「はい、じゃー問1!ばばばん!」 銀時の無駄に元気な声で紡がれた幼稚なイントロとは相対するように、わたしたち四名は各々がこたつの机に体重を合わせるようにして半分意識を失いつつあった。何故ってそりゃ勿論、睡魔に襲われているから。 只今1月1日午前4時過ぎ。 除夜の鐘を聞きながら初詣に向かって、殺人的に混んでいる神社で無事初詣をして(ついでに晋助は新年早々たくさんのギャルからナンパされて他三人の悲哀がいたたまれなかった)、やっとヅラの部屋へと戻ってきて。 そしてテレビを見たり適当に話していたりしたらなんと時計の針はもう4時を指しているではないか。と、そう気付いて、もれなく五人全員が強い睡魔に襲われ始めた。訳ではなかった。 何故か、何故かひとりいたのだ。行事というだけで、眠気も何も吹き飛んでいってしまう馬鹿みたいに子供体質な男が。 そして彼は今にも沈まんとする私達の意識を少しでも留めたいが為だけに、声を大にして、その銀髪をいやにギラギラと輝かせて宣ったのだ。 クイズ大会をするぞ、と。 クイズ大会、と言ってもこの面子だと完全に内輪クイズというか身内クイズというか、つまらなくない?そう思いはしたものの何分眠くて眠くて、「あー?」みたいな生返事だけしたのがたった五分前の事。そして誰も真面目に取り合う気がない事に痺れを切らしたのか、銀時が強行突破しようとしてきたのがちょうど今、という訳だ。ていうか、うん、眠い。 「ヅラの親父のハゲ方はなんでしょーかァ!」 「……」 「……」 「…ぐー」 「っておいィィイ!答えろよ!つか何全員一致で撃沈してんだよお前らよォ!」 折角の新年なんだから勿体無えだろ、とか意味不明な事を必死に吠える銀時を尻目に、自然と出てきた欠伸を殺す事もせずにそのまま外に出す。こいつはこのまま、初日の出でも拝むつもりなのだろうか。だとしたら馬鹿である。いや、だとしなくても馬鹿だけど。 首の角度を変えて最も茹だりやすいのはどんなものかと試行錯誤していると、視界には私と全く同じようにこたつ机に頭を完全に預けている他三名がちらりちらりと映った。誰も答えそうにない、というより多分辰馬なんて完全に意識は向こう側だろう。 無論そんな私達に対して、お子ちゃまな銀時がもっと腹を立てるのは当たり前な訳で。 「んだよ!もっと楽しく答えやがれ!はい、炉依!」 「え…」 なに、なんで私?なんで個人指名? って、理由は分かっている。私が一番意識がはっきりしてそうだから、それだけだろう。ふざけんなよ。うん、ふざけんなよと言いたいいや言わせてください。 「ふざけんなよ…」 「ふざけてねーよてか眠ろうとすんなァ!指名したんだから答えやがれ炉依」 「はあ…?…じゃあMで」 「はいブッブー!正解はバーコードでしたァ炉依ちゃん不正解ー!」 「あっそ…」 欠伸を噛み殺しながら、今日の銀時のうざさたるやと大袈裟に溜め息を吐く。 修学旅行やクリスマスの時も思っていたが、何故彼は行事になると異様なテンションになるのだろうか。たぶん、ただ単に銀時の精神年齢が小学生あたりで止まっているからなんだろうなあ。 ゴン、ゴン、と頭を冷たいコタツ机に打ち付けるようにして自分を苛めてみる。言っておくと別に私はMじゃない。あくまでも、眠すぎて思考があちこちに分散しないようにした為だ。私えらい。 正面では晋助がついにピクリとも身じろぎをしなくなった。あ、落ちたのか。 まるで屍だ。怖い。いつも思うけれど、晋助の何があっても微動だにしない寝方は結構恐ろしいものがある。寝息もほぼ聞こえない程度にしか立てない、故に肩も上下しているところが見えない。いびきなんてもってのほか。 一体どうなっているんだろうか、なんて寝ぼけ眼で考えていると、またもや銀時のうるさい声が室内を揺すった。 よーし次、問2! いや、質問に答えてやったんだからもういいだろ。てか次もヅラの父親の話とかだったらマジ殴ろうああでも眠いからやっぱりコタツの利を生かして蹴ってやろう。 「じゃあ二問目は炉依出題な!」 「…はあ?ふぁ…」 「こいつらの目ェ覚ますような問題出せよ」 「なんで私が…」 「いいから!ほら、ばばばん!」 もう一度言う。今日の坂田銀時のうざったさにはほとほと呆れるばかりだ。 無茶振りというか何というか、兎に角この馬鹿銀髪野郎は(最後の砦の)私を寝かせたくないらしい。迷惑な話だ。しかもねむい。今にも瞼が落ちてきそうなのに、なんで私がクイズを。しかも問題とかそう簡単に思い付かないし、ここほぼ身内だろもう知らないネタが分からないしもう、もう、眠い。 でもここで寝入ったら、次起床した時のみんなの弟☆銀時クンの機嫌が最悪なものになる、それは確信を持っていえる。そうすると必ずと言っていい程、銀時の態度に今度は晋助が不機嫌になって場の空気が最悪になって、結局辰馬の馬鹿笑いだけが虚しく室内に浮かぶのだ。