「ひーらこ隊ー長さーん!」


太陽がここぞとばかりに顔を出す昼下がり。
何時ものように隊舎の屋根上でロクに執務もせずに惰眠を貪る真子の名を大声で呼べば、耳障りの良い艶のある彼の声が上から降ってきた。



「なんやなまえ、昼寝中や!」
「起きてるじゃん、」

「お前のどエラい声で起きたんや」
「こんなのが上司の藍染君て可哀想」



言いながら膝をぐっと曲げて力を溜めて、そのまま思いっきり飛び上がりピンポイントで真子の隣に、羽織りを靡かせながらストンと着地する。
ジャンプしてる間にも真子がウダウダ言っているのが聞こえたけれど、それは一切無視をした。

すぐ隣から真子の苛ついた視線が刺さるも、生憎そんな事を気にする柄では無いので何食わぬ顔で隣に座らせてもらう。
飛びきりの嫌な顔をされた時は、その金色に輝く長髪を毟ってやりたくなる衝動に駆られたけれど。



「お前かてサボっとるやんけ」
「私のはサボりじゃない。」
「じゃあ何や」
「休憩」



同じやんけ、と口にした真子の声は青空へと吸い込まれていく。
顔を横に向けて彼の表情を汲み取ろうとすると、私の視線を感じたらしい真子もこちらを向いた所為で視線が絡み合ってしまった。



「…なんか用かいな」
「うーん、……なんとなく」
「お前はそう言うんばっかやな」



そう言って真子が漏らす乾いた笑い声も、例外なく青空に飲み込まれて行く訳で。

何故か私はそれが無性に寂しく感じていた。うまく言い表せないけれど、真子の発する心地良い声が喋り方が空に横取りされちゃうような、そんな感覚。



「…何となく、空に嫉妬した」
「ハァ!?空に嫉妬て、お前なぁ」

「だって、真子空ばっか見てるし…」
「何で俺の所為みたくなっとるんや」



だって全部真子の所為だもん。
私が何故か真子と同じ隊長なんて地位に就いてるのも、彼の後押しがあったから。今こうしてのうのうと休憩を取っているのも、真子を見つけて側に居る為。

そして何より私が真子を好きで好きで堪らないのも、以前彼が私に盛大な愛の告白をしてきて、それに自分の心臓が射抜かれたのを感じたから。
つまり私の行動の要因は真子ばっかりなんだ。


そう思えば折角この瞬間に隣に座っている真子から離れる気なんて微塵も起きず、逆にもっとくっついていたくなって彼の肩にこてんと頭を持たせかけた。



「なんやえらい甘えとんな」
「あまえてない」
「どの口が言うんねやボケ」
「ボケじゃないし」
「ボケちゃうならアホやな」



私への悪態を吐きながらも、肩にかかった私の頭の重みを感じるのは満更でもないらしい。

細くて綺麗な指を持つ手のひらで、ぽんぽんと優しく頭を撫でられる感触が、彼を底抜けに愛おしく思う感情と共に確かに私の中に広がった。
ああ、このまま時が止まってしまえばどんなにいいだろう。



「アホでもない」
「いやアホに決まっとるわ」
「なんで?」
「俺を好き言うなんて、余程のアホか間抜けに決まっとるやんけ」



薄く笑みを携えながらそう紡ぐ真子に、思わず抱きつこうと手が宙を掻く。
が、流石にそれは何だか気恥ずかしさもあって、私はただ意味もなく手を宙に伸ばしただけで終わってしまった。

無論隣の真子から変な目で見られたけれど、それさえも心地良いと感じた私の脳は全く気にかけはしない。



「じゃあ真子もドアホじゃん」
「ハア?何でそうなるんや」

「あーほ、アホ真子」
「平子隊長はアホちゃいますー」
「…アホだよ。私の事好きだって言うんだから」
「!……」



途端にゆっくり流れる沈黙を噛み締めて真子を見やると、彼は言いくるめられて不貞腐れた小学生みたいに唇を尖らせていたから溜まったもんじゃない。
どうしよう可愛い、…ときめき過ぎて私の心臓が潰れそうな気がした。


