「ばっかだねー」
「だろう?銀時にはやれやれだ」
「うん。銀時もヅラも馬鹿だねえ」
「俺もか?」


当たり前じゃん、と口のまわりに付いた鰹節をティッシュで拭き取りながらもごもごと声に出せば、ヅラからは不服そうな表情が返ってきた。そんな顔されても怖くはないけど。

それより今は目の前で湯気を上げてるお好み焼きに呼ばれてるからそっちを優先させたいんだよ私は。だからしつこく理由を聞いてくるなムッツリ。


修学旅行二日目の、大阪のとある一角にあるお好み焼き屋さんで。
粉もの独特の香ばしい匂いと共に、色んな感情が混ざり合ったような顔で未だこちらを向いてくるヅラ。

それを見て内心あんな風に言わなきゃ良かったと大後悔しつつも、何か言ってやらないと退きそうにもないので取り敢えず適当に唸って見せた。考えてますよっていう合図だと、きっとヅラなら勘違いしてくれるだろう。

そして私の予想通りヅラは私が考え込んでいると思ったらしく、ぱくぱくとお好み焼きを食べ進めているにも関わらず黙って私の言葉を待っていてくれる。単純最高だ。



「まずね、修学旅行中に抜こうとか考えてる時点で馬鹿。三日くらい我慢しなよ」


大阪のお好み焼きを堪能し、まだ喜び冷めやらぬといった感じの舌でそう言葉を紡ぐと、ヅラは言葉を失った様に固まってしまった。
返す言葉もございませんと、そういう意味に取ってもいいんだろうか。

でもそんな女の子視点の正論なんて、私たちの中では通る訳がない。
すかさずといった感じで今の話の当事者である銀髪天パ野郎が入ってきた。


「お前思春期男子をナメんなよ?」


こちとら健全な男子高校生なんだよ当たり前なのコノヤロー、と唾を飛ばす勢いで豪語する銀時。
真面目に返すと色々面倒なので、どこぞの銀髪は丸無視して隣で二枚目の豚玉を食べている晋助にそれを少し分けてもらうことにした。

ちょっとちょうだいと言って取り皿をさり気なく晋助の脇に寄せれば、小さな舌打ちという要らない特典付きで美味しそうなお好み焼きが返ってくる。

嫌々くれる晋助って本当は世話焼きなんだろうなあ、なんて考える私のそばで、私が無視した事に対して騒ぎ立てる輩が約一名いたけれどそれも無視した。


だって分かってるもん。
私と銀時が何十回も言葉のキャッチボールを成せる訳がないって。大概途中で言い合いになって周りから呆れられるだけだって。

そんなの意見が合わないんだから仕方ないのにね。



「オイいつまで無視すんだよ炉依」
「銀時が黙るまで」
「そりゃ苛めってモンだろーよ」
「あ、晋ちゃんソース取って」
「あ?…おらよ」
「晋ちゃんてなんだよ似合ってねーんだよ。つーか高杉も順応してんじゃねーよ新婚さんかよォォオ」


吠える銀時なんて私には関係ない。
辰馬とヅラに携帯を向けてカメラを立ち上げて、そのままお好み焼きを食す二人にピントを合わせて撮影ボタンを押す。

ピロリロリーン、なんて可愛いシャッター音に気付いた約二名の馬鹿は慌てて変顔を繕おうとしたらしい。
その所為で見事にブレブレの写真が撮れた。こいつらは黙って食べてりゃいいものを…!



