体が大方出来上がり、一見思春期を越えたかと思われる私の幼なじみ達。 ただ彼等は外見とは違い、中身はガキとしか言いようのない思春期真っ盛りだというのが、私の密かな悩みだったりする。正直彼等と連むのは疲れるし。 そして思春期の男子というものは、何故か性に関しては非常にアグレッシブで、私はそのたゆまぬ知識の増加に内心舌を巻いている。 その意欲を勉強に向けろ、と言いたいところだけれど今だけは別だ。 だってそう、修学旅行だもん。 今頃あいつ等は下らない話で盛り上がっているんだろう。 修学旅行一日目。 私達は広島を足早に見学し、今は旅館で各々寛いでいるところだ。 いくら幼なじみと言えど、男女で同じ部屋なんて言語道断!な為、私は当たり障りのない女の子達と同じ部屋割りに当たっていた。 まあそれは当たり前としても、男女間の部屋の行き来まで禁ずるのはどうかと思う。先生ピリピリしてるなあ…。 そんな事を考えながら、自分の布団の上で荷物整理する私。 隣では同じ部屋の子達が、私同様に片付けをしつつきゃあきゃあと盛り上がっていた。 彼女達から時々上がる悲鳴に近い嬌声に全くついて行けない私は、話を振られた時に笑顔を崩さすに頷くだけで精一杯だ。 だからあいつ等のアホ面を余計思い出してしまうんだろうか。 一階を隔てた馬鹿共がどんな醜態を晒すのかと不安に駆られつつも、私はただ大きく息を吐き出す事しか出来なかった。 * 俺には作戦がある。 いや、作戦っつってもただのつまんねえ悪戯のモノなんかじゃあなく、俺の精神の枯渇に関する重大なモンだ。 高杉達が室内の物を物色して回っているのを目の端で確認してから、無駄にでかくなってしまった着替えやら何やらが入った鞄のチャックを少しだけ開けて中を覗く。 お目当てのモノは一番上に入れておいたので、いの一番に俺の目に飛び込んできた。 それは男なら誰でも持ってくるであろう必需品。ざっくり言えばエロ本だ。 ただこのエロ雑誌、ただのエロ本じゃねぇ。 なんせ表紙はあのクルミちゃんだ。 聖なる御御足と御髪を持つ彼女で、俺は夜を越そうと考えてるっつー訳だ。 そして彼女は俺の作戦、言ってしまえば『誰にも気付かれずに深夜オナニーをする』という事にも関わってくる。 え? クルミちゃんをおかずにするつもりですが何か。 男として生まれた俺の定めだ、とか自分でも意味の分からない理由を言い聞かせながら静かにチャックを締めて、今夜の事に思いを馳せる。 大丈夫だ、一応対策は練ってある。 大丈夫だ、こいつらにゃバレねぇ、大丈夫だ…――。 「おい、銀時!」 作戦実行の決意を込めてぐっと拳を握り締めた俺に、突然言葉が飛んできたモンだからそりゃびっくりした。 内心今の行動を見られたかと冷や汗ものだったが、そんな動揺はおくびにも出さないような表情を精一杯つくり出してから、俺の名前を呼んだ張本人であるヅラへと顔を向ける。顔が引きつっていない事を願いたい。 「なんだヅラァ?」 「テレビがある。」 「そりゃあるだろーが馬鹿か」 「違う。修学旅行の旅館のテレビでやる事はひとつだろう…!」 人差し指をピンと立てるヅラは、至って真面目な表情だ。…が、言ってる内容は至極どうでもいい。 つまりこいつは、テレビでアレを試したいんだろう。 「有料チャンネルか、」 「その通り!流石銀時鋭いな」 「ハッ…おめーら下んねえなァ」 「アッハッハ、ハッハッハ」 見下したように笑う高杉と、ただ単純に笑う坂本。 どっちの方がタチが悪いのかは微妙なところだが、取り敢えずどっちにも頭にきた。馬鹿にしやがって…。 