Bランクの任務に失敗してしまった。
私を含む中忍二人、それに将来有望と言われている期待の下忍二人で構成されていた小隊。結構自信があったのに何故か敵にこてんぱんにやられてしまった。三人生き延びた事が奇跡だと思うくらい圧倒的な力の差だったのだ。

あれ可笑しいなこれ本当にBランクの任務かなと疑う暇もなく戦闘は佳境を迎え、この小隊のリーダーだったひとつ年上の先輩があっさりと殺されてしまった。
彼は曲がりなりにもリーダーだったのに、何故そんなにも簡単にやられてしまったんだろう。考えれば答えは直ぐに出てきた。

そうだ、私を庇って死んだんだ。
他里の奴らとの戦闘中、仲間の一人が重傷を負ってしまったので私が医療忍術でそれを治していた。そこをクナイで狙われて、ああ私も死ぬかもなんて思ったのにリーダーが身代わりになってくれたんだっけ。正義感だけは強いひとだったからなあ。でも私を庇うのも当たり前か、なんせ私は医療忍者なのだから。

医療忍者は小隊の中で最も重要とまで言われるくらいに大切な存在だ。
だって医療忍者がいなければ治せる筈の怪我の所為で出血死、なんて事も往々にしてあり得るのだから。だから私はどんな小隊でも重宝される。

便利な立ち位置だと思う。無論、どんな時でも私の命が消えるのは一番最後だという点が。

医療忍者を志した当初はきっときちんとした理由があったのだろうけれど、今となってはただの優遇される為の切符にしか過ぎなかった。我ながら狡い。でも狡くなきゃこの忍の世界では息苦しくてやっていけないのだろう。


砂の里のトップ、風影である我愛羅に今回の任務の報告をしながらふとそんな寂れた事を考えた。
我愛羅は報告に耳を傾けながらも、首に包帯を巻いた状態の私をそれはそれは険しい表情でじっと見詰めている。若いのにそんなに眉間のシワを増やしてどうするんだろうか。

息を吐きつつ下忍の二人の命に別状はない事を告げると、不意にぱしりと手を掴まれた。視線を交えるのは少し憚られて我愛羅の真っ赤な髪を見詰める。震えている、なんて自意識過剰かもしれないけれどそう思えた。


「我愛羅、」
「俺が悪かった」
「え?」
「お前にBランク以上の任務を与えるべきじゃなかった」


は、なに言ってるの。
びっくりして気付けばそう口に出していた。
今回の任務はBランクにそぐわない位に難しいものだっただけ。別に私達の力が足りなかった訳じゃない、と思う。

でも我愛羅は頑なだった。一心不乱に私の首元を見詰めている。
その表情は、もう絶対にお前にはBランク以上の任務は回さないぞと語るに充分だった。過保護、我愛羅は少々過保護だ。


「不満なのか」
「もちろん」
「何故」
「逆になんで?なんで私は使えないって決めつけるの?」


噛み付くように言い返すと我愛羅の眉間のしわが深さを増した。未だ掴まれたままの手首が何だか痺れる。それはどうやら我愛羅が私の血液の流れを阻むかのような力で手首を掴んでいるからだと、そう気付いた時には彼は私を言葉という武器で責めていた。


「Bランク如きでそんな怪我をしてくる奴を送り出せる訳がないだろう、次は確実に死ぬぞ」


珍しく語気が荒い。あなたは本当に我愛羅なのかと問いたいくらいに表情が険しい。
それに少し尻込みしてしまった所為か、今度は何も言い返せなかった。ただ真っ赤な髪からくすんだベージュの床へと視線を落として下唇を噛む。

私ぐらいだ。中忍のくせに大して難しい任務は与えられた事もなく、忍としての結果を全くと言って良いほど残せていないのは。それがとても悔しい、というかもどかしい。
きっと我愛羅は私が周りから「落ちこぼれ」「風影さまに依怙贔屓されてる」と陰口を叩かれている事実を知らないのだろう。

そう考えると余計に虚しいやら腹が立つやらで、気付けば反抗の言葉を口に出さんとしていた。していたのにも関わらず、結局その単語たちは喉の奥から出てくる事はなかった。

それは我愛羅の所為。詳しく言えば、口答えしようとしたまさにその瞬間に私の体の自由を奪った、我愛羅の砂の所為だった。


「な、があ…ら?」
「お前がすきだ」
「わか、って、っく」


砂は息を飲む間もなく私の腰から包帯を巻いた首根までの範囲に纏わり付いてきたものだから、加速度的に呼吸がし難くなってゆく。上手く声も出せなかった。まあそれは多分、我愛羅のいきなりの行動に驚いている所為でもあるのだろうけれど。

我愛羅はすまない、すまないと二度の謝罪をしながらも砂の縛りをより強いものにしていった。その間私は彼の表情が憐憫の色を示しているのを見て、ああ我愛羅は私の事が好きで好きで仕方無いのだと痛感する。

