけてみました。するとどうでしょう、彼も大人な笑顔を返してくれます。けれどそれが会戦の合図となりました。さあ、逸る鼓動を抑えて、スクアーロの懐を目掛けて突っ込んでいかなくては。



どくん、終末です



(20120624)



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