時間は一定だ。

十代も六十代も時間は同じだけあるし、高校生でも赤ん坊でも白寿を過ぎたお婆ちゃんだってみんなみんな、一分一秒の重みは一緒。でも、それでも他人よりも自分の時間感覚は短いと感じてしまう。1日1日が矢のようだと感じてしまう。

それは誰だって共通の事だろう、かく言う私もそうだ。修学旅行は昨日の事に思えるし、クラス替えからまだ1か月も経っていない気がする。



「うぉっ!今年も幸子すげぇな!」
「オイ銀時、紅白よりか4チャンだろ」
「いや日本男児たるもの紅白を見るべきだ」


日本の歌の心を感じるのだと、なんとも爺臭い事を力説するヅラを視界の端に捉えつつもしみじみ思う。ああ、今年も今日でお終いかと。

思えばこの一年は本当に馬鹿ばっかりしていたような気がする。
それは一緒に過ごしていた人間に因るところが大きいのだろうけれど、やっぱり流されて一緒になってふざけていたのは他でもない私の意志であるから他人の所為にばかりはしていられない。つまり私も立派な馬鹿という事だ。悲しいけども、馬鹿。


冬休みの根城と化しているここ、ヅラの自室の中央にはお呼びでしょうかと言わんばかりに無駄に大きなコタツがでんと居座っている。

そしてその冬の風物詩に暖められている私達五人の視線の先には、真っ赤で無駄に電飾の多い衣装を身に纏い、同じく電飾だらけの巨大装置の上で高らかに歌い上げる有名な演歌歌手の姿があった。

いくら年の瀬だからと言って、こんなに飾り立てる必要があるのだろうか。そう疑問には思うものの、普段通りのバカ四名が織り成す喧騒、そして何よりコタツの上に積まれた大量のミカンが全てをうやむやにしてゆく。

いいやもうどうでも。ガキの使いでも紅白でも好きにすればいいさ。今年も来年も奴等の好きにするがいいさ。

丸々肥えたミカンを一つ手に取りながら、半ば諦めたような事を思う。


もうあと三十分もしない内に今年は終わり来年が頭をもたげる。
年は明確な線引きがあるからそれは一瞬で過ぎるけれど、私達はそんな上手い造りではないから多分来年になっても今年の自分からは抜けきれないのだろう、なんて。小難しい事を考えてみてしまうのは全部コタツが温かい所為にしよう。



「あっ、テメ炉依ミカン食い過ぎだろ!」
「残念銀時、まだ四個目ですー」
「じゃあ誰だよ大量に食ってるヤツ」
「ヅラでしょ、てかミカンの皮投げないでよ汚い!」



農薬の臭いが染み付いた橙を私に向かって千切っては投げ千切っては投げ、やっぱり小学生の八つ当たりみたいな表情で嫌がらせしてくる銀時を睨み付ける。それでも止めない根性とお子ちゃま加減には呆れるよ全く。

負けじと私も側に積んでおいたミカンの残骸を指で千切って彼の銀髪目掛けて放ってやった。お世辞にも放物線とは言えないようなぐちゃぐちゃな孤を描きながら、それは銀時の方へ落ちてゆく。


テレビの中では、演歌界の王子の異名を持つ歌手がズンドコしているのが聴覚的情報から感じられた。が、はっきり言って今はそれどころじゃない。

別に板に付いたような笑顔が印象的な彼が嫌いな訳ではないけれど、なんせ今まさに私の額に銀時からのオレンジピール攻撃がクリーンヒットしたのだ。由々しき問題、というより銀時まじうざい。



「ざっ…けんな銀時!」
「へへー、当たる方が悪いんだよ」
「うるせージャンプ厨」
「何言ってんだジャンプは空気だろ」
「真顔かよ水素爆発で死んできて」



おでこをさすりながら攻撃するものの普段とは違うこのテンション、大晦日テンションとでも言うべきか、まあ兎に角今日の銀時は手強かった。ヅラと辰馬に手伝ってもらおうと思いまるで自分の部屋のように慣れきった部屋を見回す。

けれど案の定、彼等は紅白に夢中。
テレビに向かって飛び交う「白組がんばれ!」「いや紅組!」の声がそれを何より証拠付けているようだった。なんかこんな展開前にもあったような気がする。しかもそんなに遠くない過去に。

それがつい先日の、クリスマスの時に似ている状況なのだと気付いた時には私の目はやっぱり晋助に向いていた。彼はこんな日でも絶賛携帯依存中だ。よっぽどリアルの友達が少ないと見える、なんて声に出せる筈はないけども。



「ねー晋助」
「あ?」
「銀時に何か言ってやってまじで」
「高杉に何言われたって俺ァ何ともねーがな」
「ハッ、童貞が生言ってんじゃねえよ」



一瞬、本当に一瞬だけ室内が、そしてハイビジョンテレビの向こうの華やかなステージまでもが静まり返った。ような気がした。

流石というか恐るべしと言うか、兎に角晋助は凄い。一人だけ時の流れを拒むように固まる幼なじみを見、改めてそう痛感する。しかもそれでいて余裕の笑みを浮かべているのだから本当に恐ろしい。晋助にはやっぱり逆らわないようにしよう。


