宮村伊澄を一言で言い表すとしたら、地味、チビ、存在感なし、やられる側、と言ったところだろうか。中学のときの彼は、谷原を始めクラス全員から悉く遠ざけられていたから。理由はわからない。分からないけどとにかく空気のような扱いを受けていた。

そんな宮村には彼女がいるらしい。
と、進藤と谷原が話しているのを聞いてしまった。聞いた、というと正攻法のように思われて聞こえが良いが、実際はマックで食事していたら偶々隣の席にその二人が座って、盗み聞きという形で情報を得た。

へえ、あの宮村が彼女、ねえ。隣に昔のクラスメイトがいるというのに気付きもせずに下世話な話を進めていく薄情者約二名を視界の端に捉えながら、友達の話に適当に相槌を打った。彼氏と相性が悪いとかセフレの存在がバレそうだとか、やはりこちらも下世話な話であった。高校生の話題なんてこんなものだ、なんて開き直ったのを覚えている。

小さく息を吐きながら、長い前髪に隠された宮村の顔を思い浮かべた。みんなはキモイ暗い地味だと言って敬遠していたけれど、私はあまりそうは思っていなかった。だって掃除場同じだったから結構喋ったけど、普通に話は通じるし笑うし落とし物は一緒に探してくれたし。彼は少し臆病なだけで周りと何ら変わらない、普通の男子だった。それでも清掃分担区以外で彼と話す事をしなかったのは、私も周りの目が怖かったから、それだけ。なんて単純で馬鹿らしかったんだろう。

あの時もっと、進藤みたいに他人なんて気にせずに宮村に話し掛けていたら、今頃は携帯のアドレス帳に宮村伊澄という四文字が存在していたのだろうか。確かその時はそんなことを考えた。





「あ、みや、むら?」


下校途中、偶然宮村に出くわした。宮村に、と言うよりは宮村のように見える人に、と言うべきか。大股で三歩進めばぶつかる位の距離にいる彼は、顔立ちこそ私のしる「宮村」と酷似しているものの雰囲気や容姿は全くの別人だった。肌を刺す冷気の中、たくさんのピアスホールをさらけ出しながら歩いてくる不良のような彼は、果たして本当にあの宮村か。
そんな疑問は私の呼び掛けに対して彼が、あ、もしかしてみょうじさん?と小首を傾げた事によって見事に結論付けられた。

宮村、いつの間にこんなになっちゃったの。
久し振りだねも元気にしてたも置き去りにして、私の口から出てきたのはまずそんな質問である。すると宮村は照れたように右手を頭の後ろに持ってゆき、小さく曖昧な笑みを零した。今の宮村を見たら、きっとみんな頬を染めて下心丸出しでコンタクトを取るんだろうな、なんて何となくさめざめとした心情で考えた。


「ちょっと、イメチェン?」
「チェンジし過ぎだよ。ていうか何、そのピアス穴は」
「あー、これは、まあ、その」
「まさか、不良デビュー?」
「いや、実はこれ中学の時からなんだけど…」


え?中学のときから?
そうオウム返しする声が上擦った。聞けば彼のそのピアス穴は、中学生の時に自分で、しかも安全ピンで開けたと言うではないか。びっくりして目を丸くしている私に、宮村は驚いたかと言わんばかりにその長めの前髪を右耳に掛ける。形の良い耳朶に並ぶ小さな穴達は、中学時の宮村の苦しみをそのまま通しているようで少し胃が痛くなった。

暫くその計8つの風穴に視線を奪われたままでいた私の頬を、北風と宮村の柔らかい声が殴ってゆく。照れるから、あんまり見ないでよ。そう言って本当に気恥ずかしそうに顔を赤らめた宮村が、真っ赤なマフラーをその鼻の頭までぐいと引き上げた。

ああ、寒い。喋る度に息が真白に染まる路上で立ち話なんて罰ゲーム並みの行為ではないか。今更気付いたところで遅く、もう今となっては私は宮村と違って、この場を早く収束させようなんて小指の爪程も思ってはいなかった。寧ろこの時間を少しでも引き延ばしたいと思っている。つまり、結局私も周りの友達たちと何ら変わらない、下世話な女子高生という訳だ。


