息をしてる。
潰れかけの、今にもぶっ壊れそうな心臓で、なまえは今必死に呼吸している。


そんな彼女の隣で俺はただ、その白くて細い手を握り締める事しか出来ずにいた。

俺が余所見をしなければ、今ここに四番隊の隊員がいたなら。
後悔するのはそんなどうしたって叶う事のないものばかりで、俺が女々しく彼女の身を案じている間も呼吸はどんどん絶え絶えになっていく。


死ぬな、死ぬなよなまえ。
そう彼女に必死に声をかける口とは裏腹に、頭では存外ぼやけたことを考えていた。彼女はこのまま死ぬのかなあ、なんて。

縁起にもねぇ。
まだ彼女はここで闘ってる。
励ます側の俺が見限ってどうすんだよ。一番失いたくない彼女を見限って、どうしたいんだよ。

ふと焦点の合わない彼女の眼孔が俺を捉えた気がして、慌ててどうしたと手を強く握れば確かに聞こえる、掠れて消え入りそうな声。



「檜、佐木…せ ぱい、」
「なまえ、どうした?」
「わた、し…、っう、わす…」
「どうした?苦しいのか?」



苦しいのなんて分かりきっているのにバカな質問をしちまう俺。

なまえが顔を歪めてまで必死に言葉を紡ごうとしているから、俺はその助けに少しでもなりたいが為に彼女の口元に耳を近付けた。彼女の荒い息遣いがダイレクトに伝わってきて、彼女から溢れる血の匂いが鼻孔を擽ってきて、正直狂いそうだと思った。


何でだろうな。
ただ一つの命の灯火が消えかけているだけなのに、それが自分の彼女のモノだというだけで酷く取り乱してしまう。

副隊長っつー立場上、いろんな者の命を刈り取られる瞬間を冷静にただ任務に忠実に見守ってきたってのに。
なのに、目の前に横たわる小さな彼女ひとつの命が亡くなりそうなだけで、胸が痛くて仕方無いんだ。

それは酸素を失って呼吸困難になるような感覚に似ていて、俺は改めて彼女が空気のように「大きすぎる当たり前」だった事に気付いた。
今更気付いた…俺は馬鹿だ。

戦いは怖い。
でもなまえを失うのはもっと怖い。
皮肉なことに、俺は怖い戦いの中でなまえを失おうとしてる訳だ。



「い、て…せんぱ、い」
「っ、なまえ?」

「いきて、たい つな、ひと、と」
「…!」


途切れ途切れなまえは口を動かした。

正直、ふざけんなと思った。
彼女は俺に、一人になっても変わらずに生きていけと言いたいんだろうか。なまえを失っても今まで通りのうのうと笑って暮らせと、しかも大切な人と、とか…。

お前はどうしてそんなに優しくいれるんだ。自分が死にそうで苦しくて崩れそうな時に、俺の心配なんかしやがって。
おかしいだろ。
何でそんなに優しく笑ってんだよ。


うっすらと笑みを浮かべて俺を見つめるなまえの目には薄い涙の膜が張っている事に気づいて、情けなくも俺の目からも透明な雫が一粒だけ落ちていきそうになった。
涙は見せまいとぐっと身を引き締めた俺を見て、彼女が小さく微笑んだのは気の所為か。



「ひ さぎ…せん、い…?」
「もう喋んな」
「だぁ…っ、いす、き」
「…喋るな、お願いだから」



目を細めるなまえの絹のような頬に手を添えてやる。

ぜいぜいと息を荒げる彼女の頬はひんやりと冷たくて、たった今俺に向かって愛を紡いだ彼女のものだとは到底考えてられなくて。無意識に譫言のように、もう言わなくていいからと口にする。

本当は俺も好きだと言ってやるのを彼女が一番に望んでいることは分かっている。
けど、この期に及んで気恥ずかしさなんていう下らない感情を抱いた俺は、ただ口を結んで彼女の顔を撫でてやるだけで精一杯だった。本当に俺は、馬鹿だ。


なあ、なまえ、置いていくなよ。

俺の願いは無論儚く散るようで、彼女の呼吸が徐々に更に浅くなっていくのが見て取れる。辛い。

それでもなまえは最後まで、まるでどこかの令嬢の肖像画のような笑みを絶やさずに俺に焦点を当てていた。

ああ、お前は最後まで、綺麗だな。
強いな、なまえは。


お前が好きなんだ。

そう言葉を紡ごうと息を吸った刹那、なまえの瞼が静かに閉じた。
握っていた手がストンと滑って、その場に歪な振動を生み出して。


俺は思う訳だ。
最後まで彼女に気持ちを伝えてやれなかった俺は馬鹿だと。





*

檜佐木先輩、泣きそうだった。

ああ、きっと彼は私が死んで、趣味のギターやバイクに殆ど触らなくなって、ちゃんとして下さいと注意して直した散らかし癖も元通りになるんだろう。

私はずるい。
そうなる事を願ってしまう、私は。

…何で私、あの時大切な人となんて言って笑ったんだろう。
もっと檜佐木先輩を苦しめるって知ってたのに。もし今最後の言葉を絞り出せるなら、迷わずごめんなさいと言うのに。

最後に笑ったのだって、たちが悪いったらない。

何でもう動かないの、私の体。
これじゃ先輩にお詫びもお礼も言えないよ。


光をほぼ失いつつある狭い視界の中の檜佐木先輩が、息を吸おうとしたところで、どうやら私の寿命は尽きたらしい。

なくなりかけの意識の中で最後に先輩に好きだと言われた気がして、彼を私という鎖で雁字搦めにしてしてしまった事に幸せを感じる。
やっぱり私は狡い。


ねえ先輩、もっとずっと一緒にいたかったけど。でも、








(ばいばい、)







六車さんと檜佐木の傷。あのキズ。
勿論エロいと思いますよね?ね?←

(20111224)

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