だからこそ、なんだろう。
何とはなしに感づいた。
私はここで我愛羅に殺されるんだなあ、なんて。


「任務へ遣って死なれるくらいなら、俺の手で殺した方がいいんだ」


すまなそうに、息を吐いたら掻き消えてしまうのではないかと思うくらいにか細い声でそう呟く我愛羅の髪は相変わらず真っ赤だ。

もう既に潰されかけの喉から、無理矢理声を絞り出してそれなら仕方無いという旨を伝えると、彼の髪は燃えるような色味を増した…気がした。それに比例するように切なさも増す我愛羅。我愛羅があらガアラ。私だって、だいすきだ。


「本当ならお前を閉じ込めてしまいたい。でも、でもきっとそんな野暮な事をしてもお前は、」


何時の間にか狭い部屋を抜け出して消えてしまうんだろう。
とても悲しそうな我愛羅の言い分はこうだった。

私が我愛羅を置いて消える訳ないのに、馬鹿だなあ。そう言いたいのに声が出せない。視界も段々と霞んできているのが、我愛羅の赤がぼんやり滲んだ事によって分かった。嫌だなあ、私視力だけは良かったのに。もう全部駄目か。


「なあ」
「な、に」
「未だ心臓が痛いんだ」
「っ、!」


ああ、思い出した。
辛うじて視界に捉えた我愛羅の右手が彼の左胸を掻き毟る。その動作に釣られ、私の中でそれは段々と輪郭を表してきた。そうだ私、我愛羅のこころを治す筈だったんだ、と。


むかし、まだ我愛羅が里中から忌み嫌われていた頃、私は彼の唯一の友達で理解者だった。

別に私は体の中に化け物を飼っている訳でも血経限界を持っている訳でもなかったけど、確かに理解していた。いや、理解している気になっていただけかもしれない。我愛羅が私に対してだけはにかむみたいに笑うから、そう勘違いしていただけかもしれない。

けれどそうだ、その頃私は我愛羅と約束をしたのだ。心臓が、こころが何時も痛いのだと泣く泣く語る我愛羅に、ゆびきりげんまんで。

私がいりょう忍者になって、があらの心ぞうなおしてあげる!

覚えてる。私は確かにそう言った。
私は他の何者でもない、我愛羅の為に医療忍者を志したんだ。何で忘れてたんだろう。こんなに大切な事を、なんで。


固い固い砂の壁を、大して残っていない力で精一杯押しのける。首がズキズキ痛むのも、視界が霞んで白みがかっているのももう何とも思わなかった。ただ、すごく悔しい。今はもう、どんなに頑張っても我愛羅を抱き締めてあげられないという事がすごくすごく。

ごめんね、治せなくてごめんね。
まるで我愛羅の愛情のように重い砂をどうにかこうにか掻き分けて腕を外気へと突き出せば、彼の肩がぴくんと揺れる。私が自分を殺しにかかるとでも思っているのだろうか。まったく馬鹿な我愛羅。

けどそれでも動かないのは甘んじて私に殺されようという意志なんだと、今だけはそんな自惚れた解釈をさせて欲しい。


「すまないな」
「  、 」


砂の所為で気管が狭まっているのか若しくは首の骨が折れているのか、があら、その世の中で一番愛おしい三文字でさえも口に出せなかった。代わりにスッ、とか形容し難い空気を吸ったり吐いたりする音が空間を揺らす。

それでも我愛羅は分かってくれた。私がいま、彼の名前を呼んだ事に気付いてハッと顔を上げてくれた。

思えば私とは違って、いつだって我愛羅は私の事を理解してくれていた。いや、任務どうこうでは完璧に意志を違えていたかもしれないけれど、そんな上っ面ではなく、もっと深い私の根底の部分を理解してくれていたのだ。

そう思ったら勝手に目から塩水が出てきた。震える両腕を、どうやっても届かない我愛羅に向けて精一杯伸ばす。

ごめんね、ごめんね。
大した役割を果たせなくなった心中にそう反響させながら、手のひらに有りっ丈の…とは言ってもほんの少しだけだけれど、持てる限りのチャクラを集めた。無論それは攻撃の為に練るチャクラではなくて、医療忍術のもの。

触れられもしない我愛羅に向かって、最後のチャクラを飛ばすのだ。
残念ながらそれらはコポコポと空気に溶けてゆくだけだったけれど、それでも必死に医療チャクラを練る私を穴が開きそうな眼力で見詰める我愛羅の目からは水が出てきた。

私も我愛羅も、目から沢山水を流してる。幸せなのかもしれない。

一瞬で自分の生へ手を振る覚悟をしてから、絞りかすみたいな体内に残った微量のチャクラを全部、手の平から出力する。
気管は潰れてる筈なのに、私を見ながら水を生み出し続ける我愛羅を見たら自然と唇が動いていた。やっぱり私は幸せらしい。


「いたいのいたいの、とんでけ」


こんな私を赦してだなんて言わないけれど。でもそれでも我愛羅の心臓の痛みが消えたなら、私はもっと幸せなんです。



僕の知らない世界でさまに提出
(20120412)


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