「あああ!忘れてた…!」
「あァ?何だよ炉依うるせーな」
「忘れてた、やばいよ銀時」
「何がだよ」
「今日、服装検査だ」



口にした瞬間に、ズシンと精神的な重い岩みたいな物が銀時の頭の上に落ちたのが雰囲気から見て取れた。

あああ、と私と同じ様な呻きを上げた銀時を一瞥した後に自分の爪へと目を向ければ、冬らしい寒色系のブルーのマニキュアが爪を彩っている。うわ、今日リムーバー持ってたっけ。

あまりのショックの大きさに覚束無い手付きでリュックの中をガサゴソと漁ってみる。
残念な事に化粧ポーチにもリュックの内ポケットにも除光液の姿は見つからず、代わりに深い深い溜め息が出てきた。


しかもなお悪いことがある。
何時も検査の日は薄化粧にして誤魔化すのだけれど、服装検査なんて気怠い四文字は欠片さえ頭の中に無かった為普段化粧をしてきてしまったのだ。

服装検査は帰り際、つまり今から約二十分後。今受けている気怠い古典の授業を終えたら直ぐにでも始まるだろう。

どうしよう、もう逃げられもしない。
なんせ服装検査をする時の先生というのはとてもしつこく生き生きしていて、逃げようと思っても昇降口あたりで強制送還されるのが関の山。因みに誤解しないで欲しい、これは体験談ではない。


完璧終わったな、私。
やるせなさを息を吐き出す事で紛らわそうとしたものの全く効果は表れず、そればかりか隣の席の銀髪と溜め息がシンクロという偶然が起こって余計虚しさが増してしまう。

お前もかと右を向けば、私の視界には銀時が光を逐一反射しそうな銀糸を抱えるように頭を押さえているのが嫌でも入ってきた。
たぶん彼も服装検査の事を考えて沈んでいるのだろう。

銀時はその銀髪故に、この手の検査を無事パス出来た試しはない。取り敢えず私が見る限りは一度も。

銀時は地毛なのになあ。
本人も何時もこれは地毛だと先生に訴えているけれど、所詮は大した芸もない一生徒、全く相手にされないのが彼の現状だった。

こればかりは同情しようと思う。
銀時って大変だなあ。

因みに晋助もヅラも辰馬も検査を通り抜けた姿を目にした事はない。まあこの三人は言わずもがななんだけれど。いや、銀時も仕方ないっちゃ仕方ないけど。

けど、私は違う。私だけは違った筈なのに、本当に不覚だ。

古典の教師が面白みの欠片もない、偉そうな内容の漢文を単調につらつらと読み上げているのを副音声にしつつ、何時もよりみんなの容姿が落ち着いている事に底知れない疎外感を感じた。




そして時間は止まる事を知らず、きっかり二十分後には出来る事なら耳を塞いで遮断したくなるようなチャイムの音が教室に鳴り響いた訳で。あーあ、きちゃった。


鬱な気持ちを抱えながら放漫な動作で机に突っ伏した私の鼓膜を、古典教師と入れ替わるように入ってきた担任の足音と「よし始めるぞー」という低い声が震わせる。

久々の服装検査だからかテンションが上がっているらしく、今朝のショートホームルームの時より心なしか声音が高い事にとてもイラッとさせられた。

いつも自分が生徒からコケにされているからって、こういう場所で仕返しするなんて。教師の風上にもおけない。というか貴重な毛髪抜いてやりたい。


私の怨念を込めた視線にも気付かず、担任はお前ら早く並べよと私達を教室の後方に追い立てる。

仕方なしに重い腰を上げた私とは対照的に、ヅラと辰馬はまるで遠足出発前かのようにキャッキャと笑いながら列に並ぶのだから馬鹿としか言いようがない。若しくはあれだな、阿呆。

実際二人は周りのクラスメートから、嘲るような、決して心地いいとは言い難い視線を浴びていた。

きっと、いや確実にヅラ達のような変に強靭なメンタルボックスを持っていなければ耐えられないだろう。強いっていいね。

何だか泣きたくなるよ、なんて可笑しな事を考えながら、如何にもという感じでかったるいオーラを纏う晋助の隣に滑り込み順番を待つことにした私。

反対側の晋助の隣には銀時、その向こうに辰馬ヅラと続く危険地帯の最後尾だ。

何故そんな場所にわざわざ入り込んだのかと言うと、理由は簡単。
前四人のあからさまな違反に気を取られて、私の事はうっかり見落としてくれるのではと考えたからだ。

いや、別に分かってはいる。
そんなのは気休めにしかすぎないじゃん、というのは。それでも万が一を羨望してしまうんだからどうしようもないだろう。

願わくば、担任が晋助に気を取られますように。


古典の授業中にガリガリと削った為、右手の人差し指だけ無様に剥がれかけたマニキュアを見詰めて祈る今の私は、浅ましいと言われても言い返せない。

あとでここだけ塗り直さなきゃなあ、そう考えたらそこはかとなく切なくなった。

柄にもなくセンチメンタルに浸っている間にも、担任は禿かけのおでこを光らせて生徒達を入念にチェックしていく訳で。一人、また一人と私の順番のカウントダウンも進んでいく。
私まであと七人、六人、五人…――。


とうとうヅラまで来てしまった。
因みに私の見えた範疇ではまだ検査に引っ掛かった者はクラスでもギャル系の…あの岡野さん達のグループの四人だけだ。みんな上手い具合に工作しやがって。