お前らだって興味あるだろ、と口を尖らせて反論すると、二人からは案外すんなりと同意の意が返ってきちまうから、俺としては拍子抜けだ。 つーか、何故か敗北感を味わってるんだが、俺のメンタルしっかりしろォォオ! 「はぁ!?お前ら馬鹿にしたくせに!」 「それとこれとは別だろ」 「別じゃねェェエ」 「アッハッハ!あり?これのリモコンどこじゃき?」 「ここにある。心配いらん坂本」 「オイ早く点けやがれ」 「何のうのうと点けてんの!?俺は蚊帳の外かコノヤロー」 「……」 「お、ついた」 「無視も大概にしろやァァ!」 それでも返ってこない返答に、孤独感を噛み締めずにはいられなくなる。 何で俺がMみてーな扱いなんだ。おかしいだろ。 そして分かっちゃいたが、有料チャンネルは付ける事が出来なかった。 当たり前だと思う、健全な男子高校生にエロチャンネルを見せる教師なんざ、日本にはいねーだろうし。 がっくりと肩を落とすヅラに苦笑しつつも背中をポンポン叩いてやる。 だがそんな優しい俺は無論嘘っぱち、実は心中では夜中にコイツ等を出し抜いてやろうとか考えてんだから、世の中なんてのは案外意地悪く出来てるに違いねぇ。 兎にも角にも俺は、今日の作戦は誰にも気取られずに遂行する事を胸中で強く誓った。 時は待ちに待った真夜中。 暗闇の中のそりと起き上がって横並びになっている三つの寝顔を確認する間は、ヤケに息の詰まる感じがした。 衣擦れの音さえ立てまいと気を張っているからだろうか。 自分なりに精一杯気配を消して…まァ、ただの一高校生が気配なんざ消せる訳はあるめぇが、それでもとにかく泥棒ぐらいに息を潜めてそろそろと先程確認したエロ雑誌を取り出す。 夕方と変わらぬ笑顔を俺へと向けるクルミちゃんを見れば思わず伸びる鼻の下。言っておくが俺は変態じゃねぇ。 早速一番官能的なページ(言わずもがなクルミちゃんの)を開こうとしたものの、ふと尿意を催してしまった為に断念した。 良いところで邪魔しやがると舌打ちものではあるが、人間の生理的な行動はどうこうなんねぇ訳で。 俺は三人を起こさないように忍び足でトイレへと向かった。 そして何事もなく用を足して、トイレのドアを開けたその時。 奥の、つまり俺らが寝ている方から低く掠れた唸り声みてーなモンが俺の鼓膜を揺らした。一瞬ゾクゾクと寒くなった俺の背筋。 だが普通に考えりゃ、その唸りは誰かの寝言とかそういう類のモンであって、別段驚く事じゃねェ筈だ。 悪い夢見てる奴でもいんのかぁ? ポリポリと頭を掻き、軽く襲ってくる眠気をクルミちゃんのお色気ショットを脳裏に浮かべるという荒技で退けていた俺は、行きと同じように静かに奥に戻った。 が、その瞬間俺の目に飛び込んできたのは、 「…ヅラ、おまっ…ナニ、」 何してんだ、という言葉を言い終える前に、悲しきかな俺はヅラが何をしているか分かってしまった。 奇しくもそれは俺の画策していたのと同じ行動。つまりオナニーだ。 …完璧に先を越された。 バツが悪そうに俺を見たヅラ、曖昧な笑みを返す俺、一時静まり返る座敷。 …だったが、その気味の悪い静寂をぶち壊さなくてはいけない事を発見した。壊さなきゃいけねえっつーか、壊さずにはいられねぇというか。 そう、ヅラはあろうことか、俺のエロ本…しかもよりによってクルミちゃんのページでヌいてやがった。 遠目からでもわかる。アレはぜってークルミちゃんの特集ページ。 「お前俺のクルミちゃんに何してやがんだァァアア!」 気付けば俺はヅラに掴みかかるような勢いで詰め寄っていた。高杉と坂本を起こさないように声をひそめなきゃいけねぇのが酷くもどかしい。 ただ詰め寄られた側のヅラには、今さっき見せたバツの悪そうな表情はなく、今コイツは全くもって素知らぬ顔をしていた。 