今日は天下のクリスマスイブ。 今日ばかりは普段残業ばかりのお世の父さん方も、仕事は早々にケーキやプレゼントを買って家族のもとに帰るのだろう。その所為か繁華街は殺人的に混み合っていた。 そしてそんな中で私は何故か、本当になぜか、何故だか分からないけれど真っ赤なミニスカサンタの格好をして、洒落た外装のお菓子屋さんの前でクリスマスケーキを販売している。 何故、どうしてこうなった。 記憶を遡ること数時間前、何時ものように下校しようと靴を履いた私のリュックを、いきなり晋助がガシッと掴んだ。それはもう力強く。そして「どうしたの?」そう問う間すら与えられず、半ば無理矢理このお店まで連れて来られたのだ。 意味が分からず困惑する私を良いことに、あれよあれよと話しは進んでゆき。 そして今に至る。 そう、私が似合いもしないサンタ姿で寒空の中、かなりの面積の素肌を刺さるような寒気に晒すという今。最悪というかもう泣きたい今現在6時3分に。 「おい炉依、ぼーっとすんな」 私の頭の中だけでいいからタイムラグが起こって暖かい部屋にいる感覚になれればいいなあ、なんて妄想に耽っていた私を、聞き慣れた艶っぽい晋助の声が目覚めさせてきた。 因みに晋助も私の隣でサンタの格好をしているけれど、彼のサンタコスは馬鹿みたいに色っぽくて私でさえ目を逸らしてしまう。 まず何故サンタなのに胸元が開いているんだろう。 安っぽい赤も、晋助が着ればただの色気膨張剤に成り下がっている。 無論そんなサンタクロースならぬ色香爆弾に女性が群がらない筈はなく、仕事帰りのOLさんや学校帰りの女子高生がハイエナの如く集まっていた。繁盛しまくりだ。 実際さっきからお店の店長らしき人がにやにやとこちらを伺っていた。彼から漏れているのは嬉しい悲鳴というヤツに違いない。 ただ、携帯でカメラを起動しながら近付いてくる女達の目当ては、ケーキより晋助。 それ故当然そのケーキも晋助から買いたがり、私の出る幕はほぼ0に等しいのが実情。 あーあ、イケメンて特だよなあ…。 女性達を無愛想に交わしながらケーキを売りさばく晋助を横目で見ながら、私はただケーキを袋に入れたりリボンをかけたりといった雑用に徹していた。 それにしても晋助の胸元はエロい。 * 晋助の活躍によりノルマを大きく上回ったケーキ販売の売上高を見て、鼻の下を伸ばした何とも不快にさせられる表情の店長からお疲れ様と日当を渡された頃には、もう時計は8時を回っていた。 日当は五千円。 約三時間ちょっとの仕事にしては高いけれど、休憩も何もなしに寒い中ノースリーブで立たされた事を考えたら安いと思う。 ていうかまず、何で私こんな順応して働いちゃってたんだろう。 お金は嬉しいけど生涯一度の高校二年のイヴ、こんな立ちっぱなしで労働してましたなんて馬鹿らし過ぎる。晋助を言及しないと。 そう思ってそそくさと制服に着替え、何やらお店の女性店員さんに囲まれて苦い顔をしている彼へと突進して行った。 群を成す彼女達からは女性特有の嫌な視線をぶつけられたけれど、そんなのに構っていられる程精神的な余裕もないのでそのまま晋助をキッと睨み付ける。 銀時であれば股間を蹴り上げてやっていたところだ。まあ晋助にそんな事をしようものなら、逆に私の生命が危ういから無理だけど。 「晋助ちゃんと説明してよ」 「あァ?何がだよ」 「人を攫ってバイトさせて何よ坊ちゃんだからって俺様なの何様なの晋助」 ひと思いに口に出してから気付いた。 今のは言い過ぎだったと。 事実私からの糾弾を受けた晋助の表情は少しだけにせよ不機嫌そうに歪み、今まで携帯に向けていた視線も私へと焦点を合わせてきた。 怯むな、怯むな炉依。 ここで弱腰になったら晋助の思うつぼだ我慢しなくちゃ。 心の中ではそう強気な考えを抱いたものの、やっぱり私は悲しくも弱くて薄志弱行な人間らしい。 自分の意思に反して、口からは「ああごめん言い過ぎたうわごめん」なんて焦燥感丸出しの言葉が飛び出ていった。自分がとても残念。 「でも、理由くらいは教えて」 私にもその位の権利はあるし…。 晋助の眼光に少し後込みしながらもごもご。 するとそんな私を見た晋助はみるみるうちに満足そうな表情を作り、私はそのなんかエロい手付きで外に出るぞ的なジェスチャーを送られた。 瞬時にして上がるのは「はぁぁ、」なんて二十歳も半ばであろう女性スタッフからほやほやでふやけた感嘆の溜め息で。 表情からなのか、手付きからなのかは不明だけど、晋助の色気が作用したと言うのは明らかである。 晋助フェロモン恐ろしい。 