「なるほど、それで岡野さんが、」
「うん…。私、どうしたら…」

「……よし!暫く私と一緒にいよ?」



私たち以外誰もいない教室で、小さく言葉が反響した。私と向かい合って座っている彼女、岡野さんが「えっ」と短く声を漏らすと、それまでもが室内に響き渡る。



「いいの?佐伯迷惑なんじゃ…」
「いいのいいの、気にしないで」

「…ありがとう」


そう言うと岡野さんは、何かを堪えるかのように下を向いた。

涙を堪えたい時は上を向かなきゃ意味がないのに、大抵の人間は何かを我慢したい時に俯く。
かの有名な歌だって、上を向いて歩くことをお勧めしてるっていうのに。へんなの。


まあそんな余談は置いておいて、私が何故今、こんな状況にいるのかという事を説明しようと思う。

まず、私の正面に座って今正に俯いているのはクラスメートの岡野さん。
言わずもがな、彼女が独り教室で泣いていた人物だ。

そこに運悪く居合わせてしまった(しかも目が合った)私は、そのまま放置というのも居たたまれずに、恐る恐る彼女に声をかけた。


岡野さんは明るくてスタイルも良い、クラス内でも一際目立つ派手な四人グループの内の一人。

そんな彼女が何で独りっきりの教室で涙を流すんだろう。

びびりな私が珍しくその場を後にしなかったもう一つの理由が、彼女の涙の訳が気になったからだ。


岡野さんは私に泣いているところを見られて、始めこそは慌てて隠そうとしたり作れもしない笑顔を無理に取り繕おうとしていたものの、それもすぐに消えて悲しそうに目を伏せた。

そんな女の子らしい行動に、私の母性本能と言いますか、なんかこう…ほっとけない魂?に火がついたらしい。

気付いた時には私は、彼女の背中をぽんぽんとさすって、話を聞く体勢に入っていた。
…今思うと自分がお節介すぎて恐ろしい。



彼女の話を纏めるとこうなる。

岡野さんのグループの子達にはそれぞれ彼氏がいる。それは岡野さんも例外ではなく、ただ彼女は今彼氏さんと絶縁の危機にあるという。
そしてそれを好機とばかりに狙ってきたのが、グループ内でリーダー的存在の中谷さんの彼氏。彼は中谷さんがいるにも関わらず岡野さんに告白し、案の定それが中谷さんにバレた。

そこからはもう、王道少女漫画のようなドロドロの展開で、中谷さんが岡野さんを逆恨みしたって訳。そして岡野さんはグループ内で無視されて、孤立した。
…そんなところだろうか。

そんな話を聞いて冒頭のような状況になりましたと。はい、そういう事です。



いつの間にか顔を上げていた岡野さんが、私の目を見て弱々しく笑顔を作った。

それは何の合図なんだかは疎い私には分からなかったけど、とりあえず彼女の涙が止まった事に安堵して私も笑顔を返す。

話聞かせちゃってごめんね。
そう言うと彼女は手をひらひらと振って、覚束ない足取りで教室を出ていった。

さっきまで暖色系だった夕焼け空も、今となってはもう薄紫。
その事に今更気付いて、一度小さく溜め息を吐いてからリュックを背負い直す。


あーあ、今日はゲーム出来なかったなあ…。

そんな先程からしたら随分温度差があることを考えていたら、なんだか急に銀時達のバカ面(聞こえは悪いけど他に言い方が見つからない)が見たくなってきた。


私達には彼女の取り合いなんて無縁だよなあ。
ひいては私の取り合いなんて尚更有り得ない。

まあ別にそれを望んでいるわけではないし、逆にそんな展開は怖くて嫌なので止めてもらいたい。

そんな下らない思考を巡らしつつ、私は大人しく帰路に就いた。






翌日、普段通り十分前に教室に入った私の目に一番に飛び込んできたのは、中央前方で友達から疎外されて独りで机に突っ伏している岡野さんだった。

彼女は明らかに何時もと違って仲間から蚊帳の外に出されている。
それは誰が見ても明確なのに、悲しいことに彼女に手を差し伸べるという行動に出る人は皆無だ。

多分みんな、自分も苛められたらやだ、それだけの事なんだろう。

でも何だかその事実がとても辛くて見ていられなくて、私は自分の席に荷物を置いてから彼女の側に行くことにした。

それに昨日、約束したし。
そう小さく呟いてから自席に向かうと、最近真面目になったんだろうか、驚くことに今日も既に銀時がいる。



「銀時どしたの大丈夫?」
「何が」
「遅刻ギリギリ野郎のくせに早いじゃん」



当然ながら、銀時からはうっせー的な内容の反論を受ける私。
無論正直な気持ちを言ったまでだから反省なんて出来ない。というかしない。


銀時と会話している間に荷物を机の上に無造作に置いて、早々にその場を立ち去ろうとすると、彼はどうしたと首を傾げてきた。

なんで可愛い仕草してんの…といつもならつっこむけど、今は正直銀時はどうでもいいのでスルーした。
その上で銀時の視線を岡野さんの方に向かせると、彼は納得したように頷く。




