※作中に、ぴよさまが書いて下さった絵が貼ってあります。苦手な方はご注意を。



「いいですか?先に口を離してしまった方が負けですよ?」
「……」
「ジャーファルさん?」
「…分かりました」


観念したかのように肩を竦めたジャーファルさんを確認してから、では、と一呼吸入れて息を整える。シンドバッドさんから手渡された一本のポッキーをしっかりと受け取りそのままジャーファルさんへと流せば、渋々ながらもきちんと咥えてくれた。

向かい合った彼の、陽光を浴びて嫌味なくらいにキラキラと輝きを放つ銀髪の美しさったらない。…なんて、今はそんな悠長な事を言っている場合では全く無くて。目を合わせるのは余りにも難易度が高い行為なので、彼の目印とも言えるクーフィーヤの飾りに視線を逃がした。

よし、いこう。
相手に気どられないよう、静かに生唾を飲み込む。私も私で、自分なりに覚悟を決めて、ジャーファルさんの咥えるポッキーの端を、咥えた。



先に、何故こんな展開になっているのか、ということを述べておこう。

事の発端はつい先程、シンドバッドさんの執務室で出されたお菓子の中に、現代で言うポッキーに酷似したものがあった事だった。懐かしいそのフォルムに記憶を刺激された事もあって、私はその場にいたシンドバッドさんとジャーファルさんの二人にポッキーについて語ってしまったのだ。自分のいた世界でも愛されていたこと、一箱150円くらいであること、そして何より、合コン(二人には合同で行う見合いだと説明した)ではよくゲームとして使われること。

今思えば少し後悔している。
なんせ私のその言葉に、あろう事かシンドバッドさんが興味を持ってしまったのだから。一体どういうゲームなのかと、お世話になっている国で一番の権力者に問われたらそりゃあ素直に答えるしかないだろう。懇切丁寧にお教え致しましたとも。

そして案の定と言うべきか、七海の女たらしたるシンドバッドさんは、説明されたポッキーゲームにいたく心惹かれてしまったらしかった。やろう、いややるんだジャーファル!目を輝かせてそう宣った己の主に、ジャーファルさんは恐ろしく冷たい視線を浴びせかけていたが、屈する彼でもない。そしてなんたる不運か、その場にいた女と言えば私くらいであった訳で。

そんな訳で、絵に書いたような笑顔の王様は続け様に命令を下したのだ。私とジャーファルさんで、ポッキーゲームをやってみせる事を。

無論、いくらシンドバッドさんの提案と言えどそんな理不尽かつ小っ恥ずかしい事を鬼政務官であるジャーファルさんが飲む筈がない。私が抗議するまでもなく、彼は主に対して正直な怒りを露わにしてくれた。だがシンドバッドさんはどうしても見てみたかったらしく、二週間の禁酒宣言までして食い下がってきた。そうなればジャーファルさんも了解も視野に入れざるを得ず、結局苦い表情ながらも頷かせるに至ったのだ。って、あれ?そう言えば私の意見は聞かれていないし述べてもいないけれど。…無視、というやつだろうな確実に。


とまあ、理不尽な点もある気はするが説明はこの辺りで良いだろうか。兎にも角にも、私は今まさにジャーファルさんとポッキーゲームをせんとしている状態なのである。

チョコレートが掛かっていない方を咥えている所為か、小麦の味が口いっぱいに広がっている。と同時に、頭には羞恥心が一杯に広がっているのでもう心臓が壊れそうだ。動悸が速過ぎて死ぬんじゃないかなんて、有り得もしない事まで考えてしまう程、本当にもうパニック寸前だった。だって、目と鼻の先にジャーファルさんの端正なお顔があって、しかもこのゲームはキスという展開になる事だって否めないものであって。

