言うなれば、ついにきたきた、 「修学旅行ォォオオオ!」 銀時が立ち上がってそう吠える。今日で何回目かというその台詞の為、最早振り返って銀時をわざわざ見る人はいなかった。 今、私達は広島行きの新幹線の中にいる。 新幹線というのはとても良心的なもので、座席が二列の側と三列の側があって、一人だけあぶれるなんて苦い思いを誰一人しないようになっている。 私といつもの四人は、三人掛けの席を二列使って、向かい合う形になって座っている訳だ。 私としても修学旅行で浮かびそうなくらいな気分なんだけれど、晋助を除く他三人のテンションとは比べ物にならないと思う。 銀時は十分間隔くらいで先程のように叫ぶし、ヅラは車内販売の手押しカートに目を輝かせているし、辰馬は抱え切れない程のお菓子を食べ始めているし。 お前等は小学生か、と何度つっこんだかなんてもう分からない程だった。 一度盛大な溜め息を吐いてから窓の外の景色へと視線を移すと、ああこれから違う街に行くんだなあとしみじみと実感する。 きっと四日後の、帰りの新幹線の中で私は、四日前の新幹線の中にいた頃に戻ればいいのに、なんて事を考えるんだろう。あれをやっとけば、彼処に行っとけば、なんていう後悔を後からするのが人の性ってものじゃないか。 それでも後悔はしたくないので、取り敢えず今この瞬間を楽しむ事にした。 …まあ、こんな彼女もいない男子四人と行動を共にしてる時点で、思い切り楽しむなんて出来るのか疑問なのは確かだけど。 トランプでもやろうよ、と少し大きめの声で言って黒くて長方形のトランプケースを取り出すと、周りの約三名からは好感触。 本音を言えば彼らはUNOがやりたいんじゃないかなあ、と思いはしたものの、私の家にはトランプしか無かったからまあ仕方無いという事で。 私の言葉にいち早く反応した銀時が、修学旅行テンションでまたもや立ち上がって私達を見下ろしつつ口を開いた。 「トランプやろーぜお前ら!」 「UNOはないのか炉依」 「うん。ヅラ持ってない?」 「持ってくるべきだったか…!」 「まぁおんしら、大人しくトランプやるぜよ。アッハッハ」 笑顔で私からトランプを奪い取って馬鹿笑いをする辰馬にいつも通り苛立ちを感じつつ、私の向かいで一人携帯を弄る晋助を見やる。 コイツだけは私がトランプを出そうが銀時が叫ぼうが無関係と言った風に、ただひたすらスマートフォンの液晶画面と向き合っていた。 なら何でこの席にいるのこの人は。 京都に行くからって気合い入れてそんな黒い眼帯しちゃってさ。 「晋助、トランプやるよー?」 「お前らだけでやりゃあいいだろ」 「何でやりたくないわけ?」 「面倒くせえ」 はん、と鼻を鳴らしてそう言う晋助の目は未だに液晶から離れていなくて、何だかえもいわれぬ淋しさみたいなモノに襲われる。折角一緒にいるのに、晋助だけ別の空間にいるみたい。 彼になんて言葉を投げたら、その何事にも動じないような胸に刺さってくれるのだろうかと思索していると、不意に隣から銀時の腕がにゅっと伸びてきた。 それは瞬く間に晋助の手の内に収まるモバイルを奪って、晋助を激昂させる。 私は無論、銀時ナイス!という気持ちの方が強かった訳ですが。 「オイ銀時、俺のスマホ返せや」 「まァまァ高杉ィ、今日はンな技術進歩の産物なんざ忘れて粋にトランプといこうじゃねーの」 ニヤリと笑みを零しスマートフォンの電源を落とす銀時に、勿論晋助は納得がいかないようで。 虎の子も怯むんじゃないかって位の鋭い目で、銀時に噛み付くように「悪いこたァ言わねえ。返せ」と完璧に悪役(しかも下っ端のヤクザ風)の台詞を口にした。 因みに私の背筋は、彼の啖呵が凄まじかった所為か十センチ程伸びた。 ただ、今の、最早痛々しいレベルでハイになっている銀時に晋助の睨みは通用せず、彼はそのふわふわの銀髪を揺らして笑いながらトランプをきっている。 彼はどうやら晋助が獰猛な野獣のように、否、爆発寸前の活火山のようには思えないらしい。それは修学旅行が為せる技か、はたまた元から晋助に恐怖したことがないのか。 その辺は私には分かりかねる。 分かる事と言えば、晋助のこめかみに青筋が浮いてきた事くらいだ。 「銀時、テメェ…」 「あン?」 「何で俺がトランプなんざ、」 「……わかったよ」 晋助の目をしかと捉えながら口を開く銀時はさながらラスボスに立ち向かうレベル1の勇者みたいだ。 そんな事を頭の片隅で考えながら、固唾をのんで二人の動向を、銀時の言葉を紡ぐ様子を見守る。どうか私にまで火の粉がかかってきませんように。 「じゃあこうしようぜ。高杉お前が勝ったら、コレを返してやるよ」 「ンだと?」 「お前なら勝てんだろ?」 「……」 「なんせ相手は俺と馬鹿二人と炉依だ。余裕じゃねェの、お前にとったら」 悪戯をする時のように子供っぽい笑みを浮かべる銀時が、ただし、と言葉を続ける。 私はなんの横槍も入れられず、ただその様をヅラや辰馬と同じような表情で見詰めていた。 「ただの勝負じゃつまんねぇ。ここは大富豪野球拳といこうじゃねぇの」 「は、大富豪野球拳…?」 大富豪野球拳。 