やさぐれた感情を持て余しつつ、ドキドキと言った面持ちで担任からの視線を浴びているヅラを見守らんと顔を横に向けた。そんな緊張したって結果は見え見えなのになあ。



「はい桂長髪でアウトなー」
「なっ…!それは酷いです先生!」
「あ?男子の長髪は駄目だって言ってんだろ毎回」
「そんなぁ…、」
「お前は残ってろ、じゃあ次」

「アッハッハ!残念じゃのう桂」
「坂本も違反だな、残れ」
「アッハハ!嘘言っちゃいかんぜよ」
「サングラス違反だって何回言わせんだお前は」
「アッハッハッハッハ!」



私には到底理解できない笑いを満面に押し出し、相反して肩をがくりと落とすヅラと共に自分の席へと戻って行く辰馬。

ここまでは予想通りだ、予想通り。
だってあいつ等何回引っ掛かっても直さないんだもん。それどころか注意された事も忘れて自信満々で挑むんだもん。

たぶん二人は明日になれば今日と変ぬ馬鹿面(それ以外なんと表現出来るのだろう)で底抜けに明るい挨拶をかますに違いあるまい。全く羨ましいくらいに楽天的な脳だ。

ああそれよりどうしよう、私までもうあと二人じゃないか。出来ることなら私は貝にはなりたくないけど空気になりたい。あれ何言ってんだ自分。



「次は坂田かアウトだな」
「ちょ、間髪くれー入れろやァ!」
「見なくても分かる、銀髪にパーマネントだろお前」
「両方生まれつきだコノヤロー」
「今時銀髪なんて漫画のキャラクターくらいだぞ坂田恥を知れ」
「あんたは話を聞けよォォオ」



血管が浮き出るのではと思うくらいに大声で叫ぶ銀時だけれど、そんなモノがこの中年教師に効くわけもなく。
お前潔さも大切だぞ、なんて適当にも程があるアドバイスを受けた後に席へと押し返されるだけで終わってしまっていた。

只でさえ普段から死んだ魚のような銀時の目が更に死んでいる事に思わず笑いが込み上げてきた事は、流石に可哀想だから言わないでおこう。


「んな泣きそうな顔すんな坂田」

そんな無遠慮な担任の一言は言うまでもなく銀時の背中に突き刺さったようで、後ろ姿なのに悲しそうな顔をしているのがはっきり分かる。明日あいつは精神的理由で学校を休むんじゃないかと少しだけ心配になった。

勿論そんな銀時のブロークンハートなぞを担任が気にする筈もない訳で、気付けばもう彼は既に晋助の前に達自分より長身の問題児を舐めるように見ていた。

晋助によくそんな事出来るよなあ。
私だったら絶対無理だわなんてぼやぼやと思いつつ、当の晋助の表情をちらと伺う。
てっきり嫌そうな顔をしていると思ったのに、何故か無表情を貫いていた晋助に驚かなかったと言ったら嘘になる。


「あー…高杉な、お前も駄目だ」


どうやら担任も晋助のあまりの無表情に少し尻込みしたらしい。何となく遠慮した物言いだった。ざまあみろ。



「あァ?どこがいけねェ」
「ピアスと着崩し…駄目だよな?」
「駄目じゃねーと言ったら?」
「いや、駄目ー…なんだなコレが」
「……あ?」
「すまん!すまんが席に戻れ高杉」



大勢の生徒の目の前で低姿勢で謝るという醜態を晒した担任に満足したらしい晋助は、女生徒が思わず見入ってしまいそうなニヒルな笑みを零し悠々と席へと戻っていく。担任ほんとざまあ。晋助ナイス。

でも晋助が笑った瞬間に女子から上がった黄色い悲鳴は頂けない。あんな厨二風包帯男の何がいいって言うんだろう。色気が有り余ってるだけじゃないか。


そんな気の抜けた事を考えている場合じゃないと、ハッと思い出したのは担任が私の名前を呼んだから。

晋助に気を取られてたけど、遂にきちゃった。
お願い先生もう禿とか陰口叩かないから見逃して、その退け腰持続してくださいお願いします。



「次は佐伯か」
「は、はい」
「…ん?」
「はい!?」
「お前化粧してんな?しかも爪も派手じゃないか、アウトだアウト、残れ」
「…うぅ」
「ホラ席戻れ、全く佐伯も違反とは」


やっぱり奇跡なんて起こらないのか、神様ってドケチ。
シュンとして唇を尖らせるなんていう女子っぽい仕草(念の為言っておくけど無意識)をすると、耳慣れた笑い声が私の鼓膜を擽った。

ん?と擬音付きでチラッと銀時達を見やると、そこには私の仕草がツボに入ったようで爆笑し腹を抱える馬鹿が約四名。

ムカつくし呆れるし何も言えない。今日って厄日だっけ?


まあ兎に角、結果私達は仲良く五人で、書く必要性が見つからない反省文を書くことなってしまったのだ。


そしてこれは余談だけれど、検査に引っ掛かった腹いせか銀時の野郎が私の淡いブルーのマニキュアを見てドラえ○んだとかほざきやがった為、彼の鳩尾に膝をクリーンヒットさせてやった。

ふん、もう絶対にこの色は学校には塗ってかないんだから。




14:悪魔と呼んでいいですね



担任も高杉もみんな悪魔(^q^)
(20120128)


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