突然だけれど、実は今日は十月七日、日曜日だ。 つまり銀時の誕生日まであと指折り数える程しかない。 そしてもう一つ、明後日九日から、私達は修学旅行に行く。因みに三泊四日で行き先は広島、大阪、京都。 去年の代までは飛行機に乗って沖縄への修学旅行だったのに、去年旅行先で十何人もインフルエンザにかかった事や、一部の不良生徒が無断で海に入り溺れかけた事などが原因で今年から本州になった。 こっちとしてはいい迷惑だ。 沖縄行きたかったのに広島・京都になるなんて想定外だし、中学の修学旅行と同じ行き先なんて。 まあ決定事項をとやかく言っても仕方無いので、今日私は修学旅行の準備と銀時の誕生日プレゼントを買いにきている。 別に銀時に媚態を取る気はさらさら無いけれど、せっかく修学旅行中に誕生日を迎える訳だし何もあげないのも考えものじゃないか。 取り敢えず私は京都にて彼に思いっきり京都っぽくない誕生日プレゼントを渡すつもりだ。 駅ビルから数十メートルほど離れた若者向けのお店の入っているビルへと向かって中に入った。 可愛いルームウエアでも買おうかな…。あと新しい爪磨きと…そう言えばパックも足りないしお気に入りのミスト化粧水切れかけてたよなあ。あ、あのブランドの新色シャドウ出てる、可愛い。 中に入ってしまえばそこはもう誘惑の園。あれもこれもか可愛く見える、欲しくなる。 暫くきょろきょろと視線を方々に飛ばして、次々に魅力的なものを捉えていく。 …と、ある雑貨屋さんに見慣れた黒髪があることに気付いた…というか、気付いてしまった。本音を言えばもちろん、気付きたくなかった。 向こうはまだ私に気付いてないみたいだし、このまま通り過ぎればいいと考えた私は、可愛らしい小物や髪留め類が陳列されている雑貨屋さんの前を極力ブーツ特有の音を立てないよう、そろりそろりと足を運んでいった。 なのに、何故だろう。 何故かタイミング良く顔を上げたアイツと、ようやく通り過ぎるって時にばっちり目が合ってしまった哀れな私。 ああ、なんで世間はこんなにも私に冷たいの。 「炉依…!」 「は、はろー……ヅラ、」 ピンクの小物入れ手に取って眺めるヅラにぎこちなく手を振り返した。 あああ゙ー! 何でヅラがいるんだよ、何で可愛い小物見てんだよ、周りの視線に気付けよ! 声に出さずにそう呟く私とは対照的に、ヅラは友人に偶然会えた事が嬉しいらしく見たくもない満面の笑みで私へと近付いてくる。 後ろを向いてダッシュでその場から逃げようなんて考えが一瞬頭を過ぎったものの、そんな事をして明日からのヅラとの関係をギクシャクさせるのもなんか嫌で、結局私は動けずにいた。くそう、ロン毛毟ってやりたい。 「ヅラじゃない、桂だ」 「うん、ヅラ何でここに?」 「ヅラじゃない、買い物だ」 「ヅラ、こんな可愛いお店で買い物するんだね」 毎度お馴染みのヅラじゃない、という退屈なセリフは大して気にかけずにそう問いかけると、彼は少し照れくさそうに俯いて「ちょっと誕生日プレゼントを…」と口にしたから驚いた。 こんな女の子向けの雑貨を送るって事は、…もしかしてヅラって彼女持ちだったりして。 彼女にあげるの?とその問をストレートにぶつければ、ヅラは慌てたように手をブンブン振り回す。分かり易過ぎでしょ。 「隠さなくてもいいってば」 「違う!これは銀時にと思って…」 「え…銀時に?」 「な…何か問題でもあるか…?」 真面目な顔をして頭上にはてなマークを浮かべるヅラの手元を…というか、今まで眺めていた小物をまじまじと見詰める。 どこからどう見ても女の子用の、ピンク系統の色だったりハート型だったりと可愛らしい小物入れたち。 これを男友達にあげようなんて正気の沙汰ではないと思う。というか嫌がらせとしか思えないだろう。 何だか無性に銀時が可哀相に思えてきてしまって、正直にヅラにそれはないよと言えば、彼は何を思ったか顔を赤らめて私と小物を交互にちらちらと見てきた。 さながら乙女のような仕草に一瞬目眩がした事は誰にも言うまい。 というか本当にに何を思ったんだこのロン毛は。 「銀時はこういう収納グッズは使わないという事か…!」 「いや、違う違う」 「違うのか」 「色形がラブリー過ぎるんだよ」 銀時は少女じゃあるまいし、もうちょっと可愛らしさを抑えた物の方が良いと思うよ。 そう続けて言うと、ヅラは感心といった風に大きく頷く。 その上私の顔を焦げるんじゃないかって考える位じいっと見詰めてくるものだから、ヅラの事だ、何か私に無茶振りでもしてくるのではと内心ハラハラだった。 