この聞き慣れない言葉に一同が首を傾げた。私も例に漏れずその内の一人で、思わずヅラと顔を見合わせてしまう。 思案顔の私達をよそに、銀時は偉そうに説明を始めた。 銀時曰わく、これは単純に大富豪(大貧民とも言うらしい)と野球拳を融合させたものらしい。大富豪をして一番最後まで残った、つまり大貧民となった人が一枚ずつ服を脱いでいく。それを何回戦も続ける、エンドレスで。 …ん?ちょっと待て。 「私が負けても脱ぐの?」 「ンあ?当たり前だろ」 「ちょっ、私一応女なんだけど?」 「気にすんな、炉依は女は女でも平気な部類だから」 飄々と言う銀時にアッパーでも食らわせてやろうかと思った私を抑えるかのように、晋助が「そりゃそうだ」とか何とか言って乗り気になってしまった。脱ぎたくなければ負けるなってか。 相手が相手なので、大貧民になる気は全くしなかったものの、煮えきれない部分もあるのでもう少しゴネる事にする。 その筈だったのに、有無を言わせない形でトランプが分配され始めていってしまうのが何とも憎々しい。 今となっては晋助もゲームを楽しむかのように口角を上げているし、もう私には止めようがなかった。 兎に角今私が尽くす事は、絶対負けない事だ。 不幸中の幸いと言うべきか、私は中学時代に大富豪を飽きるほどやった経験がある。 私の全てを持ってして、脱がない。 そんな下らない誓いを自分の中で立ててから、私は銀時から手持ちカードを受け取って、それらを強い順番に並べ始めた。 * 大富豪野球拳、もう五戦はしただろうか、だけど未だに私は一枚も服を脱いではいない。 そして私の向かいにどっしり構える晋助は、片手で手持ちカードを眺めながら、もう片方の手で彼のスマートフォンを弄っていた。 確か三戦くらいを終えたところで、連続で晋助が大富豪となった為だったと思う。 携帯片手に勝負しても晋助無敗伝説は終わりを見せる様子もなく、未だに一番をキープしているんだ。晋助ってすごい。 私もそこそこの順位で切り抜けている状態で安全圏って感じだけど、一人だけ明らかに安全圏にいない人がいた。 意外っちゃ意外、坂田銀時その人。 彼は奇跡の五連敗を期していて、もう上半身裸な上に次負けたらパンツ一丁になるという、放送禁止予備軍な有り様だった。 どうしてこんなに弱いの、って思わず聞いてしまうくらい弱い。取り敢えず弱い。 「うあー!!ンで俺だけ弱えーんだよ苛めかコノヤロー!」 「いや、苛めっていうか……ね。」 「ねって何だよ!辰馬も何気に強ぇしよォ」 口を尖らせて言う銀時は、寒そうに自分の二の腕をこすっている。確かにいくら空調が効いている車内だからといって、裸は流石に辛いだろう。 南無、と胸中で手を合わせてから自分の手持ちを眺めて次の手を考えていると、隣で晋助が銀時の恥態を見、乾いた笑いを零したのが分かった。先程からヅラや辰馬もチラチラと銀時を見ては、してやったりというに相応しい顔をしてにやけてるし。 男って馬鹿だよね。 ヅラが出したエースツーカードの上に2とジョーカーを置きながら、そんな誰でも承知済みな事を考える。 今回はカード運が強かったらしい私は、最強カードを使って積みに入ったという訳だ。 実際私より上のカードを出せる奴なんている筈もなく、私は親となって余っていた4を出して、見事念願の大富豪を勝ち取った。 「やった!あーがり!」 「うわっ、炉依カード強過ぎだろ」 「運も実力ってね。悪いね晋助」 「別に、一勝くれぇやるよ」 余裕な表情を崩さない晋助に特大の笑みを投げて、優越感に浸りながら深く座席に座り直す。後はもう傍観者だもん。そんな風に考えてゲームを眺める事にした。 そして結局、勝利の女神は銀時には微笑まなかった。 いや、分かってはいたけれど。 ついにズボンまで脱ぐことになってしまった不憫な銀時。しかも何の因果か、この大富豪野球拳の言い出しっぺっなんだから哀れとしか言い様がない。 「…銀時、ほんとに脱ぐの?」 「脱がなきゃ男じゃねぇだろーが」 「おお!いいぞ銀時」 「ハッ、当たり前だろ」 「ヅラ、晋助煽らないでよ…!」 「ハッハッハ!みんなー、今から金時がストリップぜよ!」 見逃すは損じゃき!と、辰馬が余計な波風を立てたものだから、一瞬にして車内の視線は総じて銀時のものになってしまう。 銀時自身もここまできて後戻りは出来ないという変なプライドがあるらしく、私の制止を軽く振り切りやがった。 こんの腐れ天パ爆発しろ。 こちとら見たくもないモン見せられんのも嫌なんだよ。 そうはっきり言ってやったにも関わらず銀時はベルトの金具をはずし、制服に手をかける。そして下に下ろそうとした、その刹那。 「コラ坂田ああ!」 馬鹿やってんじゃねえと叫び声を上げて突進してきたのは修学旅行に同行している生徒指導のゴツい先生だった。因みに鬼教師で有名。 一斉にその場の空気が凍てつき、無論銀時の動きも凍り。 まあ結果だけ言うと、私達五人は広島に着くまでずっと、座席の上で正座の刑に処せられたのでした。…なんで私まで。 6:旅の恥はかきすてし しばらく修旅編続きます(^ω^) (20111210) |