今日も1日俺たちをうざったいくらいに照らしつけていた太陽ってやつが、静かに落ちて消えていく。その代わりに空を牛耳るのは月というより夜の役目で、赤紫色をしていた筈の空は瞬く間に濃紺へと姿を変えた。光源が沈んだんだから当たり前、と思うかもしれないけどやっぱり凄いよなあ、とか考える。

太陽も漆黒の夜も、毎日飽きずによくもまあ、姿を表したり消したり出来るものだ。こいつらには、もし今自分が姿を消してしまったら次の日には皆が自分の存在を忘れ去っているんじゃないか、とかそういう恐怖が無いんだろうか。なんて、あるわけないよな。ていうか、あったらそれはそれで恐ろしい話だし。




知っていました、終わりなら



「業、カルマ、かるま」
「え、ナニどしたの?」
「いや、凄い名前だなあと思って」


突然俺の名前を連呼し始めたなまえに驚いて目を丸くすると、彼女は俺の隣でとりなすように弱っちい笑顔を浮かべた。間髪入れずにどこが凄いのかと聞けば、色々、と何とも雑な答えが返ってくる。

自分の名前が珍しいのは知ってるけど、色々と凄い、なんて言われたこと無かったから少し照れた。勿論そんなのなまえにバレたら格好がつかないから、顔には薄ら笑いを貼り付ける。悪いクセだよな、って分かってはいるんだけどね。


「業って仏教用語だよ」
「知ってる」
「前世から背負ったその人の運命みたいなものなんだよ」
「それも知ってる」
「凄い名前じゃない」
「さあ、どうかな」
「…でもそれなのに、カルマくんは名前負けしてないでしょ」
「は?」


名前負け?
そう安直に声を上げて小首を傾げる。

夕方も終わり、夜が鎌首をもたげた濃紺の世界の中で、彼女の存在はまるで爪弾きにされているかのように浮き立ってみえた。どうしてなまえだけ、こんなに光って見えるんだろう。俺なんて今にもこの暗い色と同化してしまいそうだと言うのに、どうして。

答えは容易に見つかる筈もなく、いやそもそも答えの有無すら不確かだしで、俺は小さく息を吐いた。それは従順な態度で部屋の空気に溶け込んで、すぐに区別がつかなくなる。彼女を伺いみれば、首を傾げて悩む俺を楽しんでいるらしく完璧に近い笑顔を向けられた。


「…からかってるの?」
「からかってなんてないよ?」
「ふぅん」
「ただね、本当にカルマくんは凄いなあって見てたの」
「だからそれ、意味不明」


あからさまに眉をひそめてやると、なまえは少しだけ困ったように笑った。それから寂しそうに目を伏せて、細くて白い腕を俺に向かって伸ばしてくる。黙ってみていたら、それは俺の頭の上にのった。

今更抵抗するのもめんどくさいし、何もせず何も言わずにただ彼女の掌の感触を頭皮で楽しむ。ひんやりとしていた。見える訳ではないのに、その掌も腕同様に白いに決まっていると妙な確信を得た。死人みたいだ。流石にそれは、口には出せない。

暫く彼女の掌は俺の頭を滑るように撫でていたが、ひとしきり堪能したのか名残惜しさも余韻も何もなく、あっさりとその手は離れていった。その二秒後、図ったかのようにしっかりと視線がまぐわる。柄にもなく、目を逸らしてしまった。


「カルマくんは名前に負けずにしっかり人生を謳歌してるじゃない。尊敬する」
「そんなコトないでしょ」
「あるよ。私なんて好きなように振る舞えないもん」
「……」
「だから、ね、私思うの」


言うな。その先は、言うな。
そう叫びたいのに声が出ない。まるで魔法にかけられたらかのように、声帯というやつが全くもって機能してくれなくなった。だからと言ってなまえ相手に暴力を使う気なんて起きるはずもなく、ただただ、その夜を味方につけて寂しそうに翳る瞳を見据える。

彼女にこんな表情をさせているのって、俺なのかな。気付くのが遅すぎたけど、やっと分かった。ああ、駄目だな俺。


「カルマくんと私は違うんだなって、思うの。思うっていうか、最初から分かっていたの。分かってたのに、声を掛けずにはいられなかった」


ごめん、ごめんなさい。そうやって頭を下げるなまえの姿は痛々しくて、俺はまた目を逸らす。窓の外に逃げ場を探す。でも生憎、そんな都合の良い隠れ場所なんて無かった。外にはただ、一段と濃くなってきた闇が大口を開けて俺を待っているだけ。

行き場のない溜め息が口を吐いて、部屋の隅に向かって覚束無い様子で浮遊する。彼女に似ていると思った。手を伸ばして引き止めることを躊躇ってしまうような、そんな寂しくて儚い背中が、どことなく。
未だに頭を下げたままのなまえを視界の端に捉えていたものの、静かに目を閉じて全てをシャットアウトした。


三年E組行きが決まって、俺の中で教師とやらが死んで、何かが綻びかけていた頃。そんな時に俺はなまえに出会った。出会った、というと語弊があるのかもしれない。正しく言えば、今までは顔見知り程度だった隣の家の高校生が、俺に声を掛けてきたのだ。その時も確か彼女は俺の頭を優しく撫でながら、白い喉をくつくつ鳴らして笑っていた。名前は?と聞かれて、普段なら挑発の一つや二つかましてやる俺がやけに大人しく業と名乗ったことを覚えている。

あと、彼女が猫舌であること、雨の日が好きなこと、つらい事があると笑顔が増えること、セックスの時は声を出すのを抑えようと必死に歯を食いしばること。彼女のことは全部、覚えているし、知ってる。知ってるんだよなあ。

だからこそ、見てみぬ振りをすることもあった。
彼女はそれが気に入らなかったのだろうか。それとも、俺が好き過ぎて追い詰められてしまったんだろうか。


「大好き、大好きなんだよカルマくん」


どうやら後者だったようだ。うん、俺も大好き。好きでなにが悪いの?なまえの白い肌も寂しい笑顔も声も全部全部、一つずつ丁寧に愛でる自信があるよ。


「でもね、だからね、もう終わりにしよう」


閉じた瞼に、柔らかい終わりが降ってきた。最後のキスは口でなく、瞼。何だか味気ないな。でも、それが逆にいいのかも。

そんな風に冷めた思考が働いたのは、勿論彼女が嫌いだからっていう訳じゃない。安心したんだ。どこか、心臓の本当に右端の方で、ああやっと彼女を解放してあげられるんだなって。終わりの感覚に全身が声にならない悲鳴を上げているのに、それでも酷く、安心したのだ。

好きだよ。なまえ、好きなんだ、俺も。だからこそ、なまえの選択が正しいって分かるよ。でも何でだろう、声が出ないんだ。力が入らないんだ。心臓が、破裂しそうな程に痛いんだ。

せめても、と目元に静かに微笑みを浮かべる。やっとまた直視できた彼女はとても寂しそうに笑っていた。頬に透明な何かの通り道を浮かべて、ゆったりと、微笑みを返してくれた。やべ、なんか、俺まで目から水が出てきた。本当大好きなんだな、俺達。きっと世界中どこを見回したって、俺と彼女程お互いを分かり合って、愛し合っている二人なんていないだろう。それが、すごく悲しくて、嬉しい。

知っていた。俺は、君が初めて笑い掛けてくれた時から、こんな終末が来ることをなんとなく分かっていたよ。けどね、君との「終わり」がこんなにも苦しいものだなんて、すこしも知らなかったんだ。



(大好きな魅夜ちゃんへ)
(title:ノイズレコード)
(20130227)

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