「……炉依、頼みがある」 「げ。」 「げ?」 「あ、いや何でもない…、なに?」 「一緒に銀時のプレゼントを選んでくれないか」 嫌だ。絶対嫌だ。 ……とは言えず、私は敏い銀時や晋助なら気付くであろう程度に不快感を露わにした表情で、ヅラに仕方無いから付き合ってやろうと口にする。 予想通りヅラは私の気持ちを全く汲み取れないようで、それは良かった有り難いと素直に私にお礼なんて言ってきやがりました。 本音を言えばお礼は要らないからすぐに私に背を向けて欲しいんだけれど。 そう思っても一度オーケーしてしまった事を覆すのも道理に合わないから、何の因果か私は一日ヅラと買い物をする羽目になってしまった。 ああ、至福の買い物さようなら。 * ヅラとの買い物は絶対彼の可笑しなセンスに振り回される物になるだろうと、そして周りからの突き刺さる視線に耐える事になるだろうと身構えてはいた。 けど、此処までとは。 ヅラとビル内を回り始めてもう何時間くらい経ったんだろうか。 意味不明だったり無駄に女の子らしい物ばかりを、目を輝かせて漁るように物色していくヅラの隣で、私は大きく肩で息をしている状態。 すれ違う人々からベタつく嫌ーな視線を(主にヅラの髪へ)向けられるのは勿論、私自身の買いたい物を買う暇なんて一秒たりとも与えられない。 もう嫌、ただのお守りじゃないか。 だってヅラは私のアドバイスなんて結局右耳から左耳に流しちゃって、彼自身のどう頑張っても頂けないセンスに任せてお店を見て回るだけ。 これをお守りと言わず何て言えばいいんだろう。 数時間で凝りに凝った肩を回しつつ、ふうと大きく溜め息を吐くと、未だに目がやけにデカい犬のプリントがしてあるTシャツを手に取って眺めているヅラと目が合った。 それはどうかと思う、という世間一般的な諫めをしても無駄であろう事は充分身にしみて分かったため、もう彼のセンスを否定するのは止める事にする。 いや、だって今日だけで「それは止めたら?」なんていう抑制を何度掛けたか知れないもん。 私の半ば諦めモードとは打って変わって、ヅラは今度こそ私に認めて貰おうとキラっキラの瞳でこっちを見てきた。 無論例の通り、長い黒髪をどこぞのシャンプーのCMのように靡かせて。 「炉依、これはどう思う?」 「あー…チワワのTシャツだね」 「可愛いと思わないか?」 「ん、まあ…十人十色だしね」 「銀時もきっと毎日着るだろう」 「うん、ヅラの脳は幸せだわ」 うんうんと適当に相槌を打った私。 それでもヅラは私が否定的な言葉を投げなかった事に感動したらしく、何故かウオーとか変な雄叫びらしきモノをあげて余計に周りの注目を集めていた。 彼は少し人の表情を読む練習をするべきだと思う。 このままいったら明らかに社会から除け者にされるだろうし。 少し心配になったけれど、そんな私の心の内はさて置きヅラは確実に銀時が嫌な顔をしそうな誕生日プレゼントをレジに嬉々として持っていく途中だ。 そう言えば今更だけど、いくら親友、幼なじみだからって男子高校生同士で誕生日プレゼントってあげるものなんだろうか。私は今まで生きてきた中でそんな場面を見たことはないんだけれど。 でもまあヅラだからこそなんだろう。 銀時の顔が目に浮かぶなあ、なんて思ってクスリと笑ってしまった。 店員さんにあれこれラッピングの注文をつける、所謂嫌な客に成り下がっているヅラを視界の隅に捉えつつ店内を回っていると、ふと私の目に飛び込んできたのは銀色のベルト。 それはまるで銀時の髪のような白銀で、何だか訳は分からないけれど無性に目を引く事は確かで。そして私がそのベルトに吸い寄せられるように近付いていくのも確かだった。 手で質感を確かめれば、別段安っぽくもなくて、自然と値札に目がいく。 2900円。銀時にあげるプレゼントにしては高いな。第一にそう考えるのは当然だろう。 けど手が届かない値段ではないし、何より彼に似合いそうだ。ベルトなら色々使い勝手もいいし、多くて困ることはないだろうし…。 それに見れば見る程、買いたくなるし…! 数分間たっぷり悩んでから、私はようやく決断を下した。 これを銀時の誕生日プレゼントにしようと。 そして会計をしようと近くにいた店員さんを呼び止めた時には、ヅラはもう満足げな顔で包装紙を大事そうに抱えていた。 そこで私は悟る。 ヅラは私より乙女らしい、と。 5:息切れショッピング (20111209) |