「大人しくしてよブレるから」
「すまんのぅ炉依、アッハッハ」
「いいけど…あ、辰馬その紙ナプキン取ってー」
「オイ待てお前ら、俺を空気扱いすんじゃねェェエ!」



最早涙目の銀時に、流石に情が沸いてしまう。
打たれ弱いのにちょっとやり過ぎたかなあ、なんて考える私はとても優しい人間なんだと思う。

でも一度初めてしまった空気というのはなかなか打破し難い物だ。

それは一見無法者ばかりに見える私達も例外ではなく、詰まるところ銀時を完全無視という彼にとっては何とも酷な仕打ちをし続けたわけでありまして。
みんな内心では悪いとは思っているハズなんだけれど、悲しいかなそれを言い出す勇者なんてこの中にはいない。


結果的に面倒臭いことに、お好み焼きのお会計を済ませてさあ大阪城にでも行こうかという雰囲気になった頃には、銀時の機嫌は最悪に、そして扱いづらい事この上ない、いじけモードに突入してしまっていた。

オイオイ餓鬼かよ、と言いたい気持ちは勿論あるものの、これ以上事を荒立てるのも憚られて取り敢えずは銀時のご機嫌とりを最優先しようと決めた。

ちなみに銀時を除く四人でこっそりメールをして決定した。
まあ四人の携帯が同時に鳴ったり振動したりする時点でこっそりとは言えない気もするけれど。



「坂田くーん、次大阪城だよ?」
「…それが?」
「行きたいって言ってたじゃん」
「違ぇよ俺ァユニバ行きたかったんだっつの。大阪城の一点張りはヅラだろーが」
「そ、そうだっけ。あはは…」



駄目だ私、墓穴掘った。
目で晋助に助けを求めてみたものの受け付けてくれるハズもなく、私はたった独り戦場に投げ出された歩兵のようにいよいよ立つ瀬がなくなっていく。

ああどうしよう。
銀時が喜ぶ物ってなに?
色気とエロ本と甘いものくらいしか思い付かないし…。


…ん?
あまいもの?

突発的にあることを閃いた私は、ポンと手を鳴らしてから眉根を寄せてこちらを見やる銀時と目を合わせた。きっとこの時私は、少しいやかなり得意気な顔をしていたに違いない。
だって銀時はもちろん晋助からの視線も、何だかちょっと変なものだった気がしたし。



「よし。途中で甘いもの食べてこうよ」
「…………まじか、」
「ただし、甘味は機嫌がいい人と食べないとつまらないから、」
「機嫌?いいに決まってんだろヒャッホー!」


さっきの不機嫌はどこへやら、一転して弾けんばかりの笑顔を生み出す銀時ってすごい。あと甘味の力もすごい。

彼の切り替えの早さに呆れつつも、そんな銀時だからこそ私達の仲は保てているんだろうなんて柄にもなくちょっぴり感銘を受けてしまう自分がいた。

別に銀時をべた褒めしたい訳では全くないのだけれど、でもそれでも。
それでも彼が何時もの不抜けた間抜け面を晒しているだけで(言い方は酷いが気にしない)、周りがこんなにも安心するんだから。


銀時もいろいろ背負ってるんだよね。
私が小声で零した「ご苦労様」は当然誰にも拾われず、変わりにいつもの皆の馬鹿笑いが通り一杯に響く。

周りの大阪の人達がこっち見てるよ恥ずかしい…。
そう思いつつも、思わず笑みを漏らさずにはいられなかった私は、自分で言うのは少し虚しいけれど、やっぱり優しい人間なんだ。







*


…どうして。
どうしてこうなったんだろう。
どうしたらこんな結末にならずに済んだのだろう。

押し寄せるは後悔ばかりで。
どんに悔いても悔いきれない程に、私は絶望の縁にいた。



…そう、よりによって、辰馬と迷子だなんて。


甘味を食べて銀時だけでなくみんながご満悦の表情に変わったあと、私は男子を外で待たせてトイレに入った。
…ハズだったんだけれど、何故か崩れた化粧を直しトイレから出たら約三名がおらず、残った一人の真正馬鹿だけが私を待っていた。

どっちに行ったのかも辰馬じゃ分かる訳もなく、すぐに通話という手段に頼ったもののまさかの圏外。しかも三人共ってどういうこと?

