「じゃあ適当にかんぱーい」


そう言って右手のもう半分中身を失った中ジョッキを掲げると、長テーブルを囲んだ他四人が各々に声を上げた。どれもまあ気の抜けただるそうなものであるところが私達だなあなんて勝手に思う。


びっくりするくらい早足で過ぎた高二の一年から早いものでもう十年。私達ももう二十代も終わり、アラサーと呼ばれる歳になってしまった。時の流れっていうヤツは恐ろしい。

まあそんな婆臭い思考はともかく、今私達五人は久々に集まってテーブルを囲んでいる。少し遅れて到着した、アルコール臭がきつい居酒屋の奥の方の個室に通された私のまず第一の感想は、変わらないなこいつら。これに尽きた。

銀時と晋助、それにヅラの四人ではたまに会ったり呑んだりしていたからまあ分かるのだけれど、問題の彼、持ち前の放浪癖を存分に発揮している辰馬までこんなに昔と変わらないなんて。

アッハッハ!なんて馬鹿笑いも、人を苛つかせる為の土佐弁も程良くうざいグラサンも全てそのままで本当にびっくりだ。びっくりというか、最早ここまで成長が見られないと逆に気持ち悪い気がしなくもないけども。


「なまえ、おんし綺麗になったのぅ!」


ビールを傾けていたら突然正面の辰馬がそう吠えた。もう酔っているのかと口にした一方で、彼の口の周りに付いた白い泡が余りに馬鹿っぽいと内心苦笑してしまった事は口に出さずにしておいた。十年経った辰馬のメンタルがどうなっているのかは定かじゃないし。


「ばーか坂本、なまえはただ化粧が上手くなっただけだろどう見ても昔のメスゴ」
「舌抜いて良いかな坂田くん」
「あ、いやメスゴージャスって言おうとしたんだぜ?な?今日もゴージャスだなお前は」
「うわ白々しい」


憎たらしい銀髪頭に唇を尖らせると、右隣にどんと座る晋助に鼻で笑われた。昔と何ら変わらない、見下して、馬鹿にしたような笑い方。

腹が立つ、と高校時代の私ならいきり立って何か叫んだりしたんだろう。けれど今の私はもう大人だ。生憎こんな永遠の中二病を患っている奴らとは違う。

余裕じゃないの、と声に出すか否かの狭間くらいの勢いの微笑みで軽くいなしてやれば、銀時はまるで異形なモノを見るような視線を向けてくるし晋助は詰まらなそうに舌打ちをする。
その傍らでヅラはもう既に酔っているんだろうか、日本酒片手に今日の政府の在り方について聞き手のいないスピーチをかましていた。


「ほんと、成長しないよねえ」
「ああ辰馬な、ほんとだよなァ」
「いやお前もだよ馬鹿白髪」
「んなこたァねーよ」
「おいなまえ小皿に取り分けろや」
「私召使いじゃないから!」


銀時との会話を遮るように私に白い受け皿をずいと突き出してきたのは言わずもがな晋助。彼は有無を言わせぬ瞳っていう奴で私を見据えてくるものだから、渋々だけれど指定された揚げ物の盛り合わせを取るしかなかった。悔しい、そりゃあ悔しいですとも。

腹癒せとして正面で馬鹿笑いをする辰馬にテーブルの下から鋭いキックを繰り出したらすごく痛がられた。結局私も人の事言えないんだよなあ、なんて今更しみじみ思っても遅いのだろうけれど。


それから暫くはワーワー騒がしく飲んだ。
高校生の頃にはなかったこの、何て言うんだろうか、開放感とでも言うべきものが妙に心地良かった。それは時間と共に酔いが増していたからだろうか。

まあ兎に角、気付いた時には私の口からはポロリ、今日は仕舞っておこうと考えていた言葉が心臓から染み出してしまっていた。


「でも、五人揃って良かった」


当然のように私以外の馬鹿四人は不思議そうに顔を歪めて、おまけに晋助以外は可愛らしく小首を傾げる。なんて可愛い反応なんだろう、とか思ってしまうのは私が年をとった証拠なのかもしれない。

ほんとに久し振りだからなんか嬉しくて、そう続ければすかさずヅラが時折見せる大人っぽい笑みを携えて口を開いた。きっと彼も同じ気持ちだったに違いない。


「そう言えばなまえはいつも集まりたいと言っていたな」
「…まあね、やりたい事もあったし」
「やりたい事だァ?」
「うん」


少し含んだ笑みを漏らしながら正直に頷く。すると銀時は皆目見当が付かないという気持ちを丸出しにして、顎に手をあてがって低く長く唸る。

それと相対するように晋助はどうせ詰まんねぇ事だろうと、早くも興味が失せてしまったようだった。可愛げないなあ本当。まあ別に晋助に可愛げを求める事から間違っている気がするでもないけれど。

一定のリズムでヅラの腕時計が大仰な音を大分刻んだ頃、突然銀時が同じく大仰に母音を発した。彼の顔は如何にも、と言った顔。きっと私が何をやりたいか分かったんだと思う。

思うのだけれど、何故だろう。
嫌な予感しかしない。


「あ!お、お前なまえ…」
「はい」
「まさか…ごっ、5ピ」
「死ね」


死ねよ腐れ天パ。
今一度悪態を吐いてからそばの中ジョッキを半ば強引に手に取る。隣で言い訳がましく、というか開き直ったように「お前の言い方が悪い」とにやける白髪に、年甲斐もなく本気で死ねばいいと思った。

