今日は二十一日。
あと十二時間もすればベルの誕生日へと日付が変わってしまう。

私は今まさに、彼の聖誕祭を祝う為の料理を作ろうと奮闘している最中だ。
普段暗殺業をしていて家事なんて全くと言って良いほどしていないのが仇になったのか、料理好きなルッスから秘伝のレシピをもらい受けているにも関わらず手際は極めて悪いと思う。

折角ルッスが丁寧に分かり易く書いてくれたレシピも、私の手で実行すると何だか別の次元の食べ物へと変容を遂げてしまいそうで恐ろしいとさえ感じた。

正直、人間の急所を的確に刺して殺すより、チキンのお腹にピラフを詰める方が百倍難しい気がする。
そんな女子失格な事を考えながらも、手は案外真面目で休まる事なく作業を進めていく。

別に手料理が本命のプレゼントと言うわけではないし、周りからはたかが手料理と思われるかもしれない。

でもたかが手料理、されど手料理だ。
当然ながら私はベルに手料理を振る舞った事がない。

だからこそ年に一度の彼の生まれた記念日に、私の少し(かなり)右往左往しながらつくった料理を食べて欲しい訳だ。
それで喜んでくれたのならそれ以上喜ばしい事はないし、何より彼が私にも女らしい所があると思い直してくれるかもしれないし。

でも残念な事に、料理はあまりいい出来にはなりそうにないなあ…。

トントンと、命を掻き取る為ではなく美味しい料理を作りたいが為に刃で規則的なリズムを刻む。

ベルの為じゃなければ、もう一生料理なんてしないだろうと考えつつ、私は暖かくてこぢんまりとしたキッチンで作業を進めていった。








*


様子を見に来てくれたルッスの口がまん丸になるくらい見事に流し台をぐちゃぐちゃにした私は、無事とは言い難いけれど取り敢えず調理を終わらせる事ができた。
まあ、後半は殆どルッスが作ったと言っても過言ではないけれど、それはベルには言わないでおこう。


「ほんっと、ノエルはベルちゃん思いねぇ。羨ましいわ」


水で綺麗に洗い流した手をエプロンの裾で拭っていると、ルッスーリアが頬に手を添えるという、所謂オカマポーズをしながら私を見て健気だと溜め息を吐いた。

彼女のそんな仕草には慣れきっている私は、そうかなと首を捻って出来上がった料理にラップをかける。盛り付けは明日の朝一番ですれば間に合うだろう。


「ベルも幸せ者ね、もうっ」

独りで何か変な妄想を展開させたらしいルッスは、私の背中をバシバシと叩いてきた。痛い。



「私の方こそ、ベルがいて幸せ」
「んまっ!そんなんじゃ身が持たないわよ。欲張っていいんだから」
「私は十分欲張りだよ」



そう言ってルッスに笑いかければ、「慎ましい子ね」といって少し角張った手で頭を撫でられた。

ハンドクリームの甘い香りがするルッスの手は、どことなくお母さんというモノを連想させる気がしてならず、少し恥ずかしくなった自分がいる。



「ルッス…、あのね」
「ん?」

「…今までありがとう」
「ま、いきなりどうしたのよ?」
「言っておきたかったの。ルッスは私が気兼ねなく接する事ができる、唯一の女の人だから」



敢えて女を強調するという小賢しい配慮も込めてから彼女を見上げると、そこにはうっすらと目に涙の膜を張ったルッスーリア。どうやら私の言葉は、彼女の涙腺に見事ヒットしたらしい。

ルッスから謙遜の雨を浴びながらそっとその場を後にして、向かった先は自室。


ただ、奇遇な事にヴァリアー邸の長い長い廊下の真ん中で、銀髪を靡かせ無駄に大きな声で新人らしき同僚たちに指示を出す長身と出会ってしまった。

極力音を立てないよう近付けば、ギリギリまできて私に気付いた彼から空間をビリビリ震わせるような挨拶を頂いた。耳を塞ぎたくなるような大声に、顔をしかめてしまうのは自然の摂理みたいな物だ。



「嫌な顔すんじゃねぇ!」
「スクの声が大きすぎなの!」
「んなこたねぇ!」
「あるわ。…全く、落ち着いてお礼も言えないなんて」



肩を竦めてそう言えば、彼からはやっぱり大きな声で「礼だとぉ?」なんて返答があった。
それにコクリと頷いてから今までお世話になったという旨を伝えれば、彼からは暗殺部隊のナンバーツーらしからぬ、なんとも呆けた表情。



「ヴァリアー辞めんのかぁ?」
「まさか。辞めないよ?」
「じゃあ何だ気色悪ぃ」
「…んー、なんとなくだよ」



なんとなく。
その言葉は本心で、何も曖昧に濁している訳ではない。

ただ、なんとなく。
今まで本当にお世話になりましたって思っただけなんだ。


突然の言葉にまだ変な表情のスクアーロを廊下に残して、新人君達の元気の良い挨拶を軽い会釈で返しながらまた自室へと足を動かす。彼の低い声に呼び止められた気がしなくもないけれど、幻聴だと勝手に思いこませてもらう事にした。

本当は分かってる。
仮にも暗殺者の私が、それが幻聴でない事くらい分からない訳がない。

それでも私は、スクアーロが私に纏わりついた違和感を感じ取ってしまった気がして怖くて。
ただ単純に彼に心を見透かされるのが嫌で、足早に部屋へと歩を進める。


ごめんなさい、スクアーロ。
きっと勘の鋭いあなたは、私の雰囲気の小さな変化に気付いたんでしょう?

でも、いいの。止めないで。
私がベルを思ってする事なんだから、止めないで欲しいんだ。




部屋に着いて早々に、真っ白いクローゼットを開けて中を乱雑に掻き回す。無論、明日の服を選ぶ為だ。

迷いに迷った挙げ句、私は真っ白くて大きなリボンの付いた綺麗なブラウスと、シフォンのようにふんわりとしたバルーンスカートをチョイスした。

一番の理由は、綺麗だから。
私がベルにプレゼントを渡せた時に、このブラウスの白い生地がとてもそれに映えるだろう、そう踏んだからだ。


服に丁寧にアイロンをかけ、ハンガーに吊した後は、机の上のランプを点けてからレターセットを取り出した。

手紙なんてベタなものをあげるのは照れ臭いけれど、それでも明日は特別なベルの誕生日。たまには思いを文にしたためるのも有りだろう。

窓から覗く月を眺めながら、私は愛しいベルの顔を浮かべて、彼に似合う字面を脳をフル回転させて絞り出していく。


書いては見直し、見直しては破って。
先の見えない終わりさえも愛しく感じながら、私はただ静かな空間で手を動かしていた。



To be continued...


(20111221)

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