「おーい、そんな怒るなって」
「……死ね」
「んだよ、少し間違えただけだろ」
「人の胸を腹と間違えるのは少しじゃない死ね銀時」


わーるかったって、そんな反省の欠片も見受けられない謝罪を銀時の肩甲骨から受け取りながら、向かい風に頬を殴られる。
横に顔を向ければ通学路の見慣れた街路を、前を向けば銀時の背中と白くてふわふわの頭が見えて余計にむしゃくしゃした。

なんだコイツ、もっと悪びれろよ。
そう思いながら約二十センチ先の銀時の右肩の先の方を思い切り抓る。ムカつく事にあまり肉の付いていない銀時の肩は、というか皮は抓り心地は良くなかった。

けれどそれにしては効果は結構大きかったらしい、彼肩がびくんと揺れ、次いで唸るような掠れた悲鳴が聞こえてきた。ふん、乙女の気持ちを踏みにじった罰だ。でもちょっと生ぬるい気もするけども。

なんと言ってもコイツは、今日私の胸に肘を当てといて「あ、わり、腹平気か?」とか宣ったんだから。確認しておくと、肘が当たったのは紛れもなく胸だ、胸。

確かに私は胸がそう、小さめだ。言っておくと決して小さい訳でない、小さめなだけで。それでもちょっとコンプレックス気味なのに、なのに寄りによって腹ですよ、腹。一応彼氏がですよ、彼氏が彼女にですよ。ほんと胸が腹って、私の凹凸はどうなってんだよと。

そして無論、そんな銀時の愚弄を簡単に許せる筈もなく、今、つまり私の家まで自転車で送らせているという状況に至る訳だ。

ただ当の銀時は自分の肘が当たった場所が胸だったことに対しての笑いを堪えたくても堪え切れないといったように、断続的に肩を小さく震わせている。それがまた気に食わない。私の女の子的人権返せコノヤロー。


三叉路を抜けて次の信号までの灰色コンクリートの一直線、思い返せば苛立ちが蘇ってきた。銀時が前にいるお陰で向かい風の空気抵抗にも耐えられるけれど、そんなのは当たり前だ。彼氏として、男として、そして今の状況からして。


「いい加減機嫌直せよ」
「嫌だと言ったら?」
「だから悪かったっつの」


暫し直線であるのを良いことに、またもや薄っぺらな悪かったを携えて銀時がちらりとこちらを振り返ってきた。
夕方の真っ赤な西日を受けてキラキラ輝く銀髪が目に沁みる。世俗の、ましてや私一人の悩みなんて全くお構いなしの銀時のふわふわ白髪なんて大嫌い。いまだけはだいっきらい。

しかも尚悪いことには、自転車の荷台部分に跨っている所為で段々お尻の感覚がなくなってきている。今更だけど慣れないニケツはするもんじゃない。


「前見て運転して因みに許さないから」
「いやそこは許せるよ」
「じゃあ私の胸大きくしてよ」
「よーし後で揉んでやる。あ、でも揉める体積ねーか悪ぃ」
「死ねよ」


なにこの白髪、全く全然これっぽっちも反省の色が窺えないんだけど。いやそんな事は最初から分かってたじゃないか。それでも二重で攻撃してくるなんて。
もうほんと一回死ねばいい。死んでからまた私のところに戻ってくればいい。

ムカムカが抑えられそうにもないので、取り敢えず私の背中より随分広い銀時のそれに一度拳を食らわせておいた。あまり感情の籠もっていない制止の声は無視に限る。

私の弱い拳を受け止めつつも機械的に漕ぐ銀時の足のお陰か、自転車はすいすい前へと進んでいった。

信号まで、あと電信柱ひとつ分。
そんな時に目の前まできていた青が点滅した。急くこともないと銀時は判断したのだろう、まだ赤に変わった訳ではなかったけれど二輪が浅いブレーキを立てて止まる。

その瞬間にふと、私の頭の中に最近よく聞く邦楽の一節が浮かんできた。ドロドロで未練たらたらで重い重い歌詞のうた。でも何故か異様に後味の良いうた。
脳みそから零れ落ちた音楽は瞬く間に私の四肢を浸食していった。そうしたら何だか、無性にそれを直接耳から取り入れたくなってしまった。

無論その欲求に逆らうのも野暮って奴なので、私の肩に確実に負担をかけているリュックの小さなポケットをまさぐり愛用のウォークマンを取り出す。動く間にもバランスを保つ為に銀時のワイシャツに頼ったら、何を勘違いしたのか嬉しそうに肩を揺らした。ちょっときゅんとしてしまった。馬鹿、まだ許してないのに。

ホールドスイッチを上にスライドして、お目当ての曲までバックボタンと真ん中のボタンを連打する。巻き取りコードからイヤホンをくるりくるり、手早く伸ばして右耳だけ取り付けた。

それと同時に、まるで図ったかのように信号は再び青に変わって、私の耳に大音量のギター音が流れ込み始める。二人分の重みにも負けず再び自転車を動かし出した銀時の脚と一緒に私の鼓動はぴょこぴょこ跳ねた。

空いている耳を探すLのマークが、私の肩辺りでプランと揺れるのが少し鬱陶しい。
そう感じた時にはもう既に私の手は動いていた。グサッと、そんな効果音が付きそうな位に半ば強引に銀髪の分け目から覗く左耳目掛けてイヤホンを差し込む。あくまで理由は鬱陶しかったから、そう、あまりにも宙ぶらりんのイヤホンの片割れが鬱陶しかったから、という事にしておきたい。


「うわっ!?んだよいきなり」
「黙って聞きなクソ天パ」
「え?まだ怒ってんの?てか左耳だけスパークしそうなんだけど」
「うるさい本当なら死刑なんだから」

左耳ぐらい我慢しなさいよ。

そう言いつつ、右から流れてくる重低音とその重く切なく半永久的な歌詞を右脳で噛み締める。別れてもずっと好きで好きで、そのまま大人になった今でも好きで、もう一度愛してと叫びながらぐるぐる回る歌を聞く、自転車に乗ったカップル。結構面白いシチュエーションだと思う。なんか堪らなくなってきた。

何時の間にか風を切るというに相応しい速度になっていた自転車の上、私のすぐ眼前で「なんだこの重てー歌詞は」なんてぼやく銀時のお腹に腕を回す。

しょうがない、許してやろう。この重い音楽に免じて、今日だけ。

ぎゅうっときつく抱き付くと、前方からはすっかりオレンジに染まった風と無神経な彼氏のデリカシー皆無な台詞。

「おい胸も押し付けていいんだぞ遠慮すんな」

むね、バリバリ押し付けてるっつーの。
そんな新たな苛立ちは無理矢理脇腹に仕舞って、大きくひとつ深呼吸をする。どうかもう一度、そう悲痛に歌い上げる音を鼓膜で、銀時の夕陽で暖められた体温を肌で感じながら走る二輪の上は、なんだか格別に感じられてしまう。まあ、胸は今後育つとして。

取り敢えずより腕に力を込めれば、嬉しそうなコノヤローの声が前から返ってきた。







ただ単にイヤホン半分こしたかっただけ(^ω^;)
(20120701)



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