もうキレ性は克服した筈なのに。でも銀時の顔を見てると無性にイライラしてくる。これはもうどうしようもないよねうん。私の所為じゃないよ、全ては銀時の所為だよねうん。

なんだが私の悪い意味の興奮ってやつは簡単には収まらないらしい、気付けば再び彼に向かって「死ねばいい」を飛ばしていた。


「腹上死しろってか?」
「え、なに銀時って二月二十九日生まれだっけ」
「ちげーよ」
「違うの!?他人の4分の1しか思考が成長してないのに?」
「ンなこたねーだろ俺ァ大人だぜ」
「じゃあアレか、大妖怪の血が4分の1入ってるパターンか」
「オイお前銀さんの話聞いてたか?」
「………」
「無視は流石に傷付くううう!」


同情する気になれない悲痛さえ伺える銀時の叫びにも、もう答える気はなくなっていた。

なんなの、なんなのこの人。
そんな気持ちを込めて、一番共感してくれそうなヅラの元によろよろと歩み寄る。けれど当の彼は酔いがより完全に回ってしまったのか、今度は聞き手もいないのに大した捻りもないラップを大声で披露している最中だった。私が早々と、ただし殆ど無音でヅラの側から離れたのは言わずもがなだ。

他、他に何か私の救いになってくれそうな物って。
何かしらあるに違いないとキョロキョロ室内を見回してみるも、生憎というか当たり前というか、この部屋にはそんな都合の良いものは存在しなかった。

よくよく考えてみれば永遠の小学生やら永遠の厨二やら、まともな人間なんて最初から居なかったのだと十年も経って今更気付いたってもう遅い訳で。小さく特典のように息を吐けば、代わりに充満しているアルコール臭が鼻孔を容赦なく刺激してくる。


「記念写真どころじゃないな」


誰にも汲み取られず、ただ晋助の吸うマルボロの煙と一緒に宙に消えていく筈だった台詞は意外な事に辰馬に拾われていたらしい。


「写真じゃて?いいのぅ、撮るき!」


ぐでんぐでんという言葉がこれほど似合う男が他に存在するのだろうか。そう疑問に思うくらいに酔っ払って何もかも覚束ない様子の辰馬が文字通りよろよろと立ち上がった。


「写真だァ?やだよ面倒臭ぇ」
「なんじゃノリが悪いのぅ」
「ほんと銀時生存価値ゼロ」
「生存価値まで疑うか?なあ、なあ?」


ようやく何時もの打たれ弱さを発動させた銀時に対して、何の手加減も覚えられずにただ無視を決め込めば益々淀んでゆく死んだ魚の瞳。

まだ怒ってるのかよ、と子供みたいな口調で三十路近くの男から吐き出された台詞を笑顔で咀嚼してから勿論だと返答する。傍から晋助の嘲笑が聞こえてきたけれど、誰に当てたものなのか分からないし気にしない事にしようと思う。


「あーあ、ほんと変わんないね」


ちょっと羨ましいくらいだよ。
溜め息混じりにそう言うと、晋助が今さっきと全く同じ嘲るような笑みを喉元で転がしてきた。察するにさっきのも私に向けてのものだったに違いない。

二十五を超えた辺りから更に手に負えないくらいの色気を纏った晋助からしたら、そりゃあ私の年寄り臭い言葉は馬鹿馬鹿しいだろう。

でも、だ。私からしたら必死なのだ。
何時だって自由で、自分を貫いて突き進む彼等に置いていかれないように、否、これ以上の差を付けられないようにするのに必死で追い掛けているのだ。


「なまえ、こっち向け」
「は?」
「…ククッ、もっと良い顔しろや」
「ちょ、晋助いま撮ったの!?」


にんまりと口角を吊り上げて私の鞄に入っていた筈のデジカメを構える隻眼へと届きもしない手を伸ばす。勿論それでデジカメを取り返す事は叶わなかったし、挙げ句また馬鹿だなと鼻で笑われたけれど。

ああムカつく。ムカつくのにくすぐったい。胃の底がムズムズして、なんだか凄くこそばゆい。


「お前も十分変わってねぇだろ」
「まァなまえが変わってたら怖ぇしな」
「…晋助、」
「え?ちょ、銀さんは?」


お前も変わってない、その言葉は魔法みたいに私の体に巻き付いた。

そうか、私も何も変わってないのか。大人になったと思ってたけど、違ったんだ私って。


泣きそうな銀時も、ニヒルな笑みを浮かべる晋助も人目を引く長髪のヅラも未だに馬鹿笑が消えない辰馬も、全部があったから形成された私。彼等がいなかったらきっと私はただの「なまえ」だった。彼等との思いを詰めて、私はなまえになったんだ。


仄明るく酒臭い居酒屋の個室で、晋助に感化させられてしまったのか一人そんな事を考えた。無性にありがとうを言いたくなる気持ちを抑えて、私のデジカメを手の内に収め、まるで自分の所有物のように弄り倒している晋助をちらりと盗み見る。

これから十年後も、またこうやって馬鹿みたいにぐだぐだお酒を飲めたらそれ以上の事はないだろう。再び小さく息を吐いてから、何杯目かのジョッキを傾けた。


「あー、眠い」
「おー寝ろ寝ろ但し下着姿な」
「…おえ、きもちわる」
「クク、リアルに引いたな」
「うん、きもい死ね」
「ンだよ、エロポジティブに考えようぜ」
「ほんときもっ」
「うるせーエロとポジティブとジャンプは男に必要な三代要素だコノヤロー」
「言ってる事高校ん時からブレないね銀時」



∴明日はきっと終焉だね




二日酔いとか色んな意味で終焉だと思います、うん
(20120602)



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -