「南戸ー、飲み物取って」
「あーはいはいどうぞ」
「え、私アセロラ駄目だっつってんだろ男性器」
「初耳だしなんか炉依ちゃん俺の扱い酷くね!?」



何やら騒がしい宴会らしきものが始まってもう、一時間が経過しようとしていた。そしてその短時間で私は既に、南戸粋という人間をなんとなく理解し始めていた。

彼はそう、一言で言えばチャラい優男。
女の子である私にはひたすら優しく、その上晋助や銀時に対して上に立とうという思いも感じられない。
寧ろ彼はみんな仲良くしようぜ、みたいな雰囲気を纏って気軽に振る舞っている。多分転校初日から友達が沢山作れるタイプ。嫌いじゃない。まあ、馴れ馴れし過ぎるのが多少気に障る事も否めないけれど。



「え?男性器ってナニ俺の事?」
「うん、晋助が言ってた」
「高杉ぃぃい!」
「でも南戸に似合うと思うよー、」



ケラケラ笑いながら言うと、頬袋をパンパンに膨らませた説得力のない顔で先輩を敬えと返答されてなんだか腹の底がじんわりむず痒くなった。

ノンアルコールの缶チューハイ(風)なのに、酔ってしまったんだろうか。場の雰囲気も雰囲気だしなあ。

ちろりと横の晋助を伺い見ると、彼は大人顔負け…というか最早社会人としか思えないような慣れきった態度で缶ビールを傾けている。もう飲酒止めようなんて言える雰囲気ではなかった。今の晋助に物申せる人を募集したいくらい。

そんな風に考えながら頬杖をついていると、不意に南戸が腰を上げテーブルを挟んで向かいにいる私の方へと身を乗り出してきた。



「てか炉依ちゃんさあ、」
「え、なに近いんですけど卑猥なんですけど」
「炉依ちゃんドエス!」
「南戸うぜえ、晋助助けて」
「南戸とか無理に決まってんだろ男性器だぞ?」



そんな事言わずに、なんてちょっとほろ酔い状態で機嫌が良いらしい晋助に助けを求めるも、簡単に交わされ逆に南戸に迫られた。なんだこの状況。

誰か代わってくれないかと部屋を見回してみるものの、銀時はお酒に弱いのにはっちゃけた所為で泥酔状態、ヅラも何を思ったか酒を進めていき今はベッドに突っ伏している。
唯一酔っていないのは何時の間にか帰ってきていた辰馬だけれど、彼に関してはシラフでも泥酔しているのと同レベルだ。

つまり、誰も助けてくれない。

逃げられないや。
はあ、と一つ大きな溜め息を吐いてから南戸に向き合うと、アルコール臭に頭が割れそうになる。



「なんなの南戸」
「俺一応先輩!」
「ですね用件をどうぞ、」
「いや、実際のとこ炉依ちゃんてさ」



そう口を開いた南戸の表情がニヤリ、そんな擬音を確かに付けて歪んだ。瞬間的に背筋が冷たくなるのは、この人が纏っているオーラが性犯罪者のそれを思わせるからだろうか。

そんな失礼にも程がある悪寒は背中だけに留め、わざとらしく眉をひそめて如何にもチャラ男ですといった服装の彼を見やる。こんな奴がのさばっているなんて、日本は大丈夫なんだろうか。いや駄目だな、日本終わりだわ。


「彼氏とかいないの?」


南戸の口から続けて飛んできた彼氏という単語に思わず体が固まり、どうやらそれは返事にも表れてしまったようで「は?彼氏?」の声が掠れた。

そんな私を見て、きっと南戸は主導権を握ってやったぜなんて思ったのだろう。若しくはこいつ彼氏いない歴長そうだな、か。
まあどちらでも構わない…というかどちらにせよムカつく。

その感情は、南戸が驚くくらいに口角を上げて更に更に顔を近付けてきやがった事に比例して大きくなっていった。
ああ、でも一応言っておくけど、男性器潰してやろうかななんて思ってはいないからね。本当に思ってないよ、たぶん。


ぐらぐら煮える一物をお腹の中に抱えながらも、取り敢えず南戸の次の言葉を待つ。するとすぐに、私の視線を捉えたとばかりに得意げなしたり顔で南戸は唇を動かした。抓ってやりたい、なんて。