それは避けたい。一応新年だし。 因みに銀時のことを弟☆とか言っちゃったのは凄まじい眠気の所為という事にしておいて欲しい。失言だった、と思います。思いますとも。 とにかく、前にも後ろにも退路は無さそうなので仕方無く首をもたげて、欠伸の代わりに息を吐いた。 「じゃあ…、岡野さんは、何カップでしょうか?」 ごめん、ごめん岡野さん。でもこれしか思いつかなかったんだ。心中で彼女に平謝りしながら、はい解答どうぞ、と「そ、その質問ありかよ…!」と馬鹿らしく瞳を爛々と輝かせる銀時に促す。 すると、恐るべきブラパワーとでも言うべきか、なんとヅラと辰馬がむくりと起き上がって、これでもかという程に目を見開いたではないか。いや、辰馬はグラサンがあるからよく分からないけれど、たぶん。それよりまず、お前らの三半規管はどうなってるんだ。 「ビッ…いや、違う、Cだ!」 「何を言う銀時、Bだろ岡野さんだぞ」 「アッハッハ!おっぱいは男のロマンじゃきい!」 さすが男子高校生、というか二名の爆睡はどこに行ったのやら、頬をいやに上気させて岡野さんのブラのカップを予想しあう様は何とも言い難く、こう、なんか、気持ち悪かった。だって、つまり今この三人の頭の中には確実に岡野さんの双丘が描き出されている訳であって、それをじっと観察しながら大きさを予想…ってもうただの変態じゃないか。出題した私が言える事じゃないけども。 いつの間にか段々と姿を消してゆく睡魔に無性に手を伸ばしたくなるのを堪えつつ、コタツの上の煎茶を手に取る。つけっぱなしのテレビでは、殊勝な事に眠たそうなシワを刻む芸人たちが新年一発目の笑いを取ろうと躍起になっていた。銀時の元気がこの人たちに吸収されればいいのに。 「でも岡野か…無いようであるっぽいよな」 「でもBではないか?」 「いや、ここはやっぱCじゃねえの」 「馬鹿かお前ら、Dだろ」 「高杉!?」 「はい正解、ていうかいつ起きたの晋助」 しれっと正解を攫っていた涼しい表情の晋助は、お前には関係ねえよとか何か無駄に心を閉ざす中二みたいな台詞を吐いてからゆっくりと伸びをした。今さっきまで無呼吸症候群さながらに眠っていたくせに、あたかも自分は一睡もしていませんというような小さな舌打ちまでして下さる。 ああこれだから坊ちゃんは。 そういえばコイツは以前私のブラのサイズも当てたっけ、と思い返しながら溜め息を吐いた。きっとこの隻眼には、女子の何かを計るスカウター的な何かが搭載されているに違いない、なんて。 「んだよ高杉!おいしいとこ持ってきやがって」 「ていうかブラで全員起床って…まじ男子だよねえ」 「クク、問題にダチの胸のサイズ出してくるお前もな」 「うるさいな晋助!」 「いーから次の問題出せよ炉依!」 「は?私?」 「当たり前だろお前が言い出したんだから」 「お、前、だ、ろ、クソ天パ」 「銀さん知らなーい、ホラ早くしろよ待ってんぞ」 「…銀時死ね…問3ー、…じゃあ岡野さんのブラで多いのは何色でしょうか?」 軽く呟く程度で零した銀髪くんへの呪詛は、運良く誰にも拾われずに宙を漂った。 目の前の至って健全な男子たちは、また岡野さんネタか、とか色なんて気にするモンかァ?なんて口々に言いたい事を宣っている。全く手間のかかる奴らだ。そしてうざい奴らだ。 今年の自分の目標は、クラス替えで全員と別れる、これにしよう。うん、キミに決めた。目標じゃなくて願望じゃない?なんて言わないで傷付くから。 「女子と言やあピンクだろ」 「ハズレ」 「いや、ここは白でレースであって欲しい」 「うわあ、ヅラ好きそう…ないわあ」 「黒じゃ!黒はエロスを誘うからのぅ!」 「ごめん辰馬が言うとエロスさえ阿呆らしい」 「赤だな」 う、わ、と思った。 正面の晋助をまじまじと見て、その下着博士(口にしたら殺されるかな、言ってみたいけど死ぬのはなあ)っぷりに感服する。 きちんと紡いだ筈の、なんで分かるの、は掠れた声しか出て来なかった。我ながら呆れる。ていうか。 「晋助、ほんと百戦錬磨…」 「それ意味分かって使ってんのか?」 「多分、ね…」 「クク、分かってねえな」 「わ、悪かったねーだ!」 「つか炉依、次出せ次!」 「次?ヤだよヅラ出してよ!」 「じゃあ正しい攘夷かつど」 「ヅラ、時代錯誤!」 「アッハッハ!…あれれ、外が段々明るくなってきよるけぇのぉ!」 「え…うわ、もう5時だ…」 「よっしゃ初日の出見んぞテメー等ァ!つか寝るな高杉!」 ベランダを開け放つと、一気に肌に刺さるように冷たい空気が流れ込んでくる。一年の計は元旦にあるというのに、これじゃあ今年も壊滅的だと泣きそうになった。 でもそうやって見詰めた景色空は本当に美しくて、やっぱり何故か泣きそうになった。 20:うちは、最高 (20130207) |