逆に、人の心はこんなにも抉れるものかと息を飲むくらいの打ちひしがれ様の銀時に静かに手を合わせる。すると何故かヅラ達も私に習って銀時を拝み始めた。
なるほど新興宗教ってものはこうやって生まれるのか。



「ぎ、銀時くーん」
「……」
「顔青いけど大丈夫?」
「ほっとけや銀時なんて」
「晋助がそれ言う?」


言ってから息をひとつ、大きく吐き出す。
けれど呼吸によって今の状況が変わる訳でもなく、テレビの音が些か小さくなるといったヅラの精一杯の配慮が虚しく浮かぶだけだった。

まあ、放っておくのも優しさか。
そう思い直して、何時の間にか小動物のように縮こまっている銀時の側に落ちるミカンの皮を黙って拾う事に専念した。自分で言うのもなんだけれど、私ほんといい子。

自分がこの空気を作り出した元凶である事は棚に上げ、そんな風に自分を美化してゆく。こうでもしないとやってけないから、と思ってもらえれば嬉しい。


そして銀時を放置すること十分余り、もう紅白も結果発表をしようという頃。

ついに銀時が壊れた。いや、正確に言うと突然思考回路が壊れたかのように叫んだのだ。

童貞がどうしたァァア!と一言。
私、否私たちとしては銀時がどうしたって感じなのだけれど、いきなりの展開に固まる他者には見向きもせず、彼は高らかに声を発した。


「いいか童貞時代っつーのは宝だ、大人が忘れていった宝モンなんだ馬鹿にすんなァ!童貞の方がエロポジティブが得意なんだぞコノヤロー!」


うわあ、なんの演説だろうこれ。
でも銀時の顔を見やるとその死んだ魚と比喩される生気のない目にはじんわりと涙が滲んでいて、何だか凄く可哀相な気持ちにさせられる。思えば銀時はいつも損な役回りだ。ご苦労様。でも、でも一つ訊きたい。


「エロポジティブってなに」
「どんな苦境でもエロ方向で考えられる適応力ですう」
「あ、そ」


ちょっと呆れた。でもその反面、銀時らし過ぎる答えに無条件で笑えた。

何もしなくても胃から、胃液を掻き分けて湧き上がるような、喉元からせり上がってくるような。それが大切な感情なのだと、言われるまでもなく気付いてしまう私は可笑しいのだろうか。


「あ、やべっもうゆく年くる年始まるじゃねーか!」


焦ったような銀時の声を皮切りにどこかから聞こえてくる除夜の鐘の音と、下半身がお世話になっているコタツの温度とが私の中で混ざってゆく。

もうすっかり気を取り直したらしい銀髪君は、わざと仰々しい態度をとりながらぬくぬくコタツから這い出していった。
どうしたの、と返す暇もなくハンガーに掛かっていたコートを手に取る銀時の後ろ姿が揺れる。だいぶ大きくなったなあ。


丁度十年前くらいにも、家族ぐるみの形で彼等と年を越した事をそこはかとなく思い出した。あの頃はまだみんな、私の事を炉依ちゃんって呼んでたんだよなあ。すごい可愛いかったし。ああでも私は昔からぎんとき!しんすけ!って呼んでたっけ。

一人回想をして思わず苦笑するなんて私も年だなあ。晋助が私の事をお前大丈夫かみたいな目で見ていたような気がするけれど、あくまでも気がするだけだ。



「おい!炉依行くぞ!」
「え、どこに」
「初詣に決まってんだろ」
「まだ来年じゃないし」
「いーんだよ!ホラおめーらも用意しろよ」


俺ァぜってー大吉引いてやるかんな!
鼻息荒くそう語る銀時はもうコートを着込みマフラーまで付けていた。クリスマスの時にあげた濃紺のマフラーには、今日もやっぱり金糸や銀糸が織り込んであった。


除夜の鐘が鼓膜を揺する。
面子の中で一番気乗りしていなさそうな晋助を引っ張って、今度は大きく息を吸って酸素を肺に取り込む。

きっと外は寒いのだろうと、そう思いながらコートの袖に腕を通しているとふと晋助の隻眼と目が合った。寒いね。声には出さず口唇だけでそう伝えるも、彼は全くの無反応だ。ほんと俺様で嫌になっちゃう。

でも、嫌になるくらい疲れた一年だったのに、今出てくるのは炭酸みたいな良い記憶ばかり。人間て都合いい生き物だ。

でも取り敢えず、そんな今年もあと十分足らず。




19:十分経っても改めてよろしくなんてんて言えないけれど



五万企画で番外編を二作書かせて頂く事になりました!一つはこのお話と微妙にリンクさせる予定です\(^o^)/
(20120417)



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