「ギリコ、ギリコ!」
「ンあ?」
「起きてよギリコ、」
「…なまえか」


渋々といった表情でソファから気怠そうに体を起こしたギリコに近寄ると、強いアルコール臭に鼻がとれそうになった。

溜め息を吐きながらソファのすぐ下にある、足置きも兼ねたローテーブルを見詰めればほらやっぱり。
空になったお酒の瓶がテーブルを埋め尽くしている。


この人はいつもそうだ。
お酒が大好きで毎日飲酒三昧、いい歳こいてアルコールに溺れるゴーレム職人。

だから私はギリコの部屋に行くのが嫌いだ。だって毎日言われる事といったら晩酌しろだもの。嫌になって当たり前だと思う。

でも、それでも彼に想いを寄せてしまうのは何故なんだろう。私はおかしい。どうしてもギリコが好きなんて。



「ギリコ、ノアさんが呼んでたよ」
「ああ、そうか」
「ジャスティンさんも待ってるよ」
「あんな野郎は待たしときゃいい」



吐き捨てるように口にするギリコを宥めてから、空の酒瓶を捨てる為に透明なビニール袋に入れていく。
私の休まない手を見たギリコが、ふと感心したように言葉を紡いだ。



「お前は意外と出来た女だな」
「意外は余計だけど」

「…お前は何が何でも死ぬなよ」
「死なないよ私強いし」
「……アラクネは死んだ」


強かったが死んだ。
呟くように、掠れた声で放たれた言の葉は空虚な部屋に浮かんで、アルコールの匂いに溶け込んでいく。
私はただその中心に立つギリコの隣で、小さく頷く事しか出来なかった。


跡形もなく消え去ってもまだ、ギリコに想われ続けているアラクネ様。
羨ましいと狡いが混ざった、あまりいい気持ちではない気持ちを持ってしまう私は嫌な女だ。

でもお願いだからギリコ、他の女の人の名前をそんなにも愛おしそうに呼ばないで。



「ギリコ、」
「なんだぁ?」
「アラクネ様の事…」
「アラクネ?アラクネがどうした」
「……何でもない」



やっぱり勇気は出なかった。
アラクネ様が今も好きかと聞く勇気。

出なかった?ううん、出せなかった。
もうこれ以上ギリコがアラクネ様の話をするのが耐えられなくて。
私よりアラクネ様なんだって、嫌でも思い知らされる。痛い。苦しいよ。


アルコールの鼻をつく匂いの中で、私の口からアラクネ様の名前が出た途端に垣間見せたギリコの嬉しそうな表情が、否応無しに私の脳裏に焼き付いた。



∴恋に一途なギリコ



(20120103)



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