ニヤリと意地の悪い笑みを漏らしながら傍観を決め込むシンドバッドさんを横目で見たら、何だかもう色々な思いで臓器という臓器が爆発しそうな気がしてきた。覚悟を決めたにも関わらず、開かれたジャーファルさんのダークグレイを見詰めたらやはり羞恥で動けなくなってしまう。嫌だ、恥ずかしい。恥ずかし過ぎて死ねる今なら確実に死ねる。
そんな事を考えてうだうだ固まっている間にも、口の中のポッキーの端っこは着実に柔らかくなってゆく。

不意に、一向に動きを見せない私達に痺れを切らしたらしいシンドバッドさんが「よし、初め!」と突然の開戦を宣言しなさった。心臓がより煩くなる。バクバク、なんて漫画の中だけの効果音かと思っていたのに案外そうでも無いらしい。なんて、今知っても何の得にもならないんだけれど。

はあ、よし、もうここまで来たら仕方ない。…行こう。
自分を精一杯に鼓舞して、食べ進めようと僅かに口を開いたその時。

す、と、とても自然な動きで、ポッキーが私の口から離れていった。一瞬何があったのか分からず、不甲斐ない瞬きを二度だけ繰り返す。二回瞼を上げて漸く、ジャーファルさんがポッキーを咥えたまま顔を背けてしまった、という事実に気がついた。え?訳が分からない。





「え?え?」
「おいジャーファル!何してんだいいとこなのに」
「…うるさい」
「え、あの、ジャーファル、さん?」


今この瞬間までのジャーファルさんのイメージというのは、何時だって冷静で、でも少し怒りっぽくて感情的なところもあるけれど根は優しく穏やかなインテリ、それだった。それに引き換え今はどうだろう。頬を綺麗に紅潮させ、耳までほんのりと赤くなって思い切り目を逸らす、彼は。
その姿は普段の彼のイメージからは余りにかけ離れていて、あまりにこう…言ってしまえば扇情的、だった。可愛いを通り越して色っぽいとさえ思ってしまった私は、結構末期なのかもしれない。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ジャーファルさんはそっぽを向いたままも目を閉じてもぐもぐとポッキーを咀嚼し始める。あっという間に、彼はそれを食べ切ってしまった。もちろん私の唾液をたっぷり含んだ反対側の先端まで、である。無駄に熱くなる頬を押さえてジャーファルさんを見やれば、それはもうばちりと視線がぶつかる。うわ、熱い。なんか何もかもが、熱い。


「すみません」
「じ、ジャーファルさ」
「嫌だったんです!」
「え?」
「…貴方と、その、キスするところを、シンに見られるのが、凄く」


頭が爆発する、という表現を使うとしたら、まさしく今だ。茹だる頭で、辛うじてそんな事を考えた。
キスする前提だったなんて、何時の間にそんな過激なゲームになったのだろう。どうしよう、何でこんなに舞い上がってるんだろう。でも、ああ、凄く嬉しい。

ちらりと横を伺い見れば何故かシンドバッドさんは依然としてニヤニヤ下世話な笑みを浮かべているし、もうここはいっそ、思い切り調子に乗ってしまおうか。というかこれだけで心臓が壊れそうになるとか、もしかして私はジャーファルさんの事が好きだったのかな。そうだったらいいな。こんなにも早鐘を打つ心臓が、全部ジャーファルさんの為だなんて、何だか凄く幸せになれる気がしてならない。

ぐちゃぐちゃ、と言うには心地よ過ぎる心音に、思わずゆっくりと目を瞑る。そんなクラクラした眩暈が続く中、私の鼓膜に追い打ちを掛けたのはやっぱりジャーファルさんの言葉だった。


「だからなまえ、…出来れば後で、その…私の部屋で」




なんていじらしい動物なの!




Twitterの方で良くして頂いているぴよちゃんに「ポッキーゲームをするジャーファル」とリクエストしたら、何だか滾る絵をくださいました。ふぬお…!シンドリアにはポッキーに激似のお菓子があると信じています。ぴよちゃん、素敵な絵をありがとうございました!

(title:小指に花束)
(20130320)

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