「でさぁ、ソイツったら私があげたプレゼントに舞い上がっちゃったらしくて」

涙目になってやがんの。
ケラケラ笑いながらそう言うと、私の正面から深い溜め息が返ってきた。大方コイツはいつにもまして高慢ちきな女だと呆れているのだろう。そのくらいは私にも分かる。分かるから余計ムカつく訳で。


「なに反ノ塚、文句ある?」
「いや文句はねぇけど」
「文句ある顔じゃない」
「ンな事ありませーん」
「鏡見た方がいいんじゃない?」


反ノ塚を見詰めながらそう言えば、彼の整った顔が少しだけ歪む。
あ、ムキになりすぎた。気付いた時にはもう、食い下がるタイミングを完全に逸していた。

私達の間に流れるのは何時もでは考えられないようなピリピリした静寂で。反ノ塚でも人並みにムッとするのかと、何か新しい発見をした気分だった。不謹慎だけども。

でもいつも何をするにも気怠さ全開で、面倒臭い事は他人任せに出来るならお願いしたいという性格の彼がこんなにも不快感を露わにしているなんて、私にとっては物珍しい、これ以外の何物でもない。別にこの空気だって次、どちらかが口を開けば魔法のように消え去るだろう。

そして次の瞬間には、私の過信とも思える確信を裏付けるかのように反ノ塚の唇が動いた。


「…悪い」
「なにが」
「ちょっと怒った」
「なんで」
「なんとなく」


どこを見ているのか、私でないことは確かだとしか分からない視線でなんとなくだと言いう反ノ塚と、彼の心なしか落ちているように見える肩に思わず笑みが漏れてしまう。

彼が悪い訳ではないのに。百パーセントないのに。
それでもこうやって先に折れてくれるのは私を少しは大切に思ってくれているからだと、そう考えてしまっても許されるだろうか。


反ノ塚が私の隣へと移動してくる。
何か考える素振りを見せてから私の隣に腰を降ろした彼は、私の表情を一別した後に小さく呟いた。木綿になった方が良いすかねえ?だって。不覚にも笑ってしまった。

別にいいよ、と言いながら普段の雰囲気に戻った事に内心ホッと息を吐いてしまう自己中加減には自分でも呆れる。


「ばか、」
「すまんね馬鹿で」
「馬鹿もめん」
「ちょ、それは結構心に来るわ」
「イケモメン」
「え、まじで?」
「勘違いすんな、死ねもめん」


吐き捨てるつもりはさらさらなかったのに、何故か強い言い方をしてしまった。駄目じゃん私。また嫌われる。寧ろもう嫌われちゃった方が楽かな。

そう思い自嘲的な笑顔を浮かべる反面で、彼は私と縁を断ち切る事は何があってもしないだろうと、そんな妙な自信があった。自意識過剰な人間の私の隣で、先祖返りの一反木綿があからさまな態度で落胆の声を上げる。

死ね、なんて本心では一ミリも思ってはいない。反ノ塚は何時だって私優先で、私の嫌がる事は絶対にしない主義で馬鹿みたいに他人に優しくて。そんな彼と我が儘な私が恋人同士というのは一見理にかなっているように見えるかもしれない。

でも違う、と思う。
私も彼と同じくらいに、相手を、つまり反ノ塚を想わなくてはいけないのだ。

でも悲しい事に私はそれが出来ていない。反ノ塚の事は好きだ。大好きだ。でも愛している訳ではないと思う。ただ離れたくはないだけであって。


「反ノ塚」
「ん?」
「ごめんね」
「あ、ちゅーしてくれたら一瞬で」
「きもい木綿」
「新しいなソレ」


地味に傷付く、なんてぼーっとした顔で言われてもあまり良心は痛まない。でも彼のたまに見せるこの表情、詰まるところこのなし崩したくなるような微笑みには心臓が痛んだ。

無論それは罪悪感とか、そういった類いのもやもやした物ではなくてもっと複雑なもの。上手く表現できないけれど、心臓の奥がきゅんと締め付けられるような感覚。今までに体験した事のない感覚だった。変なの。

隣でいじけてますアピールなのか、縮こまるように体育座りをしている反ノ塚へと重心をかける。また変な感覚に襲われるくらいに、彼は暖かかった。


「なんだよ」
「変なの」
「なにが」
「心臓が痛いんすよ」
「は?どんな風に痛いんすか」
「きゅんってするんす」


小首を傾げて彼の返答を伺うと、そこには面白いくらいに目を丸くして固まるイケモメンがいた。なにこの人。大丈夫かな私そんな変な事言ってないけど。

反ノ塚を見てると不意になるんす。
そう付け足したらもっと固まったので心配とかより先に面白くなってしまう。敬語かよ、って突っ込みを入れて欲しいけど一向に入れてくれない。もどかしいなあ。

しかもやっと口を開いたと思ったら台詞が「そりゃやばいですな」で拍子抜けした。
お前も連続で敬語かよと心中だけで呟けばそれが彼に伝わったのかは不明だけれど目が合った。心臓痛い。おかしいくらいに痛い。


「私のなにがやばいんすか」
「そりゃ、なまえが俺が好きって事だからやばいんす」
「え?そりゃ私彼女っすから」
「いやいやいや違うんす」


え?なに違うの訳わかんない。
私が顔をしかめるのに対して反ノ塚はそれはそれは嬉しそうに笑っていて、更に訳が分からなくなる。

状況把握が上手く出来ない腹癒せに体重全てを反ノ塚の肩にかけてやると、これまたレアなへにゃへにゃ笑顔を向けられた。瞬間私の体の力も抜けてゆく様でちょっと気に食わなかったけど、でもそれもやっぱり心臓の痛みに変換されていくんだから驚きだ。

一体これはなんなんだ。
新種のウイルスかもしれない。


「なあなまえ」
「なんすか、連勝」
「……」
「え、なに何故そこで黙る」
「…あー」
「何故手で顔を覆い隠す」


連勝とか馴れ馴れし過ぎただろうか。連勝連勝。ちょっと呼んでみたかっただけなのに失敗か。なんか悲しい。
無意識にふうと溜め息を吐く。すると私の吐いた息とまるで呼応するかのように、反ノ塚は顔を上げた。

ら、その顔が真っ赤なのなんのって。
いや、真っ赤というか、地が黒いのに真っ赤で、何だか見てられないくらい変な色になっていた。


「怒ってんじゃなかったんだ」
「怒った方が良かったすか」
「照れてたのか、可愛い奴め」


もう一度ケラケラと声を立てて笑う。
改めて彼の名前を繰り返し宙に浮かせれば、嬉しいようなはにかむような訳の分からん顔をされて私の心臓も再度訳の分からん痛みに襲われた。

まあいいや、本人が喜ぶのならこれからは連勝と呼ぼう。いつの間にか私の体は完璧に重心を持ってかれていた。世界が斜めに傾いて見える。

「てか、敬語真似しないでよ」



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(20120404)

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