「やべっ!おい見ろよ!」
「あ?」

「中山さんブラ透けてんぞ!!」




私の右隣を走る銀髪頭がそう小声で言って、斜め前を走る中山を指さすと、私達と横並びでだるそうに走っていた約三名が飛びつくように視線を彼女へと向けた。

私もちらりと中山さんの背中を見ると、ああ確かに、だ。
うっすらとブラが透けて見えている。しかも紫。


彼女のブラをしっかりと見た男子四人は、俄然テンションが上がったらしい。

何故か走るスピードまで上がった。
勿論男女の体力差ってもんは結構大きくて、私にはもうスピードを上げる余裕なんてない。
まず私、長距離走って存在に余裕を持てないもん。



「ちょっと、下着見たくらいでスピード上げすぎだから!」


そう言って隣の銀髪天パ、坂田銀時のジャージをぐっと引っ張ると、大袈裟に驚く声が頭上から降ってきた。



「うおぁっ!?…おい何すんだ炉依!」
「ブラくらいでテンション上がってんな馬鹿、小学生かっつの」

「残ー念でしたー。小学生はまだブラじゃなくてスポブラですぅー」
「それ女子に聞かれたら引かれるよ」



銀時の若干変態的な台詞に顔をしかめながら言ってやったら、銀時の隣から「違ぇねぇな」って肯定の言葉が返ってきた。

その言葉を発したのは、黒髪に眼光鋭い高杉晋助。何故かいつも眼帯をしてる、私から見れば中二的な存在。



「ほら晋助も言ってんじゃん」
「なっ、高杉お前裏切んなよ」
「裏切るも何も、俺ァ女の下着くらいで騒がねーしな」



そんな事言いつつしっかり見てたよなあ、なんて思いながら足を動かし続ける私。
まあでも晋助がヤリチン野郎であるのは確かだから、あながち嘘ではないんだろう。

晋助が銀時を馬鹿にするように鼻を鳴らして笑うと、その更に晋助の隣で走るバカ二人が会話に無理矢理割り込んできた。



「俺だって別に、女子の下着くらいでは興奮せんぞ」
「ヅラ鼻血出てるけど?」

「アッハッハ!金時もヅラも情けないのぅ!!たかが女子のフラシャーで」
「辰馬バカ丸出しだけど?」



言わずもがな、バカ@が小学生みたいな反応をする挙げ句透けたブラだけで鼻血を出すムッツリの桂小太郎。髪の毛伸びるのが異様に早いコイツは、たぶん相当なんだと思う。

ちなみに私なんかより全然長くてサラサラ、上質な髪だ。まあ悔しいから本人には上質だなんて一言も言わないけど。


そしてバカA…というかこっちは真正バカと言うべきか、坂本辰馬。

どっからどう見てもバカ。
ブラジャーをフラシャーって間違えるんだから本物のバカ。


そんな馬鹿達と連んでる私も、たぶん周囲からはかなりの馬鹿と思われているんだろう。

でも残念。私の成績は中の上、つまり馬鹿ではない。


では何故私がこの四人と連むのか。
それを話すといろいろと長くなっちゃうから無論話はしない。だけどまあ、一時の気の迷いと言っても過言ではないと思う。

高ニの新クラスで、たまたま幼なじみ五人が全員一緒でワイワイしていたら、いつの間にか私以外の女子はもうグループを組んでしまっていて、私の入る隙間がなかった。そんな感じだ。


お陰様で長距離の季節、つまり秋になってしまった今でも私は女の子の親友ってものがいない。

悲しいと言ったら嘘になるけれど、こいつらと馬鹿やってるのも楽しいから何とも言えないんだ。…あ、ちなみに文系クラスね。




「つか炉依も中山さんから学べよ」
「は!?」



もうだいぶ走るのが嫌になってきたくらいのタイミングで銀時がいきなりそう言い出した。
彼にしては珍しく随分真面目な顔をしていて、若干緊張した事は否めない。私が彼女から何を学ぶっていうんだろう。



