ああ、彼は今日もかっこいい。大好き。
銀色に光るふわふわの髪、人生に疲れたような重たい眼差し、細く長く適度に筋肉の付いた四肢、気怠い口調までなにもかも。坂田君の全てが大好きだ。

視線の先で輝くような魅力を放つ坂田君に恍惚の表情を浮かべる。
今日は始業式。久し振りに見る想い人の姿に、当たり前だが私の心は薔薇で一杯である。気を抜けば甘い吐息が漏れてしまう程だ。はぁーん。

と、私の視界に、サンドイッチを頬張る坂田君以外の者が入ってきた。


「あれ?銀時、皆は?」
「おー炉依。先食ってんぞ」
「うん見れば分かる。それより皆は?」
「高杉はもう帰った。あとの二人は飲み物買いに行ったんじゃね?」
「あそ」


出た、我が天敵、佐伯炉依。坂田君に纏わりつく害虫。そして坂田君と無駄に仲の良い寄生虫。詰まるところただの虫。

ギリ、と歯軋りをすると、一緒にご飯を食べている友達に「あんたも飽きないねぇ」と言われた。飽きないって何よ。飽きるワケないじゃない坂田君みたいな素敵な人に!

そう胸中でだけ力強く言い返しながらも、視線はやっぱり教室の窓側の、坂田君から離さずに私もおにぎりを咀嚼する。ああ、坂田君が口を開けて昼食をとってる…!

やあ、もう幸せ。泣きそう。
坂田君とクラスの違う私にとって、彼の昼食時の様子はレア中のレア、もう涙が出そうなくらいに素晴らしいごちそうだ。やっぱり持つべきものは(坂田君と同じクラスの)友達だよなあ。ありがとう。うん。

この気持ちを体現しようと横を向いて拝んだら頭を軽く叩かれた。いて、と声に出せばカラカラと笑われる。アンタは変態のまま突っ走りなさいよ。ですって。変態扱いとは酷い友達である。

それにしても、と一呼吸おく。それと連動するように坂田君はサンドイッチの角をひと思いに口の中へと放り投げた。

それにしても、佐伯さんは一体なんなんだろうか。
女子のクセに男子四人、しかも高杉君のいるところと行動を共にしている彼女は、学年では結構有名である。無論、あまり良い意味の有名ではないけれど。

私のクラスでも、佐伯さんの噂が流れる事は往々にして有る。それらは大抵が、彼女は高杉君に媚びを売ってるだとか高杉君に気に入られてるからって調子に乗ってクラスの女子に酷いことしてるだとか、そんなものばかりだ。けれど、私はそんなの信じていないし、気にもならない。何故って?

そんなの、高杉君に興味が無いからに決まっているだろう。再三言うが、私は坂田君が好きなのだ。私が佐伯さんを気にする理由は高杉君ではなく、坂田君絡みである。

だって佐伯さんは本当に、見ていて腹が立つを越して笑えるくらいに坂田君と仲がいい。いや、仲がいい、とは少し違うかもしれない。二人はよくお互いを貶し合っているし、本気の喧嘩だってたまにしている。

けれど、けれど二人からは、何て言えばいいのだろう、こう恋人…ではなく、そう、夫婦のような雰囲気を感じるのだ。長年連れ添って、喧嘩ばかりなのにギスギスはせずにそれなりに生活が回る夫婦。そんなイメージを、あの二人は私にもたらすのだ。私がムカつく…というかイライラするのも頷ける話だろう。

絶対私の方が、坂田君のことが好きなのに。大好きだと思ってるのに。なのに、どうして坂田君の隣は私じゃなくて佐伯さんなのだろう。こんなのは不平等だ、と思う。

足がガタガタ言うぼろくさい机に頬杖をついて、今日も今日とて夫婦臭を漂わせる両名の様子をじっと見詰める。坂田君に恋してからというもの、友達に引かれるくらいには彼のことをじっと見詰めてきた。それなのにその彼は私の愛情たっぷりの視線に気付くことは一切なく、目が合うことも殆どない。というか眼中にない、のかな。悲しいけれども。

