『私…、実は死んでるのぉ』




「い…っ、いやぁぁああ!」

藺草の匂いが立ち込める和室の中に、昼間とは思えぬ悲鳴が轟く。無論、私のものである。
私の視線の先には柔らかな部屋の雰囲気に似合わない、黒くて四角い形の無駄に大きな液晶画面。

そこに流れるはホラー映画というやつで。私は畳に直接ぺたりと座り込んで画面を一心不乱に見つめている真っ最中だ。

私の夢中加減と比例するように映画も今まさに山場を迎えているところで、ホラー映画の代名詞と言える黒髪で白目を剥いた女の人が私(正確に言えばカメラ)に向かって掠れた言葉を紡いでいる。

つまりこの映画、すごく怖い。
どうしよ、涙が出そう。



「いやあ、もう見たくないぃ」
「ほんなら見んなゆう話ですわ」



涙目の私を呆れ顔で眺めるのは隣で同じく映画鑑賞をしている廉造。

コイツとは幼なじみというやつで、思えば記憶の中の出来事に彼がいなかった事はない。
今日もいつものように、彼の宗派のお寺のすぐ側にある私の家で肩をならべてテレビを食い入るように見詰めている訳だ。

ちなみに廉造は余裕の表情でいる様に見えるけれど、コイツはホラーとか苦手な部類だ。たぶん私より弱い。なんたって虫で泣く男だし。



「見たくないけど観たいの!」
「なんやそれアホですかえ」
「アホはどっちだエロ坊主」
「修行の身なんやけど」



そんなピンク色の頭して何が修行だよ、と素直な気持ちを漏らしても別にいいんだけれど、今ばかりは廉造になんて構っていられない。
私は今ホラー映画だけで許容量一杯だからだ。髪も脳内もピンクの奴に一々反論してられるかって話。

うわ、逃げて逃げて!後ろからゾンビ出てきてる!
色々考える間にも加速していくストーリーとお化けの数に、恐々としつつもなお画面から目が離せずにいる私。


…だったんだけど、画面から目を離さずにはいられない展開になってしまった。

それは映画が余りにも怖かったからじゃない。

隣である程度感覚を開けて座っていた廉造が、急に肩と肩が触れ合うくらいまで寄ってきたからだ。



「なっ、れ…廉造、なに?」
「おん?…なんか問題あるやろか」

「問題っていうか、近い」
「こない怖い映画見とったらそりゃ近うなりますやろ」



焦る私に対して全く意味の分からない理屈を述べてくる廉造。

しかもポイントは彼が笑顔ということだ。
こういう時の廉造への対応としては、悔しいけどただ言質を取られないように身構える事くらいしか出来ない。

というか何故いきなり近寄る。
廉造は確かにタラシだけど、私にまで手を出すような見境なしじゃないはずなのに。


「廉造、映画そんな怖い?」
「怖いわぁ。ほんまなまえに引っ付いとらんと失禁してまいそや」

「嘘つけ、っ、てちょっ、手!」
「手ぇがなんや」
「腕肩に回す な…っ、」


身を寄せるだけでは飽きたらず、私の肩をごく自然な動作で抱く廉造に噛みつくような表情を寄せれば、少し困ったようなにやけたような変な顔が返ってくる。

その顔が意外でムカつくことに心臓が跳ね上がった。
もちろんそれは顔になんて出さないようにする。というより出したら廉造の思う壺な気がする。



「なに、なに廉造どうした」
「おん?」

「そんな欲求不満なわけ?」
「そない我慢出来ひんように見えますのん?」



可愛らしく小首を傾げる廉造に軽い殺意を覚える。

我慢出来るならまずその手をどけろ…!

そんな念を込めながら腕で彼の程よく筋肉の付いた体を押し返そうとするものの、ああなんて悲しい男女の差、私の精一杯の力なんて全く通用しないようだった。

そればかりじゃなく、何故か心待ち距離が近付いた気がする。彼の睫毛の一本一本を観察できそうな距離だ。


「顔まで近いし!っもう!」
「嫌なん?」
「嫌!…ってか、恥ずかしいし」

「…なまえ、かいらしなぁ」



わ、私?と、言ったのはいいが思わず声が裏返ってしまった。
廉造が私のこと可愛いと…。
こいつそんな視力悪かったっけ。

とりあえず分かっていることは、私が今この状況に全くついて行けず気後れしまくっていることだ。


「な、なんなん!?…廉造おかしゅうなっとるん?」


焦りのあまり普段は封印している京都弁が飛び出す。

その私の慌てぶりがどうやら廉造をもっと調子に乗せたらしく、彼は満面の笑みを私へと投げてきた。もちろん顔がくっつきそうな至近距離で、だ。



「堪忍な、なまえ」
「な、なんや?」

「かいらし過ぎて我慢出来ひん、」



本当にどうしたのか聞くより早く、廉造の細長い腕に体を絡め取られてしまう。か、体がもたん…っ!
とりあえず驚くべきは、私が廉造相手にかなりドキドキしていることだった。

今まで意識したことなんてなかったんだ。彼の時折見せる真剣な瞳も、細いのに筋肉がついているその肢体も。



「なまえ、真面目に聞いてくれはります?」
「へ?」


「ずっと思ててん、好きやて」



そう囁かれた瞬間に、私の思考は、世界は、彼の髪色と同じような淡いピンク色に染まっていく気がした。






ピンク色の上白糖

(返事してくれへんの?)
(れっ、れれ廉造、私は…っ、)

(ん?私も好きやて言うた?)
(違う…けど、以下同文、です)







女の子大好きな志摩が大好きだ(´^ω^`)←
志摩帰郷設定でした

(20111127)

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