嫌だわコイツさすが絶倫。 そんなぼやけた事を考えながら、レッドカーペットを歩くハリウッドスターさながらの颯爽とした足取りで扉をくぐる晋助を追い掛ける。 カランカラン、扉の上部に取り付けられた鈴が可愛らしい音を響かせると同時に、先程以上に冷たく鋭い外気に思わず身震いした。 定番のクリスマスソングがかかる繁華街は、色とりどりのイルミネーションでキラキラ光っている。メインの通りに点在する小さなもみの木紛いが、如何にもクリスマスらしかった。 でもそんなクリスマスを晋助と二人って…。 端から見れば今私達は周りと同じようなカップルに見えるのかもしれない。 けど良く観察してほしい。 私達は腕も組んでいないし手も繋いでいない、ましてや甘い視線を交わしてなんていない。 だから恨みや妬みがこれでもかってくらいに籠もった視線をぶつけるのはよして欲しい、ええアナタ達の事ですから今すれ違った女性三人組! きっとクリスマスイブを女友達で過ごす彼女達の視線という物には、格別な意味合いが含まれているのであろうというのは分かっている。 大方「釣り合わなーい」とか小声で言い合っているんだろうそんなの分かってるけどさ。というか私達釣り合う前に付き合ってないし。 変な勘違いで見るな本当に、私だってフリーなんだぞ。 「オイ、」 「え?」 「聞いてんのか」 「ごめん聞いてなかった」 素直に、というよりあっさりと謝罪を口にすると、晋助はだるそうに舌打ちを一つ。 完璧に自分の世界に浸っていたわ私。あー危ないやだやだ末期かな。 取り敢えずもう一度ごめんと謝りながら、大股で歩く晋助に歩調を合わせようとせかせか足を動かした。くそう、普通こういうの女の子のペースに合わせてくれるんじゃないのかな。 やっぱ晋助坊ちゃんだ。 立ち居振る舞いがエロい坊ちゃん。 「なに?何の話?」 「今日お前を連れてった理由だよ」 「あ、それ聞きたい」 「話聞かねェクセにか」 「聞くから聞くから話せって晋助」 まるで中年親父のように(自覚はしている)晋助の広い背中をぽんぽんと叩いて催促する。 隻眼のエロリスト…つまり晋助は、一瞬いらっとした表情を見せたものの、どこか諦めたような雰囲気で口を開いた。哀愁漂ってるね、なんて茶々を入れたら殺されるだろうか。 晋助が言うには、何でも彼の叔父に良い日雇いバイトがあるからやってくれと頼まれたのがケーキ販売(但し寒空の下)のこの仕事らしい。 そして誰か根性は有るけれど色気はない女の子を連れて来てくれたら日当を倍にすると、そうも言われて私を人攫い顔負けの強引さで引っ張っていったと。そういう訳らしい。 私としてはいい迷惑だ。 その上なに、暗に私は根性があって色気が無いって事か。そう言いたいのか馬鹿野郎。 晋助の色気が凄まじい手前そんな胸の内を吐き出す事は我慢しなくてはならなかった私に、ご丁寧にも追い討ちを掛けてきて下さったのは矢張り晋助の言葉で。 条件に合うのが炉依しか思い付かなくてな、だってさ。何この敗北感。どこにぶつけたらいいの。 怒りというよりは情けなさにわななく体を必死に動かして、晋助の隣をよろよろっと歩く。ああ、今年はサンタさん来ないかなあ。 「明日はヅラの家でパーティーだね」 「そうだな」 「晋助も来るでしょ?」 「…さてなァ」 「あ、彼女さんと過ごすのか」 「女なんざいねーよ」 浅薄とも取れるような笑みを浮かべてそう言葉を紡ぐ晋助に、内心、ほんのちょっとだけどきりとした自分がいた。本当に少しだけだからね。 万が一頬が赤くなってしまった時の為に、マフラーをぐっと上に引っ張り口元から頬にかけて覆う。防寒にも丁度いいやと落ち着いた。 「じゃあ来る?」 「あァ、行く」 「良かった、プレゼント交換やるって息巻いてたもんヅラ」 「…は?」 「あ、晋助もしかしてプレゼント買ってないとか」 確信を持った質問は勿論当たり、用意してる訳ねーだろ、晋助の低くて艶やかな声が響いた。 「じゃあどうする?今でも開いてるお店あるかな」と思案しながらてくてく歩く。 晋助は何時の間にか私に歩調を合わせてくれていたらしく、今や完璧に私の歩くペースだった。なんだ、優しいとこあるじゃん。 「分かんねえけど付き合えや」 「いやん晋助、付き合えって告白?」 「お前に告白すんなら豚にする」 「酷い、晋助酷薄だあ、こくはく」 「……馬鹿だろお前」 時は8時五十分。 キラキラ光るイルミネーションに囲まれて、私達はプレゼント探しをする事になったのだった。 15:色気がクリティカルヒット 次回はクリスマスパーチー (20120203) |