[ジャーファル|現代パロ]


ジュージューと音を立てる鉄板からは、食欲をそそる良い匂いと共にもうもうと白い煙が立ち上っていた。

今朝おせちをたらふく食べた所為で余り空いていなかった筈の胃袋が、小さく蠢いて早く早くと催促してくる。
もう、食べてもいいよね。勝手に判断して、鈍色に光るヘラを手に美味しそうな声を上げる豚玉ちゃんに手を伸ばした。が。


「こら、まだ駄目です!」
「いてっ、痛いジャーファル」
「中までちゃんと焼けるまで待ちなさい」
「わかったって。それより痛かった」
「ぐだぐだ言わない」


白い煙に邪魔をされてぼやけた輪郭をつくるジャーファルは、まるでお母さんみたいにピシャリと私を一喝した。自分が私の手の甲を叩き落としたのが原因のくせに、驚きの理不尽さである。しかも新年早々、彼女の手を思いっ切り遠慮なくここぞとばかりに叩きますか普通。いや確かに早まって獲物に手を伸ばした私も悪いけど。でもそこはやんわりと手を押し退けるとか言葉で諭すとかしてくれても良くないか。だって普通に痛かった。

と、どうにも煮え切らなくて、鉄板の向こう側に座ってお好み焼きを返そうと格闘しているジャーファルに向かって直接愚痴を零してやった。最後に「なんか愛が足りない気がする」で締めると、まさしくピタリと、彼の手の動きが止まる。あ、すこし怒ったかな。


「それは幾多の前科を持つ貴方が言える台詞ですか」


確信はしていたけれど予想は当たっていた。
ジャーファルの口調にはバラよりも鋭い棘が含まれていたし、何より眉根には面白いくらいにしわが寄っている。

前科、というのは私が我慢がきかない事のそれだろうか。浮気なんかしてないしそれ以外ないよなあ、なんて大して物怖じする事もなくぼんやりと考えていると、そんな私の様子に呆れたらしい正面から盛大な溜め息が漏れた。それは白い煙とうまいこと一緒になって天井へと昇ってゆく。ジャーファル若いのに大変だ。いや、私が言うなって感じだろうけど、でも。


「元日に溜め息は良くないよジャーファル」
「誰の所為だと思ってるんです?」
「えー、ジャーファル君の可愛い愛しい真向かいのハニーかな?」
「かな?じゃねえよ」
「言葉遣い悪いジャーファル怖い」
「だから誰の所為ですか」
「…ごめん」


少し我が儘すぎたかな。別に困らせたかった訳でも、本気で苛つかせたかった訳でもないんだ。ただ少し構ってくれたらそれで満足だったんだけど、ってその意識からして我が儘なんだろうな私は。

こんな些細な事でジャーファルに愛想を尽かされてしまったら悲しいのは自分なので、正直に謝って反省することにした。

わかっている。自分に学習能力というヤツがあまりない事も、それを改善しなくてはならないという事も全部。でもそんな駄目な私を、何時だって彼はやれやれと肩を竦めつつも笑ってくれて、抱き締めてくれるから。だから私はもっともっと駄目なオンナになってしまうのだ。あ、またジャーファルに責任転嫁してしまった。ほんと駄目だ。

背骨を丸めてうなだれる私を見てか、目の前でべちゃ、なんて惨めな効果音を付けてひっくり返された(というよりは重力に耐えきれず落下した)「元」お好み焼きを寄せる彼は先ほどより大きな溜め息を吐いた。ハア、と思い切り吐き出されたジャーファルの感情に、思わず肩がびくんと揺れる。

元日に別れ話とか、まさかそんな。
じわり、変な水が瞼の奥で滲むのを感じた。その瞬間、ジャーファルが私の名前を呼んだ。いつもの呆れたような口調で、ゆっくりと。


「は、い」
「…何をそんなに怯えるんですか」
「ごめん、ごめんなさいジャーファル」
「何が」
「私、物分かり悪くて、いつもジャーファルを怒らせてばっかりで、それに」


料理も片付けも出来ないし、そのくせ構ってもらいたくてしつこいし、大食らいだし、ジャーファルの事大好きでどうしようもないし。
ごめんと再び零せば、欠点だらけの私を見据えていたジャーファルの目尻が少しだけ下がった。柔らかい、私が大好きな彼の表情だ。嬉しくなったけれど、それも束の間で次のジャーファルの「全部自覚あったんですか」なんて白々しい問いにまた肩を落とす羽目になった。そうだよ分かってるよ。

分かってるけど、好きなんだもん。
流石にそこまで身勝手な言葉は吐けず、俯いたまま小さく頷いた。すると次の瞬間には、またもやジャーファルの溜め息が飛んでくる。この人は、元旦だというのにどれだけ幸せを逃がす気なのか。と、元凶である私が指摘してはいけないのも十分わかっていた。


「ごめん、ごめん嫌わないで」
「……」
「私、ジャーファルに嫌われたら、」
「誰が嫌うなどと言いました?」
「え?」
「あのねえ、確かに貴方は呆れる程バカですけど、そんなの百も承知です。それでも何年も一緒にいる意味をよく考えてから発言なさい」


厳しいけど優しい声。その凶器みたいな音でまた、それを考える事すらままならないのなら大人しく私の焼いたお好み焼きでも食べていなさい、なんて言うもんだから何だかもう泣きそうになった。

すっかり中まで火の通った、原型を留めていない哀れなお好み焼きを、震える手付きで皿に取る。気を抜くと脳みそから栓が外れてしまいそうで、必死にぼろぼろの残骸をかき集めた。
それでもやっぱり、目が合ったらアウト。私への愛情を覗かせたジャーファルの灰色の瞳が愛おしくてどうにかなりそうになって、急いでお好み焼きを口へ運んだ。熱い。熱くて涙が出そうだよ。


「なぜ今頃涙ぐむんです?」
「ほんなの、はんへーない!」
「関係あります。貴方は私の愛しい真向かいのハニー、なんでしょう?」
「っ、ばか」


おいしくて熱い、ジャーファルの愛情が口の中で跳ねる。
その所為か、もうとっくの昔に私とジャーファルを隔てる白い煙はなくなっていたというのに、視界が霞んで前がよく見えなかった。

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