無意識的に彼の金糸を一掬いして指に絡ませると、引っ張るなという小さな抵抗の言葉が投げかけられた。

クスクス笑みを漏らしながら引っ張ってはいないと答えれば、減らず口だと言って逆に私の真子とは違い、お世辞にもサラサラとは言えない髪を梳かれる。

私の理想の時間が、今ここに流れていた。



「私、真子がいて幸せ」
「そりゃありがとさんやわ」
「…なに照れてんの平子さん」
「照れとらんわボケェ」



明らかに赤らんでいる頬を隠しもせずに言う真子。

彼は普段は真顔でサラリと愛の言葉を紡いだりして私を赤面させるクセに、こういうストレートな攻撃を受けた時に弱い。そこがまたポイントであることは否めないんだけれど。



「ねえ照れ屋の五番隊長さん、」
「誰が照れ屋や。なんやねん」
「私のさ、今の気持ち聞く?」
「…しゃーない、聞いたるわ」

「…真子と溶けて空気になっちゃえばいいなーって気持ち、」



真子は驚いたのか、ゴクリと生唾を飲み込むような音が私の鼓膜を叩いた。私は普段甘い台詞を吐くような人間じゃないから、余計なんだと思う。

私だってこんな端からみたら阿保みたいに甘ったるい言葉をかけるつもりなんてこれっぽっちも無かった。

なのに、何でだろう。
あの淡青色の空に真子と一緒に溶けちゃえばいいのにという考えを、願望を、頭に浮かべたら何だか口に出さずにはいられなかったんだ。

真子は暫く私をじいっと見つめていたけれど、ふいにその視線を外すと艶っぽく溜め息を漏らした。



「しゃーないやっちゃ、」
「私ロマンチストでしょ?」

「なまえがそうなら俺かてそうや」
「どこがだよ全く」
「…俺もそないなったらええ考えてしもたわボケ」



真子も、私と一緒に溶けちゃいたいって考えた…?

そんな肯定の意を返されるとは思わず、一瞬思考がついて行けなかった…けど、確かに彼は今も私に赤い頬を見られまいとぷいと顔を背けている。

そして彼への愛しさが最高潮に達するんではと思い始めたその瞬間。
真子はぐるりと首を捻って見事私の視線を捉えて、大袈裟に肩を竦めてみせてからいつもの飄々とした表情を見せ付けてきた。私の心臓が高鳴ったのは言わずもがなだろう。



「物好きやなァ、なまえも」
「…そう?」
「そや、一生毒に犯される事になんねんで?」
「毒ってなんの?」
「平子隊長特製、」



愛の毒。
そう真子は私の耳元で囁いた。

かなり恥ずかしいセリフなのに、こういう時だけは例の通り顔色一つ変えずに、だ。


真子に反比例するように自分の頬の赤みが増していくのを感じて、私自身も照れ屋じゃないかと今更ながら自覚する。

でも今のは明らかに反則だと思う。
彼は私を骨抜きにでもしたいんだろうかと疑わずにはいられなかった。

暫く言葉の衝撃と余韻を噛み締めていると、私が無反応な事に困ったらしい真子が私の顔を覗き込んでくる。それ、逆効果なのに。



「おーい、なまえチャン?」
「…言うの遅いよ、真子」
「?」

「毒回ってから言うのはズルい」
「あー…せやったか、」
「確信犯かよ」



ボスン、となるべく鈍い音を立てるようにして彼のお腹めがけて拳を入れる。
無論私の攻撃は全く効かず、あっさりとその長い腕に身体を絡め取られ、抱き締められて返り討ちに遭うという情けない結果になってしまった。



「…あまい」
「甘いの好きやろ?」
「毒なのに、あまいのは狡い」
「…堪忍、我慢しい」



そう言って微笑む真子が、彼の金髪が、そして青い空までが苺ジャム級に甘いモノな気がしてきてならない。

その甘さはきっと私の全身を蝕んでいくんだろう。…いや、恐らく私はもう蝕まれているのかもしれない。


でも私は、死ぬまでこの毒が抜けないことをただひたすら願ってもいいだろうか。

私はこの毒に、犯される為だけに生きているんだから。







(私の細胞を焼き尽くして)






平子の関西弁てなんか違う
故に崩壊した。

(title:小指に花束)
(20111205)

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