夕暮れ時のヴァリアー邸内の廊下のとある一角、ベルの部屋が目と鼻の先にあるという所。 そんな場所で私は、まるで秘密の関係であるかのように密やかに愛しい人、ベルと談笑している。 口を開く度に揺れる彼のふわふわの金髪に無意識に頬が緩むのを感じた。 「あーあ、今日も違う任務かよ」 「私とベルって中々組まないよね」 「ボスも嫉妬してんじゃね?」 「それはないよ…」 ボスが嫉妬だなんて、地球が爆発するのと同じくらい考えられない。何でも意のままに出来るあの横暴な我らがボスの事だ、嫉妬なんかする暇があれば、自分で無理矢理奪い取りにいくに決まってる。 そう考えてもう一度ベルに対して、多分それはないと言い直すと、彼はつまらなそうにそっぽを向いてしまった。 王子様気質のベルにとっては、例え戯れ言であれ自分の意見を否定されるのが大嫌いだ。 まあ私はそれを重々承知の上で、敢えて彼に反論してみたんだけど。だっていじけるベル、凄く可愛いんだもの。 「拗ねないでよ」 「拗ねてねーし」 「じゃあ何でこっち向かないの?」 「王子今腹痛えーの」 「嘘ばっか」 ふふ、と小さく微笑みながら言えば、ベルからは「王子は嘘吐かないし」といったどう考えても嘘の答えが返ってくる。 意地っ張りな彼に心臓がきゅんと締め付けられて、もっと彼の拗ねたところを見たいという衝動に刈られる反面、もう普段通り甘く濃密な時を過ごしたいとも思ってしまう欲張りな私。 どちらにしようか一瞬悩んだものの、官能的な時間の魅力には逆らえず、後者を選択する事にした。だって勿論可愛いベルも良いけれど、格好いいベルはもっと良いじゃないか。 ベルに向かって潔くそうだねと言って同意の意を表すと、たちまち機嫌を取り戻した彼の表情が和らぐ。つられて私も笑顔を向けていた。 私の髪を梳きたかったベルは、おもむろに腕を伸ばしてこちらに一歩ずつ近付いて来る。 けれどその刹那に、ボスン、という鈍い音がして、私とベル双方の動きが止まってしまった。 音源であるベルの足元を見、彼が「物体」を蹴ってしまった事による音だと理解した私は、ロマンチックになりかけていた雰囲気を壊した「それ」に向かって小さく舌打ちをした。 そして同じく「それ」を冷めた目で見詰めるベルにかける言葉を探す。 「あー……、忘れてたね」 「影薄いコイツが悪いんじゃね?」 「ん、てか…どうする?」 廊下に転がって動かない「それ」を足でつつきながらベルを見上げる。 思案顔の私をよそに、彼は至って放漫な動きで、そして何食わぬ顔で口を開いた。 「うししっ、放置でいーじゃん」 「でもあとで怒られそう…」 「ンなの気にしなくて良くね?」 「そんなものなの?」 「てか王子的には日常茶飯事だし」 「そうなの?」 「ノエルは初めてなワケ?」 意外とでも言うような顔のベルに勿論だと頷き返した後、再度足元に目をやる。 私と彼の間を阻むように転がっているのは死体。それも名前も知らないヴァリアー隊員のモノだった。 私とベルが喋っているところを運悪くも通りかかった彼は、哀れベルに刺し殺されてしまったという訳だ。無論ベルに何か言った訳でもなく、彼が場の空気を壊した訳でもない。ベルのただの気まぐれだ。 いくら殺人衝動を持っている、というか殺人中毒な私でさえも、ヴァリアー邸内で侵入者やスパイでもない仲間を殺したことなんて無い。 だからこそベルの行為に、一重に驚いた。まさか無害なヴァリアーの戦力を殺めるなんて。 でもそこは私も暗殺慣れしている所為か、手早い処理もせずにベルとの会話に再び引きずり込まれてしまったんだ。 今思えば、あの時適当に外に放ってしまえば良かったのにと思う。おざなりにする事に変わりはないと言われればそれまでだけど、なんとなく心持ちが違っただろうに。 依然として余裕綽々なベルに、死体を眺めて動かない私は強引に引っ張られ、そのまますぐ側の彼の部屋へと誘導される。 私としてもベルが気にしないのならまあいいやと、彼に逆らいもせずに身を任せてしまった。ざっくりしていないと暗殺者なんてやっていられない仕事だし。 「ノエル気になんの?」 ドアを後ろ手で締めだベルの指し示す先には、既に壁の向こう側の存在になってしまったあの死体。 別に私は死んだ彼に興味はない。 というかはっきり言って、ベル以外が死のうが私には関係ないと思っている程だ。 「気にはなんないけど、」 「ししっ、じゃあナニ?」 「いや、ベル、ナイフ刺しっぱなしでいいのかなって」 「げ」 彼の身体の至る所に刺さっているベルの愛用ナイフを頭に思い浮かべた私は、無意識の内の感情の高ぶりを感じた。 本音を言えばベルが彼を殺した時、驚きも勿論あったけれど、それ以上に私は涙が出るかと錯覚するくらいに興奮したんだ。 それは単純に、あまりにもベルの殺し方が美しかったからだ。 それこそ殺される時は彼のナイフがいいと、信じてもいない神様に願いをかけたくらいに。 自分のナイフの数を念入りに確認して、死体にまだ刺さったままだという事を知ったベルは、面倒臭そうな顔でちぇっと音を出した。大方取りにいくのが面倒なんだろう。 ほんとに王子様なんだから、と一度息を吐いてから、ベルの綺麗に跳ねる金糸の感覚を指で味わいながら立ち上がった私を、ベルは疑問符付きで見詰めてきた。 何でこの人は私に対して、こんなにも胸が痛くなるような仕草ばかりしてくるんだろう。 ベルを愛するようになってから私は、「恋は盲目」なる言葉を身に染みて感じるようになった。 私の心臓を掴むような表情のベルに向かって、にこりと笑顔を向ければ、返ってくるのもまた笑顔。それが何より嬉しい。 「私がナイフ取ってきてあげる」 笑顔のままでベルに言ってから、ドアノブに手をかけて躊躇いなくそれを回す。 後ろから中毒性のあるような艶やかな声で一応のお礼の旨を投げ掛けられた私の口元は、自然に弧を描き歪んでいった。 To be continued... (20111215) [←→] |