「罪悪感て、ないんですか?」


二人だけの静かな空間でふと尋ねてみた。

単なる好奇心からの質問だった。
ただ、私の目の前に悠然とした態度で脚を組んで座る全身を黒で揃えた彼、折原臨也に聞いてみたくなった。本当にそれだけ。



「ないねぇ、そんな野暮なモノは」

「…じゃあ私の事はどれくらい好きですか?」
「世界中の人類を一カ所に集めたその中心点くらい好きだよ」
「抽象的ですね」
「分からないかい?」



不思議そうにそう質問してくる臨也さんに素直に頷き返すと、彼は可笑しいなぁと口にするような、何とも言えない表情で小さく小首を傾げる。

分からない。
でも彼が考えていることなんて分からなくて当たり前だ。

臨也さんは私とは違う世界の人なんだから。

自分自身を嘲笑するように、白いカップの中に並々注がれているコーヒーをぴちゃりと舌で掬えば、チリチリ焼け付くような感覚に襲われた。

私はコーヒーが飲めないと、何度言っても臨也さんは必ずコーヒーを入れた白いカップを手渡してくる。
今となってはもう慣れてしまった為か、私は文句一つ言わず何時も手の中でコーヒーカップをカイロ代わりにしていた。



「そういうなまえちゃんはどう?」
「なにがです?」
「俺の事どれくらい好き?」
「うーん…赤ちゃんライオンの次くらいですかね」
「酷いなぁ、俺だけ好きみたいじゃない」
「はは、それは失礼しました」
「まぁいいけど」



そう言う割に臨也さんは少し悲しそうに彼のその整った顔を崩していて、なんだか私の方が小さな罪悪感に襲われてしまう。

今さっき口にしたコーヒーのような、苦い苦い思い。
それが何とも居心地悪くいたたまれなくて、私は無意識的に白いカップに入った黒っぽい液体を一気に飲み干していた。うわ、不味い。



「あれ珍しいね、なまえちゃんがコーヒー飲むなんて」
「…この世で一番不味いです」
「そんな事はないと思うけどなぁ」

「…というか臨也さん、」
「ん?」


私がコーヒー嫌いって知ってたんですか?

舌に残るざらざらした苦味に顔を顰めながらそう聞くと、彼は一瞬だけポカンとしたけれど直ぐに零れんばかりの笑顔になった。綺麗に弧を描く唇に思わず目がいってしまう。私は変態か。

終いには隠す素振りもなくケラケラ笑い出した臨也さんに、つられて私まで笑ってしまいそうになるのを必死に堪えた。
何がそんなに可笑しいのだか分からないけれど、彼の笑顔は見ていて不安にさせられるから好きだ。

臨也さんの笑みは、周りの全てが壊れていくような気がして落ち着かない。
でもそこが魅力的だし、だからこそ私は彼の笑顔が愛しいと思うのだ。



「来る度にコーヒーを丸々残していくんだから、そりゃ分かるよ」
「あ、すみません」
「別に気にする事はないよ」

「今度から出来れば紅茶にしてもらえると有り難いです」
「それは出来ないお願いだなぁ」
「何でです?」
「ここにはコーヒーしかないからね」



絵に描いたような笑顔を保ったままそう言った臨也さんに驚きを隠せなかった。
ここには波江さんだって出入りしている訳で、紅茶もないなんて事は有り得ないと思っていたのに。

取り敢えずそれは無理を言って申し訳ないと謝ると、「だから気にしなくていいって」と軽く流した答えが返ってきた。

今度臨也さんの誕生日には紅茶をあげよう。
そう考えたものの彼の誕生日を知らない事に気付いて計画は泡と化す。

そう言えば私は彼の事をちゃんと知らない。誕生日は勿論、彼の歳も家族関係も、好きな色も好きな言葉も。何一つ臨也さんの事を分かっていないんだ。


考え出したら止まらず、なんだか涙が出そうになってしまった。
でも先程の笑い同様、必死に涙を胸の奥へと押し込めて我慢する。

今泣いたら臨也さんはきっと私の事をうざったいと思うだろう。
そう直感的に思ったからだ。

けれど他人の些細な表情の変化を見逃さないのが折原臨也という人間であって、彼は眉をひそめて私の顔をまじまじと見詰めてきた。
慌てて隠そうとするも適わず、私は一番見られたくない潰れたような表情を晒すこととなってしまう。ああもう、穴があったら迷わず入るのに。



「なまえちゃん気分でも悪いの?」
「気分は普通です」
「じゃあその可笑しな顔は何?」
「可笑しくはないです」
「えぇ?可笑しいと思うけど」
「臨也さんの勘違いです」



言い切った私に対して、彼はいまいち納得が出来ないように小さく呻いた。
でも訂正する気は毛頭ないので、敢えてそのまま放っておく事にする。

すると臨也さんが小さな声で呟いた。
たぶん彼は私には聞こえないように言ったのだと思うけれど、私には確かに聞こえてしまった。

「こんなになまえちゃんの事を大切にしてるのに」なんて当たり障りのない甘い言葉を。

全く笑えない。
彼が考えている事なんて微塵も分からない私が、彼に大切にされるなんて有り得ない。
それを私も分かっていると知っていてそんな言葉を吐いてしまうんだから、臨也さんは相当の悪魔だ。



「臨也さん、」
「ん?」
「私、今年厄年なんです」
「俺も今年は良いことないよ」
「でもきっと私には適いませんよ」
「えー、そんな事ないって」



にこにこと、すれ違えば誰もが振り返る爽やかな笑顔。私のすきな笑顔。残酷なえがお。

それが本当に私だけに向けられていたのなら、どんなに幸せなんだろう。
でもそんな事はたぶん、私が彼に殺される時くらいにしか起こらない。



「私この間階段から落ちたんです」
「俺なんてこの間シズちゃんにバケツ投げつけられたよ」

「私は取っておいたモンブラン食べられました」
「俺もお気に入りのカーディガンに穴が開いちゃった」

「先週は愛犬が死んじゃったし、」
「俺は今日なまえちゃんに冷たくされてるし」


辛いよ?
何も言えなくなるような瞳で見据えてくる臨也さんに、本当に返す言葉が見つからなくなってしまう。

辛いなんてそんなの、嘘よ。
口にしようとした言葉は、喉がカラカラに乾いていてしまった為か外に出ていかなかった。多分さっきコーヒーを飲み干してしまったからだろう、そういう事にしておく。



「俺はなまえちゃん無しじゃ駄目なのに」
「……」
「なまえちゃんの為なら色々してあげるのに」
「なら…なんで、」


コトリ、今までずっと手の中に収まっていた白いコーヒーカップをテーブルの上に置く。

彼の完璧な笑顔を脳裏に焼き付けるように見据えてから、私は臨也さんの鼓膜を私の綺麗とは言い難い声音で震わせた。


「なんで、私を振ったんですか?」





せめてもの不幸自慢
(ふしあわせ、感染しますように)




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折原さんちのネームバリューは神
(title:√A)
(20120121)

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