友達と恋人に違いはあるのかと、以前友人のK子ちゃんに尋ねたことがある。彼女は当たり前じゃないのあんた馬鹿ねと言って笑った。

でも私には分からない。違いが分からないというか、境界が分からない。

男女はどこからが恋人って区分になるんだろう、またそう質問したらK子ちゃんはもっと笑って、キスやエッチをしたらすぐにでも恋人になるのよと高らかに口にした。でもやっぱり分からなかった。


私にはどうしたって、今私の目の前で私の作った彩りの悪いお弁当をパクパク食べる彼を恋人とは思えないのだ。

どちらかと言えば、友達。私の料理を幸せそうに頬張る友達。
ぼやぼやそんな事を考えていたら彼が不思議そうにお弁当から私へと視線を寄せた。どうやら箸が止まっていたようだ。不覚。


「ん?どうした?」
「んー…あのさぁ泉、」
「あ?」
「あたしたちって何だろうね」


箸の間から泉のそばかすを透かすように覗き見ると、彼の肩がびくんと揺れるのが分かった。


私たち、ずっと気の合う友達だったのに。なのにある時泉が私に告白してきた、なんか凄く真面目な目をして。

当然戸惑ったしそんな気持ちに答えられるかと、何より泉を彼氏として見れる自信がないなと思った私は、一度彼の申し出に首を振った。確かに首を横に三回、振った筈なのだ。

けれどその瞬間に泉の顔が見たことがないくらいにくしゃっと歪んで、それはもう何とも可愛らしいし可哀想だとか思ってしまった自分がいて。だから、うっそぴょーんなんて舌を出さずにはいられなかった。

それで当然カップル成立、万々歳だ。
でも、もう付き合いらしきものを始めてから二週間、私は未だ彼との恋人という関係に成り切れていないでいる。

泉は練習が忙しいからデートなんかもしてない上、会えるのは校内だけだ。実感が沸くようなイベントがないだけだよ、と言われればそれまでだけれどそうではない…と思う。


何か違うのだ、なにか。
その答えを少しでも泉の表情から見つけられたらと、箸は顔の横にずらして彼を穴が開きそうなくらいにじいっと見詰める。

すると手繰り寄せられるように泉の顔が私のそれへと近付いてきた。近付いてきた、というと語弊があるのかもしれない。正しくは泉が近付けた、だ。

なんだ、この至近距離。
どぎまぎしたけれど敢えて視線は外さずに彼と目を合わせる。

普通の女子ならここで頬をぽっと赤く染めて明後日の方向へと目を逸らすのかもしれないけれど、生憎無神経な私はそんなことも気にはならなかった。ただ、普段より泉の顔が近くにあるのがこそばゆいような。


「いずみさーん?」
「…オマエさ、」
「ん?」
「俺と付き合ってるって自覚あんの?」


え?私と泉が付き合ってるって自覚?
勿論あるよと返答しようと肺に息を溜めたのに、何故か声に出せなかった。

たぶん泉と付き合ってるって頭脳ではぼんやり分かっていても、こうやってはっきり言葉にされたのが初めてだったからだろう。

なんだか急に目の前の泉が、ただの友達じゃなくて彼氏の泉孝介に変わっていく気分。とても変な心地だ。


「おーい、聞いてんの?」
「あ、うん大丈夫。自覚あるよ私」
「まじかよ」
「まじだよ……たぶん」
「最後で説得力半減」
「うーん…だって私達、この間まで友達だったじゃん?」


それこそ男女間の隔たりなんてと余裕の笑みを浮かべるくらい仲が良かったし。

そう続けて言葉を紡ぐと、泉は苦虫を噛んだような顔をして彼のトレードマークとも言えるそばかすをついとなぞった。その仕草に心臓がずくりと疼いて思わず、あれれ私ってこんな生暖かい気持ちを生み出せるような心機能を持っていたのだと感心してしまう。

そんな私の胸中の稀に見る躍動を知ってか知らずか彼は、俺は友達の時も下心バリバリあったけどな、とぼやくように言葉を零した。四十人の呼吸の所為で汚れた教室の空気に溶けていくそれら単語の羅列は、私の皮膚にも浸透してそのまま血液と共に流れていく気がした。

ただびっくりして睫毛を二度、ぱちくりぱちくり。そんな、そんなことって。

じゃあ今までの私と泉の友情のメモリーは全部下心まみれだったって言うのか。


夏休みに蝉の抜け殻をありったけ集めて職員室前の楓の木の幹に標本のように貼り付けたのも、田島の机にこっそり偽のラブレターとメールアドレスを入れてからかったのも、ずいずいずっころがしなんて子供の手遊びに異常なまでにハマったのも。

泉は私と同じ純粋な友情をもってして思い出を綴っていた訳ではなかったのだ。そう考えるとなんだか泣きそうにも、笑いそうにもなってきた。

裏切られた感と腹が立つ気持ちが二割ずつ、清々しいなあって気持ちが七割、残りの一割は自分でも経験したことのない、色で例えれば薄いオレンジとコーラルピンクを混ぜたような気持ち。

そして私は無神経だからなのだろうか、それが泉に対する恋心なのだと気付くのに丸々五分間は要した。
昼休みの五分間というのはとんでもなく貴重だ。つくづく私は損な生き方をしていると思わざるを得ない。


まあそれはさて置き、五分間も黙りこくっていれば相手に不信感を与えるのは当たり前な訳で。

無論泉も例外ではなく、どこか体調でも悪いのかと、すっかり自分の世界に飛び込み呆けた表情であっただろう私を労るように覗き込んできた。

そしてあろうことか、またこの彼の行動が例のえもいわれぬ気持ちを増幅させ、私の矮小な脳みそのキャパシティーを軽々と超えてゆく。


どこまで膨らむの、この気持ちは。
自問自答しても答えが返ってくる筈もなく、ただ私を見上げる泉を嫌になるくらいに意識してしまって正直火照る頬をどう隠せば良いか戸惑っていた。

たった十分前までは友達と彼氏の曖昧な境界線にいるヤツ、としか考えていなかったのに何ていう誤算なんだろう。


「おい?まじで大丈夫か?」
「…泉、」
「保健室行くか?」
「泉、やばい」
「あ?」
「……っ、何でもない」


私泉の事好きになっていくみたいです。
喉まで込み上げてきたものの、無理矢理飲み込んで腹の底に戻した思いを体内だけで反芻させてみる。

するとあら不思議。
なんだか泉が友達に見えなくなってきた。


おかしいなあ、K子ちゃんはキスやセックスをしたら恋人になるのって声高に教えてくれたのに。
私達はそうなるにはまだまだ時間が掛かりそうなのに、私の努力次第じゃキスもエッチも無しに恋人になれそうだ。全く人間て可笑しな生き物。

でも可笑しいという思いより、目の前で目尻を下げて私を見詰める泉が友達では無くなっていくんだろうという予感への好奇心が勝る。

ああ、私も大分乙女なんだ。
フフッと笑む私を見据えつつ、不思議そうに小首を傾げる彼の手元にあるお弁当箱はキレイに空になっていた。


明日から泉じゃなくて孝介って呼んでみよう。

そう考えた私の脳内が泉一色になるまで、あとどれくらいの時間を要すのかは誰も知らない事だけど、早ければ三日でそうなるやもしれないなんて思って幸せになる私は既にヤバいとこにいるみたいだ。




下、君を愛そうと
み中です



泳ぐ少年さまに提出

(20120214)

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