「宮村…変わったね」
「ええ?そうかなあ」
「うん、柔らかくなったよ」
「…ありがとう。でも、みょうじさんは変わらないね」
「それ褒め言葉?」


中学時から変わらない、という表現は喜ぶべきものか否かと顔をしかめたら、宮村は慌てたように勿論いい意味でだよと付け足した。その拍子に彼のマフラーの右端がふわりとその肩から落ちる。私は、少しだけ憚りながらも彼に一歩近付いた。無意識のうちに、近付いてしまって、いた。


「彼女、出来たって聞いたよ」


何気ない風を装って、寒空の下一番聞きたかった話題を振った。私、なんだかんだ言って中学生の頃から宮村の事が好きだったのかなあ。確実性はないのにそんな確信めいた事を考えた。矛盾している、なんて指摘されるまでもなく分かっているのに。


「ああ、うん。って、何で知ってるの?」


隠し立てする様子も何もなく、ただ寒さの為か両手がかじかんでいるらしい、手をマフラーで覆われた口元に寄せるという意味があるのか怪しい仕草をしながら彼は頷いた。進藤や谷原との出来事を話せば、そっか、谷原くんか、そう言って何故か仄かに顔を赤らめる。どういう事だろう。宮村をハブいてた中心的人物が話題に上って嬉しそうな顔をするなんて宮村は変わっている。

いまいち状況がよく飲み込めない私とは相対するように、宮村はニコニコと機嫌の良さそうな笑みを私にまで飛ばしてくる。可愛い。けど、彼女いるのか。じゃあ諦める以外ないと頭では分かっているのに、如何せん体という物は素直で未練がましいものであって、気付いた時には私の喉元には、冬の外気に今にも飛び出さんと待機している言葉たちが列を成していた。


「彼女さんて、同じ高校なの」
「え?あ、うん。同じ学校」
「そっか、いいねえ」
「うーん、まあ一応」
「え、何で?」


初めて苦い表情を見せた宮村に、内心で歓喜してしまう私って、なんて汚くて狡い女なんだろう。他人の色恋が上手くいかなければいい、なんて思ってはいけない事なのに。ましてや三年振りに会っただけの中学の同級生に対してなど、思っていい筈がない。なのに、どうして。

私の動揺を悟ったのかはたまたただの偶然なのかは知らないけれど、宮村は私の汚い心を振り払うかのようにへにゃりと潰れた笑顔を零した。なにこのひと、逆効果。


「堀さんは太陽みたいな人だから、側にいすぎると偶にその暖かさっていうか、」


有り難みがわからなくなりそうで怖いんだ。
言葉を白色に染めながら、目尻を下げたままで。そうやって言葉を紡ぐ宮村の不幸せを、一体私は何の権利を持ってして願っているのだろうか。

分かる筈もなかったけれど、ただ「堀さん」に対しての色々な感情が私の頭の中を瞬時に埋め尽くしていった。堀さん、か。私も宮村と同じ学校に行けばよかったのかな。そうしたら私と宮村が、っていう現在もあったのだろうか。なんて、ね。だから分かってる、分かってるけれど、止まらないんだからどうしたら良いって言うの。

どうにも煮え切らない思いが私の体内にふつふつと音を立てて溜まってゆくのを、どこか他人事のように感じる。素敵な人、なんだ。独り言くらいの音量で宮村へと返した言葉は、予想通り彼の少し手前で冷たい酸素に溶けてしまったようだった。代わりに宮村からの視線が、私の全身に刺さった。


「みょうじさん?」
「…宮村は、さ」
「ん?」
「もしかして、彼女さんの為に髪を切ったの?」


なんとなく。何となく直感的に感じた私のその問に対して、宮村はやはり何の動揺も見せずに頷いた。と同時に、私の脆い感情達が瓦解してゆくのを、心臓の底の方で確かに感じた。

宮村と「堀さん」の間に付け入る隙なんて、きっとどこにもない。
冷気と同じように肌で感じ取った確信が気管をゆっくり降りていく。それでも私の体内のどこかで、諦め切れない感情が小さくくすぶり続けている様だった。私はこんなに執着心が強い人間だったのだろうか。不思議に思いつつも、制服のポケットから携帯を取り出す。

見たこともない「堀さん」への敗北感を感じているにも関わらず宮村に向かって赤外線のお願いをしてしまう私は、きっと日本で一番の馬鹿野郎なんだと思う。そして何より私の気も知らないで素直にそれに応じてしまう君は、地球で一番の阿呆野郎だ。



これが世に言う負け試合



**********
宮村単体も好きですが堀宮が一番。仙石とレミ(特になれそめ)も好き。あと安田。安田。
(20121127)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -