眩しい朝の日差しは意外と早く過ぎ去り、今はもう爽やかさのない、ただの冬の太陽に成り下がっている様だった。


私はと言えば今日は、早朝任務が入らない限りは絶対に有り得ない六時起床をして、眠い目を擦りかじかむ手に息を吹きかけながら昨日用意しておいた料理の盛り付けをしていた。

気がつけばもう十時、ベルが起き出す時間になっていて。
慌てて部屋に戻った私は今、彼の部屋に突撃する為の身支度を整えているところだ。

昨日きれいにしておいた服に袖を通して、普段は結うだけの髪をコテで念入りに巻く。仕上げに何時もの時短テクニックを駆使した薄化粧から、昔ルッスに教わったふんわり系の化粧を時間をかけて念入りに。


全ての支度を終えて鏡に向き合った私は、最早私でないような自分になっていた。

逆にベル、嫌がるかも…。
ふとそんな心配が生まれたけれど、ここまでやっておいて普段の自分に戻るのも何だか癪に障るんだから仕方無い。

きっとベルなら何時もよりいいって笑ってくれる。今日はベルの誕生日だからって気持ちを理解してくれる筈。

大丈夫、いつもと違うからって、引かれたりしない…。

心なしか普段より早くリズミカルに上下する動悸をお気に入りの香水を付ける事で抑えながら、ベルにあげる為に用意した料理やプレゼントやらをよくホテルマンが使う銀のカートに丁寧に乗せる。


そのままパチンと部屋の電気を消してから扉を開けて外に出るその前に。

一度振り返って住み慣れた自分の空間をしかと目に焼き付けた。
適度に散らかっていて、お世辞にも綺麗に片付いているとは言えない生活感たっぷりの私の部屋を、どうしても振り返って眺めておきたくなったんだ。

どうしてそんな心境になったのかは私自身にもよく分からない。
けどね、この部屋に吹き込む風を感じて、私は生きてきた訳だから。

だから私は何とはなしに、白ばかりに飾られた部屋に大声でお礼を言いたい衝動に駆られた。
無論それは周囲に人がいるかもしれないという思考に阻まれて実行する事はなかったけれど。



数え切れない程行き来したベルの部屋に着くまでの間の時間が、いつもとは違って今日はやけにゆったりと流れている。

おかしいな。
素敵な事がある日は大抵、時間が陸上選手並みのスピードで走っていくような感覚になるのに。今日は素敵な日の代名詞みたいな記念日なのに、時はこんなにもスローテンポで私をぐるぐる取り巻いているだなんて。


頭の中でほわほわ浮かぶ時間の原因を纏めようとしつつも、歩き慣れた道を足は的確に進んでいった所為なのか、顔を上げればベルの部屋はもうすぐそこだった。

いざ扉の前に立つと、心臓がぐいと締め付けられるように苦しくなってしまいなかなか手が取っ手に伸びない。


私は一体何を怖がっているんだろう。
いつもよりめかし込んでいる事に嫌な顔をされないかって心配?
それとも別の、何かに怯えているの?

自問自答の答えは返ってくる筈もなく、変わりに右手首に付いているお飾りの時計の針がカチカチと進む音だけが廊下を小さく揺らす。

いまだに小刻みに震えているであろう心を落ち着かせる為一度だけ深呼吸をして、それから息を詰まらせながらも、私と彼とを隔てる木片を二回ノックした。


「ノエル、入れよ」


どうやら気配で私だと分かっていたらしいベルからの、艶やかな声で繕われた返答を受けて扉を開ける。
中で彼は私を待っていたかのように、キラキラと光る銀のナイフを持て余しながらベッドの上で寛いでいた。

王子様オーラ全開のその姿へのときめきと何時もと違う自分でいる事の気恥ずかしさが混ざり合うこと約三秒。

耐えきれずベルから顔を背けようとした私を食い止めるかのように、彼はニンマリと口角を上げて手招きをした。こうもタイミングがいいと、彼は私の十手先を見透かしているのではとすら考えてしまう。



「ししっ、ノエルいつもと違う」
「うん、ちょっとだけね」
「かなりの間違いじゃね?」
「……」



口を尖らせたベルを見て、自信なんてどこかに吹っ飛んでいってしまう。

やっぱり気合いを入れすぎたのがいけなかったんだろうか。
何時ものメイクで来ればこんな顔をされずに済んだの?
ベル、嫌わないで…――。



「王子今日のノエル好きだぜ?」
「……え、」
「カワイーじゃん」
「ほ、んと?」



予想外の台詞に顔を上げれば、ベルがご機嫌な様子で私へと手をさしのべているのが見て取れた。
私はその差し出されたベルの手を、きっと何百年経っても忘れない。

そのまま勢いを付けてベルの腕の中にダイブすれば、心地良い香りに包まれ全てがうやむやになっていった。

カートが嫌な音を立てるのも気にはならない。それどころか私達以外の人間がどうなろうが、例え全滅しようが構わないと思った。
唯一の、彼の腕の中という不可侵領域が滅びなければどうだっていいんだ。



「ベル、誕生日おめでとう」
「うししっ、サンキュー」
「私色々用意したの、」



ベルの誕生日プレゼント。
そう続けてから彼にネックレスの小箱と料理、それから真っ白い封筒に入った手紙の乗ったカートを見せる。

ベルの隠れた瞳が、私を、私だけを見据えている。そう思うだけで背中がゾクゾクと粟立った。



「料理とか、ノエルすげーじゃん」
「それは後で食べてね。」
「あン?感想聞きたくねーの?」
「だってまだ一番のプレゼント残ってるし」



ベルを見詰める。
ベルも私を見つめ返す。

端から見ても幸せ、私からしても幸せな瞬間に、ベルの口元だけは残忍な雰囲気で吊り上がっていくのを私はしかと見た。けど、それが私の望んでいた事でもあるから。

だから私は、ベルの耳元で囁いた。

「ベルの本当に望むモノ、教えて?」って、大して有りもしない色気を絞り出すように、彼を今より甘美な世界へ誘うように。

ベルの顔が悦に歪んでいく様を見た時に、私は、私の考えていたプレゼントが彼の望みと同じ物だと確信した。



「王子はノエルの死に際が欲しい」


ベルの甘い笑い声が部屋に反響すると同時に私の顔にも自然と笑みが漏れ出していく。


分かってたよ、ベル。
私は今日、ベルに殺される為に此処に来たんだから。




To be continued...


(20111222)

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