「珍しいな、炉依が他人を助けんの」
「昨日話聞いたから、」
「ふーん、ま、行ってこいや」



岡野も相当参ってるみたいだしな。
そう続けた銀時は、何故か眩しいものを見るように目を細めた。ほんとコイツは、変なところで鋭い。

軽く呼吸を整えつつも大股で岡野さんの席に近付く。

周りから止めておいた方が…という意味合いがこもっているんであろう視線を向けられながらも彼女の背中をトントンと叩くと、びくりという反応があった。



「あ…、佐伯、」
「おはよ、岡野さん」

「私といると佐伯まで言われちゃうよ」



そう口にする岡野さんの表情がとても切なげで、私は思わず彼女の手首を掴み強引に立たせていた。驚く彼女をそのままぐいぐいと引っ張って、自分の席の方へ連れていく。

それを見た中谷さん達から私への、聞こえよがしの悪口。絡みつく周りからの視線。
そんなのどうだっていいんだ。ただ彼女が泣かないで済むなら。


「おぉ、炉依お前注目の的だぜ」なんてニヤリと笑みを漏らす銀時に噛み付くような表情を返してから、改めて岡野さんと向き合った。見れば見るほど綺麗な顔立ちしてる…羨ましい。




「岡野さん、この辺のヤツら馬鹿ばっかで騒々しくて悪いけど…」

「いや、全然。ごめんね」
「ん?何が?」
「何って、その…」

「炉依は人一倍ニワトリだから分かんねーんだと」
「ちょっと銀時割り込むな」



いきなり会話に入ってくる銀時。
女の子同士の感動的な場面の邪魔をするなんて、何だこいつは悪魔か。

そんな私の気持ちなんてつゆ知らず、といった風に銀時は薄ら笑いを浮かべながら岡野さんに「ほんとコイツ理解能力足りてねーから」なんて要らない事を吹き込んでいる。

その銀色でふわふわの頭を数学の教科書(ちなみに角)で一発殴っておいてから、もう一度岡野さんと向かい合った。



「休み時間とか昼休みとか、私のとこおいで?…って強制はしないけど」
「…っ、いいの?」

「うん、この天パは気にしないで」
「天パじゃねぇ、ミス・パリだ」
「黙ってろ腐れ白髪」
「健康色だコノヤロー」


「…ふっ、」



不意に岡野さんが、くすりと笑みを零した。

それは何だか数年ぶりに感じてしまうくらい久し振りに見た彼女の笑顔で、思わず自分の頬も緩んでしまうのが分かる。やば、本気でにやけが止まらない…!


岡野さんがじゃあまた来るねと口にしたのと同時に、教室の扉がガラガラと開いて、頭髪がちょっと太めのバーコード状態である事で有名な担任が入ってきた。

タイミングもキリも良く元から居た席へと帰っていく岡野さん。


早く彼女を取り巻く友情関係が元通りになればいい。
そう願い頭の端でながら退屈な授業を受けていたけれど、どうやらことは私の思い通りにいくほど簡単ではないようで。



昼休みになるとお弁当を持って岡野さんは私の席に来た。そして流れ的に何故か馬鹿四人と私と岡野さんの六人で昼食をとることになっていた。

みんなで適当に机を囲んで、いざ食べようとなる寸前、今日も遅刻の晋助がゆっくり口を開いた。



「オイ炉依、」
「ん?」

「その女誰だ?」
「は?」
「だから、誰だそいつ。」



……は?と再度晋助に聞き返す。
お願いだから私の聞き間違いであって欲しいという切実な願いを込めて。

でもそんな私の願いを打ち切るかのように晋助は沈黙を貫き、ただ岡野さんの事を見詰めていた。あああ、ごめんね岡野さん…!

彼女はもちろん銀時達もびっくりして固まっているらしく、その場には不穏としか言いようのない、しんとした空気が流れる。


それに耐えきれず、かと言って大声を出すのも憚られて私は無意識に晋助を掴んで後ろを向かせた。



「岡野さんだよ、クラスメートじゃん!」

そう小声で言っても晋助は未だ分からないようで、眉根を寄せて知んねぇとか何とか呟いている。
な、なにこの男、クラスメートの名前はもちろん、顔まで知らないなんて。



「分かんないとかナシでしょ」
「知らねーモンは知らねぇ」

「もう二学期にもなるのに」



驚きより呆れが先行した所為か、思わず私の口から漏れたのは溜め息。


なんだか先が思いやられる。
晋助はもちろん、他三人も。
…今日の昼休みはヤバいかもしれない。


でも危惧したって何も始まらないので、とりあえず私は、何があってもフォローしようと腹を決めてからお弁当の蓋を開けた。




03.唯一無二のシリアスな話




(20111122)
次回はたぶん下品先行www


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