ベルの欲しいものが分からない。
ただ分かるのは、ベルの本当に欲しいものが私の買ったネックレスでない事くらいだ。

ネックレスなんてベルが自分で選んで買えば済むモノだし、何より彼は私に「ノエルなら分かるはず」と言った。すなわち、私以外だと分からないであろう物。そう解釈している。

そうであればネックレスなんてありふれたプレゼントが彼の本当に望む物であるはずがない。
私にしか分からないんだから、それなりに狂気じみた物なんだろうとしか考えがつかないのがもどかしいところだった。


何だかむしゃくしゃして、テーブルの上の紅茶に乱雑に角砂糖を三つ程投げ込めば、それらはまるで当然とでも言うようにブラウンの液体に溶けて消えてしまう。

その様子をぼんやり眺めていた私に、突如としてある「誕生日プレゼント」が浮かんだ。

それはベルの言っていた言葉にもかっちりとくる上、私の好むこの上なく狂気に溢れたプレゼント。


間違いない。
あれがベルの欲しいものだ。


そう確信して笑みを浮かべた瞬間に、部屋の扉がノックも無しに音を立てて開いた。なんてタイミングがいいんだろう。

私の部屋に断り無く入ってくる人なんて一人、彼しかいない。
心臓がどくんと大きく跳ねたのと同じタイミングで今し方入って来た人物を見やれば、そこには私の予想通り、愛しいベルの姿があった。

何時ものようにしししっ、という独特の笑い声を立てながら何の目的も述べずに私へと近付いてくるベルが可愛くて仕方無い。
早く彼の金髪に、触れたい。

ベルが理由も無しに部屋に来るのは普通であるし、私達のような恋人間に秘密なんてない。だから私は無論、満面の笑みで彼の訪問を歓迎する訳だ。



「ノエルなんかイイコトあった?」
「え?」



何の迷いも無く私の隣に腰を下ろしたベルが、小さく小首を傾げてそう聞いてきた。

ベルへのプレゼントが決まって興奮していたのが、どうやら顔に出ていたらしい。すぐさま微笑を繕って大したことはないと首を振れば、彼からは何とも怪訝な表情が返ってくる。

鋭いベルに嘘はつけない…か。
そう諦めて実はね、と言葉を繋げれば、結果的に交じり合う視線と視線。

前髪で隠れているベルの瞳を探るように見据えつつ、彼のなぞなそ仕立ての言葉を紐解けた事への優越感に浸りつつ、私は次の言葉を紡いだ。それはもう、自分でも笑ってしまいそうなくらいに丁寧に。


「…ベルの欲しいもの分かったよ」


心なしか声が震えてしまっている気がした。
それはあまりにも嬉しいからだろうか。それとも私の中の狂気が武者震いしたからだろうか。
…後者かもしれないな。

そう思いながら私を見詰めて「流石ノエル、王子のヒメ」なんて言っているベルの首筋に腕を回す。ああ今死んだら私の死因は『贅沢』になるんだろうなあ、なんて。

そのまま暫くじっと動かずいにる私の頭をベルは慣れた手付きで優しく撫でてくれる。
こんなに人を暖かい気持ちにさせてくれる彼が殺人が大好きな我が儘王子だなんて、一体誰が思うんだろう。



「ベル…いよいよ明後日だね」
「ししっ…王子も27か」
「もう三十路近いね」
「ノエルだって同じくらいじゃん」
「私はベルのひとつ下だもん」



得意げにそう言えば、ベルからは小さな舌打ちが返ってきた。その仕草がいじける幼稚園児にしか見えない私は、多分相当彼に入れ込んでいるんだろう。
まあ、そのくらいは改めて実感せずとも分かってはいるけど。


私達を煌々と照らす部屋の電気をベルが一度うざったそうに見詰めたから、少し名残惜しい気持ちを噛み締めつつ彼の首から腕を放して電気のスイッチを消しにいく。

ついでにベルのマグカップを取ってきて、音を立てないように心掛けながらテーブルの上に置いた。仄かに明るくなるオレンジ色のランプをパチンと点ければ、ほら。

私達だけの空間の出来上がりだ。

ここからのベルは誰にも見せないし、あげない。我が儘なのは分かってる。
でも、あげない。


「ししっ、ノエル早く来いよ」


薄暗い部屋を、下に散らばった私の私物を器用に避けながらベルの元へとふらふらと戻っていく。
行き着く先はもちろん彼の腕の中。鼻腔を擽る甘い香りがする彼に心臓が溶ける音がした。


「ずっと私、ベルのものだから」


調子に乗りすぎかとも思ったけれど、何だかそう言わずにはいられなかった。

きっと私はベルと恋人という関係になった時から、無意識にどんどん強欲になっていったのかもしれない。もっと、もっとって求めてしまう。欲張りは罰が当たるのは知ってるのに。

でもそんな私にベルは当たり前だと言って少々強引に抱き締めてくれた所為で、私の罪の意識はいとも簡単に吹き飛んだ。

そしてまた、私達は甘く囁き合うんだ。



「私もベルからの誕生日祝い、欲しかったな」

「心配無用じゃね?だって王子、年取ってもノエルが生まれた日と死んだ日にはぜってー墓に花を手向けてやるし」

「…ふふ、ありがとベル、」




To be continued...


(20111220)


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