逆に佐伯さんとは、たまに目が合う。ただ彼女は彼女で、私が坂田君に恋しているとは思っていないのかはたまた私の気持ちを知った上での牽制なのか、兎にも角にもにもぎこちない笑顔で会釈をされるだけである。

全く、二人揃って嫌になる。
あ、でも坂田君は嫌には努々なりませんから訂正、佐伯さんは嫌になる。はい。

なんせ坂田君は格好いいもんなあ、なんて冒頭のようにその容姿に惚れ惚れしていると、ああやだ、私の視界で二人がいちゃつき始めた(フィルター透過済み)ではないか。


「ちょ、銀時それ私のトロピカーナ!」
「うっせ冬ブレンドが俺を呼んでたんだよ」
「銀時みたいな年中積雪野郎を冬ブレンドがわざわざ呼ぶ訳ないでしょ早く返せよ!」


ぎゃんぎゃんと文句を浮かべる佐伯さんを尻目に、坂田君は佐伯さんのミックスジュースを音を立てて啜った。瞬間、私の体が凍る。

か、か、間接キス…!
間接キスしてるよ坂田君止めて!今すぐそのストローから口を離してお願いだからもう!

そんな私の必死の願いも虚しく坂田君はニヤニヤ目を細めながら佐伯さんの唾液が付いていたであろうストローをくわえて坂田君の甘みのある(推測)唾液を付けてゆく。今なら失神出来る気がした。

隣の友達が心配してくれたらしく、大丈夫?戯れ戯れ気にすんな、なんて想いやり溢れるフォローが入ってくる。いやそんなの効かないけれども。兎に角目に映る事実だけで精一杯だけれども。


「わ、わたしのジュース飲んでよぉ…」


どうせだったらあ、とうなだれた私の頭の上には、「いや坂田は甘党らしいからそのコーヒーは飲めないと思うよ」と何とも冷静なツッコミが降ってくる。さっきフォローしてくれたとは思えない程落ち着いた口調に、思わず机上に突っ伏した。

ああ、見たくなかった。なにあれ。なにあの間接キス。しかも当の双方は全く恥ずかしげもなければ周りの目も気にしてないし。佐伯さんなんて微塵も照れずにただジュースを飲まれた事に対して怒ってるし。もう分からん。訳分からん。あ、涙出てきた。

頬に熱いものを感じる中で、窓側の二人は本格的な喧嘩を始める。銀時、銀時、銀時。何故か佐伯さんの口から飛び出してゆくその単語だけがやけに強く心臓に響いた。と、思ったら今度は坂田君の「炉依」も心臓にぐさりと刺さる。

確かな攻撃力を持ったその「名前呼び捨て」という行為に、いちいち反応する私は恐らくただの馬鹿なのだろう。

高校生活を共にする親友と、クラスも違う名前も知らない同級生。佐伯と私、スタートラインからして大分差が付いているのだ。それは変えようのない事実であるというのに、それを羨望して、私が彼女だったらいいなんて考えてしまうなんて。馬鹿馬鹿しい。頭ではそう分かっているのに、涙はポロポロと溢れ出てくる。

坂田君、なんで気付いてくれないの?
なんで佐伯さんといる時は、すごく柔らかい表情をしているの?

声にならない切実な思いが、塩水と一緒に教室の空気中に沈んでゆく。滲む視界のなか、佐伯さんとまた目が合った。目を見開いた彼女は、こちらに視線を寄せたまま閉口する。

すると、佐伯さんの様子をを不思議に思ったらしい坂田君も、彼女の視線の先…つまり私に目を向けた。刹那、坂田君の黒い瞳と目が合う。

初めて、だった。それだけでやっぱり、更に泣けた。何か珍しいものを見るような大好きな人からの視線を抱きすくめるみたいに、腕を組んでわんわん泣いた。



21:乙女Y子の羨望


(20130304)


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