「じゃーさ、俺なんてどう?」
「え、南戸が彼氏ってこと?」
「もちー、よくね?」
「え、姦淫罪で訴える」
「まだ何もしてませんけど!」



連れねーなあと悪びれもせずに唇を尖らせる南戸に、建て前上ぎこちないもののきちんと取り繕った笑顔を手向けているけれど、実際もう苛々が爆発する寸前だった。

次、なにか変な事言ったら制裁下してやろう。彼には容赦も何も飛んでいけるさ、と変な自信を抱きながら右手で近くにあったクッションを手繰り寄せる。



「無理、私男性器とは付き合えないし」
「じゃあセフレでもいいから」


は、何言ってんのこの人、死にたいのかなうん死にたいんだな。


「は、何言ってんだテメェ死にてーのか?」

胸中だけで呟いた筈の台詞が、何故か私の鼓膜を叩いた。それはそれは聞き慣れた低音で。

一瞬耳を疑ったものの、目の前で目を見開いて私の隣の人物を見詰める南戸を見、聞き間違いではなかったのだと確信を得る。
顔に押し付けてやる(あわよくば窒息させてやる)為に用意しておいたクッションが、手からポロリとフローリングに零れた。


なんで、なんで晋助が唸るライオンみたいに南戸を睨み付けているんだろう。晋助には関係ない話であるのに。

びっくりして声も出せない私をよそに、晋助は今一度南戸を射殺すような視線で貫いてから今度は私へと顔を向けてきた。びくん、と肩が揺れてしまうのは仕方の無いことだと思う。



「え、ど、どうしたの晋助」
「お前は危機感を持て」
「え、持ってるよ私だってセクシ」
「南戸は死ね」



私の台詞に被せ吐き捨てるように言っだ晋助は先程までのご機嫌はどこへやら、もう不機嫌としか言いようのない表情と態度でドカッとその場に胡座をかく。怖い怖い、私死んじゃうかもしれない。

そう考えているのは何も私だけでないらしく、再び南戸へと視線を投げるとそこには恐怖からか顔を青ざめた男性器の姿があった。多分彼は金輪際、私に言い寄る事はないだろう。

それは有り難いけど、でもこの空気はどうしてくれるんだろう。

ピリピリした眼帯、ビクビクしてる男性器、未だに馬鹿笑いを止めないグラサンと縮こまる私。他二人が沈没している今、この部屋はこんなにも不釣り合いな四人で構成されている。
泣きたい、というかもう泣いていいかな。

そう思い溜め息を吐くと同時に、南戸が何だか少し申し訳なさそうな表情で悪いな炉依ちゃんと謝ってきた。まあ仕方無いな男性器は遠慮するけど、と自分でも訳の分からない言葉を添えて和解成立。

…とはいかなかった。
理由はひとつ、私の言葉に呼応するかのように、南戸がウインクをして星を飛ばしてきたからだ。彼は他人の背筋をサーッと冷たくする名人だと強く実感する。



「…南戸、」
「やっぱ友達からだよなー、な?」
「…南戸死ねー!」
「え?俺なんかした!?って、高杉誤解だ誤解!」


頼むから睨むな、睨み殺す気か。

あせあせと首を振ってそう叫ぶ南戸とすごい眼力で立ち上がった晋助を尻目に、一人ぐでん、床にしゃがみ込んで鮮やかな色をした液体の入ったグラスを手に取る。それは先程手繰り寄せ床に転がしたクッションの色に似ていて、何故か少し笑えた。


飲み干すような勢いでグラスを傾ければ、私の口内に洪水のような濁流と川が出来る。
その流れは喉を通過して胃の方へと落ちてゆくのだけれど、その胃に着く前にふと違和感を感じた。

なんかこれ、ジュースにしては苦かったような。
グラスに申し訳程度に残った液体を覗き込む。

ん?私、確かこんな色のジュースは飲んでなかったような気がする。
そんな事実が頭を過ぎった瞬間に、私の視界の奥の方で、テーブルの上に置かれた同じグラスがキラリと光った。

そうしてやっと気付いた訳だ。私が飲んでいたのがジュースではなく、誰かが飲み残したチューハイであったという事に。あーあ。せっかく一人流されないでジュース飲んでたのに。…まあいっか。

別に一口くらい気にする事はないだろうという結論に至った私の近くで、南戸の悲鳴が上がっているのが分かった。

俺は先輩だー!やら、分かった高杉今度めちゃくちゃイイ女紹介するから!やら、南戸の未練がましい声が部屋に響いている。
その中には私に助けを求める声が混じっていた気がしなくもないけれど、それに対しては無視を決め込む事にした。


ただ、なんで晋助は南戸に向かってこんなにも怒りを露わにしているんだろう。

その思いが脳内ををローテーションの如くぐるぐると駆け回る。答えを見付けたら、何だか曲がりなりにも築いてきた(つもり)友情みたいなモノが崩壊してしまうような気がして。


とうとう私は、南戸がすごすごと帰路に着き、五人で雑魚寝をする夜になっても晋助に話を切り出す事は出来なかった。




18:残念な徒名野郎


あれおかしいな、南戸が残念な事に
(20120317)


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