「何を学ぶ訳?」
「そりゃあもちろん色気だろ」

「色気?私色気あるじゃん」
「どこ見たらンな事言えんだよ。つまり、炉依ちゃんもブラ透けてるー!とか乳揺れてるー!とかそういうお色気場面を作っても良くねって事よ」



銀時が嫌みたらしくそう言うと、バカ辰馬がそうじゃと言って更に私を囃し立ててくる。ええ、ウザいじゃ足りないくらいうざったいですとも。

イラッときてる事を隠そうとも思わないので、不快感をそのまま顔に出して銀時に舌打ちをお見舞いしてやった。



「うわっ、舌打ちしたよこの女」
「うるさい、死ね銀時。天パが爆発して焼け焦げろ」

「やだねそんな火サスの焼死体みてーな死に方」
「お似合いだと思うけど。ねえ晋助」



一番私のまともな味方になってくれそうな晋助にそう話を振ると、彼はまたもや鼻で笑ってから口を開いた。こんな高校生に見えない高校生ってありなんだろうか。




「あァ。ちなみに炉依はCだぞ銀時。そこそこだろ」
「ちょっ、なんで晋助それ知ってんの!?」

「見りゃ分かる」
「分かっても言わんでいいから!てかその特技すごいし」



しれっと私の個人情報を漏らした晋助は、私からの返答にそうかァ?と首を傾げながら校庭のフェンスから見える道路へと視線を投げる。

まあそれは全然どうでもいい。
晋助が私が何カップか知っていたのも、それをバカ達に何食わぬ顔で教えてしまったのも、まあしょうがない。

そして私もさして気にしないし。
だってCカップってすっごい普通じゃん。

でもひとつだけどうでも良くない、つまりかなりムカついたのはあれだ、銀時。




「ハ!?何炉依お前Cカップあんの?」



銀時は右耳が壊れるかと思うほどの大音量でそう叫んだ。というか、叫びやがった。…耳が壊れる、つまり校庭全体に響き渡るくらいの大声で。

もちろん今は体育の長距離走だから、校庭にはクラスメートも体育教師もいる。
そして案の定走ってるほぼ全員、ひいては先生までもが私達…いや、私の胸に注目した。

ちなみにこの時、私のこめかみに青筋が浮かんだのを、辰馬とヅラはしっかりと目にしていたそうだ。そして縮みあがっていたらしい…私の顔が怖すぎて。

でも当の銀時はよっぽど私がCあることに驚いたらしく、私の怒りが噴火寸前の活火山のようであることにも気付いていないみたいで、性懲りもなくまた無駄な口を叩いた。



「マジでCか!?だって俺等ちっちぇー時から炉依と一緒だけど、まだい」

「おい銀時止めとけや、死ぬぞ」
「いいよ晋助。…続けて?銀時」



どっちにしろ殺すから、と笑顔で付け足すと、銀時はようやく状況が飲み込めたようだった。
だって一瞬にして顔が青ざめてったもん。



「あ…炉依、何でも、ないっす」
「え?早く言ってよ。私が気ぃ長くないの知ってるよね」

「いや、そのね炉依さん今のはですね、」
「早く言えよ糖尿野郎」



渋る銀時を脅すと、ヒッという短い叫びが返ってきた。その隣で「諦めろや銀時」と言葉を投げる晋助に、更にその横で一言も発さず震えるヅラ。

ちなみに端の辰馬は流石は真正バカと言ったところか、ガッハハハ喧嘩しゆうんかおんしらー、とか聞き取りにくい土佐弁で馬鹿笑いしている。

ムカつくけど辰馬は今はいいや。
後で思いっきりパシるし。


そう考えて再度銀時に笑顔を向けると、彼は情けなくも涙目になりながら口をパクパクと動かした。
その姿がまるで酸欠で苦しむ金魚みたいだったのは、私の寛大な優しさで言わずにいることにする。




「その…な、…あんま怒るなよ?…いや怒らないで下さいます…かね」

「うん、怒らないよ」
「あの、だからガキん時から一緒なのに、炉依の乳が揺れるとことか見たことねーなァって…言おうと…」

「…そっか。銀時、あと校庭ニ十周ね。あとお昼に購買で豆乳抹茶とメロンパン買ってきて」



しれっと銀時に命令を下すと、彼の顔色が更に悪化していくのが見て取れた。
私としては、このくらいの罰じゃ本当は全然満足できないけど、ぐっと我慢してやる事にする。

私の胸のサイズをクラスに知らしめた事と、屈辱的な台詞。
これに怒らず何に怒れと。



「あ、あの炉依さん怒らないんじゃ…」
「怒ってないよ?命令してるだけで」

「ニ十周してたら次の授業は…」
「サボればいいじゃん銀時サボり魔なんだし」

「ニ十はキツいと…」
「あ、晋助ー、うちらもう終わりだよね?」



どうせ今の私に逆らえなんてしない銀時なんてスルーして、若干顔が引きつりつつある晋助にそう聞いた。

たぶん晋助は、元凶である自分に火の粉が掛からないかと冷や冷やしているんだろう。
まあ、晋助に命令したら逆ギレされて、私の命が危うくなりそうだけど。



「あァ、俺らはこれ十周目だからな」
「だよね。じゃあね銀時、ズルしたら屋上から吊すから」



そう銀時に釘を刺してから私が白線から外れると、その後ろから他三人も付いて来る。

もちろん三人は銀時を庇いなんてしない。
道連れにされたら嫌だし、そもそも仲間内で誰かをいじれる機会を逃したくないからだろう。

無論そんな三人を見て、銀時は未練たらしく言葉を紡ぐけど。



「おい見捨てんのか高杉ィイ!」
「炉依とお前吊す方が楽しそうだしなァ」

「ズルはしません!が、庇えよヅラ、辰馬ァァア!!」

「銀時、男なら潔く走れ」
「金時にはいい薬じゃきに」
「てか早く行ってよ銀時」




もれなく全員に見捨てられた銀時は、お前ら絶交だ、的な台詞を残しながらバタバタ走っていった。


ちなみに言わずもがな、その日一日銀時は私の下僕のように働いた、否、馬車馬のように働かせた。

男が思ってる以上に、女子に恥をかかせた罪は重いものだ。


でも、そんな日があった方が楽しいじゃないか、なんて考える私も、やっぱり馬鹿の類いなのかもしれない。




1:ブラジャーの悲劇



(20111119)


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