兎に角あいつらと合流しなくちゃいけないので、私はぽかんとして状況把握すらできていない辰馬の腕を引っ張って駅に向か事にした。
私達はこれからヅラごり押しの大阪城を見学する予定だったから、多分彼等もそこに向かっているだろう。というか、そうであることを願いたい。


何でよりによって辰馬を残していったのかと、そして何よりなんで私を待っていてくれなかったんだと泣きたい気持ちは山々だけれど、今泣いたって辰馬が慰めてくれる訳でもない。

…仕方ない。
かなり不安だけれど、私と辰馬で大阪城に向かおう。



「辰馬、この状況分かってる?」
「迷子ゆぅ事じゃきのぅ!」
「なんで銀時達どっち行ったかも知らないのアンタは」
「アッハッハッハッハ」
「せめてどっち行ったか知らない?」
「ハッハッハッハッハ!」
「………」
「アッハッハッハッハ」



もう知らない。コイツもう知らない。
ていうか何だ、アとハ以外の言葉を知らないのかなこの馬鹿は。

こめかみに青筋が浮くのではと自分自身で危惧する程にイラついた私は、もうどうにでもなれ気分で適当な電車に駆け込んだ。

隣でいまだに馬鹿笑いを止めないモジャモシャグラサン野郎は当然ながら周りからの痛い程の視線を浴びていて、正直連れ立っていると思われるのが嫌で仕方無い。
いや、確かに連れ立っているのだけれど、それでも他人のフリをしたくなるのだからもうどうしようもない。

はあ、と一つ特大の溜め息を辰馬に向かってわざとらしく吐いてやれば、もう一度馬鹿笑いを返してきた。もし今が公共機関内じゃなかったら確実に辰馬のグラサンをぶっ飛ばしていたと思う。


ガタンゴトンと揺れる電車の窓から覗く、見慣れた景色とは明らかに毛色の違う新鮮な風景たち。

でもそんなモノに目を向ける暇なんて今の私には皆無で、たださっきの銀時に向けたような完全無視のバリアーを辰馬に張って指で必死に携帯の文字盤を叩く。

晋助に届け、晋助に届け、と祈りつつ彼等三人へどこにいるのメールを一斉送信した。
たとえ今電波が届かなくても、電源を切っていても、メールなら真っ先に目に留まる…はずだもん。


ああ兎に角神様、一刻も早く、私を辰馬と二人っていうシチュエーションをぶち壊してください。
キリスト教徒ではないけれど、教会で祈る時のようなポーズをとる女子高生の横で、止まることのない「アッハッハッハッハ」を続ける男子高生。

一体運悪く同じ車両に乗り合わせた人達は、私をどんな目で見ていたんだろう。想像すると泣きたくなるので止めたけれど、それでもなお泣きたくなるのは何故だろう。

改めてあの三人がいて良かったと変な安心をする。そしてそれ以上にただひたすらに、早く目的の駅に着くことを願うのだった。







*


「あれ?辰馬がいねーぞ高杉」
「そういや炉依もいねぇな」
「つーか炉依の事忘れ去ってたような…」
「そうだな。銀時が向かいのコンビニの雑誌コーナーに飛びついたからな」
「おめーの飛び付き様には負けるわァァア!」

「…携帯、なんか知んねーけど圏外になってたみてェだぜ。炉依からメール入ってやがる」
「"どこいるの?"ってヤバくね?」
「こっちには"辰馬と二人キツい"とも来てるぞ」
「俺にも来てんな。あとは"今電車乗って追いかけてるから"だとよ」
「………ヤバくね?」
「ああ、ヤバいな」

「あ、またメール来やがった」
「高杉だけか?」
「みたいだな、何て書いてある?」
「"今大阪城着いたけど、どこ?"」
「……俺らさっき炉依がトイレ入ったとこの向かいのコンビニの前だよな?」
「あァ」

「……死んだな」


そして小一時間後のこと、三人は私の拳によって仲良く死んだ。





8:はぐれ狼どころじゃない





最後の方の会話文、どれが誰の台詞かは何となく察してくださいごめんなさい。

(20111230)


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