早鐘を打つ心臓の音を、胸中でより抜いた言葉に添えて、私は仙石先輩に告白をした。友達には高望みしすぎだよ、なんて遠まわしな制止を受けていたけれどそんなのは気にしなかった。そして見事なまでに玉砕をした。 なんでだろう。当然ながら生まれた理由は、尋ねる前に謝るような口調で聞かされた。 俺にはレミがいるから、と一言。 知ってた。別になんとも感じていなかっただけであって。 でも確かに綾崎先輩は可愛いくて男子にも人気で、仙石先輩にそれはそれはぴったりだけど。だけどそんな事言ったなら、今日の私だって負けてはいなかった筈なのに。 だって私は今日、背伸びをして普段はしないメイクを覚束無い手付きだけれどもきちんと完成させて、髪だって珍しく念入りにふんわり巻いて、自分で言うことではないかもしれないけれど、充分魅力的だったのだから。それこそ鏡を見て、うん…よし、なんて声を出してしまった程に。 なのに私は綾崎先輩には及ばないようだ。仙石先輩の私の瞳を射抜くような視線が痛い。 「何故、私は駄目で綾崎先輩は良いんですか?」 思わずそんな風に問うてしまった私の頬にそよそよと風が吹き付けてきて、少しむず痒いような感覚を覚えた。それは目の前の仙石先輩の表情がだんだん歪んでゆく様に対しての感情と僅かに似ていて、なんだか可笑しい。 そんな私の心中の動向を知ってか知らずか、先輩はとても苦しそうに口を開いた。…と思ったら数秒間考えるように眉根を寄せ、それからやっぱりまた、今度は少し大きめに口を開く。面白い。 まあ、そんな姿も素敵、とか思ってしまう私の方が面白いのかもしれないけど。 「君は一年か?俺に告るなんてダメだ、青い証拠だぞ」 ちょっとだけ悲しそうに、先輩は私に、私だけに向けてそう言葉を投げてきた。彼の表情の更なる変化に心臓が締め付けられるのも束の間、すぐに「じゃあ、」と今度は背を向けられてしまう。 そしてその直後から、私は先輩の言葉の意味を考え始めるのだ。ほら、何事も遅いくらいが丁度良いって、言うじゃない? 段々遠ざかってゆく仙石先輩の背中。 それと重なるようにして、頭脳の中央に「青い」という単語がへばりつく。 あおい?何が? 私の髪は青くないし、ましてや仙石先輩の髪の毛なんて真っ赤だというのに。何が青いと言うのだろうか。皆目見当がつかない。 ふうと溜め息を吐いてから、私の心の中に無遠慮に踏み込んできていた仙石先輩を見つめ直す。 すっかり冷めてしまった頬を押さえたら、苦労して位置を決めたピンク色のチークが手のひらに付着した。 やっぱり青くないじゃない。 気付かない間にぽつりと零れていった言葉が空気に溶けてゆくのを何とはなしに見上げつつ、私はゆったりとした歩調で教室へと歩みを進める事にした。 人気のない廊下を歩いていく。すると途中で声を掛けられた。茶髪で美人な人だった。 あ、確かよく仙石先輩に命令してる人だ。そう私の中で認識したのとほぼ同時に、彼女に肩を労るようにポンと叩かれて、私の身体が驚きで痺れる。 アナタさっき仙石に告ってたでしょ? 案の定と言うべきか、彼女の口から出てきた言葉は仙石先輩に関してのものだった。まさかこんなにストレートに聞かれるとは考えていなかったけども。 別に隠すつもりもないし、それ以前に見られていたのでは隠しようもないので素直にこくりと頷くと、途端に彼女の目が三割程度増大するのが見てとれた。 あれ、人気の生徒会長に告白するのって、そんなに大仰なことかな。 ふわりと生まれた疑念は少しだけ重くて、怖い。 この先輩すごくきれい、化粧上手だなあという思いが影を潜める位に、私の身体は一瞬で硬くなり来るべき彼女の台詞へと備えた。もしかしたら私は、チキンなのかもしれない。 「仙石なんかに告ったら勿体無いわよー、ダメ、そんな青臭い真似しちゃ」 アイツ極度のチキンよ、チキン。 どうやらチキンなのは私ではなく仙石先輩らしい。顔をしかめ、吐き出すように付け足して言ったところからして、本当の事のようだ。 ああ、確かに私の先輩像からはズレる。強くて優しくて秀才、完璧な先輩像とは。 でも、それでも良い…と思います。 そう返答しようと再び顔を上げた時には、もう彼女は後ろ姿になっていた。 そしてまたもや私の頭の中で反響するのは、彼女からも受けた単語。あおい。 私のどこが、何が青いって言うの? 夕陽に照らされた廊下の窓ガラスに自分を映し出してしまったら、その答えが分かってしまいそうな気がして。 だから敢えて、前を見て歩く。先輩に地味と思われない為にと、何時もより短くしたスカートの裾が足を前へと進める度に太ももに当たる。 ふと仙石先輩の顔を思い浮かべると、ほんの少し気が楽になった。やっぱり、私に青いところなんて見つからない、そう考えた。 だって私の脳内は、ピンク一色なんだもの。 「どうか気付いて」さまに提出 (20120311) |