しかも何故かヅラの右手は動きを止める事はない。 思わずヅラの大事なモンを折ってやりたい衝動に駆られるが、そこは我慢してただ雑誌をひったくるだけにしてやった。俺もかなり優しいと思う。普通なら極刑モンだぞこれは。 「オイっ、銀時何をする!」 「何をする!じゃねーよヅラァ!」 「見れば分かるだろう?俺は今取り込み中だ」 「この雑誌は俺のなの!このページの子は俺の女神なのコノヤロー」 お前のモンじゃねーんだよ、という言葉は飲み込んで、変わりにヅラへの念の籠もった右手でこの馬鹿ロン毛の首根をギリギリと掴む。 俺の執念を感じたらしいヅラは、一度面倒臭そうに眉をひそめやがったものの、ゆっくりとその行為を終了させた。まあ、名残惜しそうな動作だったのがムカつくが良しとする。 それより問題はあれだ、アレ。 ヅラが起きてたんじゃ俺が出来ねーって事だな。こちとら公開プレイなんざ微塵も興味ねえんだよ。 「ヅラ、お前早く寝ろ」 「ヅラじゃない、桂だ」 「今更だな!」 「こんな興奮していたのに眠れる訳がなかろう」 「興奮剤にクルミちゃんを使うな」 歯軋りしながらそう言葉を紡ぎ出したにも関わらず、ヅラは依然涼しい顔のままで、そこに成人紙があれば当然だろうとか言いやがった。他人のエロ雑誌を使ってその場でヌいちまうなんてのは、決して当然ではないと思うが。 まァそれはさて置き、俺は早くヅラに眠りについて欲しいと切望している。 というかそのまま起きてこなくていいから、永遠の眠りにつけって気持ちが強い。 いや、眠ってくれお願いだから。 若干腰を低くしながら、ヅラにもう一度眠りを催促すると、どうしてしつこくするのかというような視線が送られてきた。 俺もヌきてーんだよ、とは言える訳もなく、ただ察せよとだけ口にすれば更に疑問符のついた顔をされた。あーそうか忘れてた、コイツ空気も話の流れも読めないんだった。 「取り敢えず寝ろ、寝てくれ」 「だから俺は興奮して、」 「オメーが興奮とかどうでもいんだよ!寝ろヅラ!!」 「…ヅラじゃない、桂だ」 「まだ言うかァァア!」 俺の気持ちを汲み取れないヅラに苛立って、自然と大声が出た。 それは藺草の日本的な匂いが立ち込める、夜の旅館の一室できれいに反響して…だな。ヤバいと思って周りを見回した時にゃ、そこには既に体を起こした、見慣れた面が二つ程。 あああああ…、やっちまった。 後悔先に立たずとはよく言ったもので、眠い目を擦る二人を冷や汗もので眺め見る事しか出来ない。 そのままもう一度床につけお前等、なんていう淡い希望は二人が完全に俺とヅラを、否、俺の手に掲げられた雑誌とヅラの例のモンに気付いた時点で儚くも潰えた。 「た…高杉、坂本…」 「何やってんだ、お前…?」 端から見れば俺はヅラの行為をただ単に邪魔しているようにしか見えないだろう。だが勘違いされては困る。俺は断じて悪くねェ…! 「ヅラが俺の雑誌でヌいてやがったんだよ」 そう言って二人に弁解するものの、そんなモノは最早意味がない事に気付いた。 何たって坂本は雑誌に興奮して擦りよって来ている途中、高杉に至っては俺等どうこうよりも自分の安眠を妨害された事にいたく機嫌を悪くしたらしく、鋭い睨みを利かせてくる。 ああ、こりゃ全員が眠んのは無理だ。 そう思いがっくり肩を落とす俺をよそに、ヅラと坂本は雑誌を食い入るように見詰めてぎゃあぎゃあと騒ぎ立てはじめた。 斯くして、俺の魂の枯渇に関する壮大な作戦は、失敗という形で幕を閉じたのだった。 7:だって男の子だもん 次からはもっと自重しなくては (20111218) |