鍋の季節、いつの間にやらそう呼ばれるシーズンになっていた。

おでんに水炊きにキムチ鍋、きりたんぽ鍋やちゃんこ鍋。
十二月の肌を切るような冷たさに対抗しうるような温かい鍋のレパートリーは尽きる事がないように見える。
それは日本人が皆総じて鍋が好きだからなのだろう。

無論私もその内の一人。
鍋は心も体も温まるから好きだ。



「俺の育てた肉食うんじゃねぇよ高杉ィィイ!」
「アッハッハ、豚肉は旨いのぅ!」
「何を言う、これは牛肉だ」
「あ゙、それも俺の陣地の肉だヅラ」
「いや違う、コレは俺のお肉だ」
「何がお肉だよクソロン毛、俺の肉食うってんなら相手すんぜ?」
「ふっ、望むとろこだ」
「表出やがれェェエ!」



前言撤回したい。
鍋は「まともな人達」と食べると、心も体も温まるから好きだ。


ご覧の通り私達五人は今、晋助の家で鍋を囲んでいる。
期末テスト無事終了という名目で、奇跡の保健で92点を叩き出した銀時によって発案されたこの鍋パーティー。

晋助のお母さんが気前よく和牛やら地鶏やら高級食材をはじめ色々な肉と野菜を買ってきてくれたお陰で、私達は一文も失うことなく温かい醤油ベースの鍋にありつけている。

金欠高校生にとってはとても有り難い。鍋もかなり美味しい。

…けど、けど。
このテストからの開放感の所為で、通常運転に戻るどころかハイテンションになっている四人…いや、三人と鍋というのは無謀だった。

何たって五月蝿くてかなわない。
肉を育てるとか、お前は焼き肉やすき焼きと間違えてるんじゃないかという私のツッコミがかき消されるくらい騒々しい。

何だか晋助のご両親に申し訳ない。
いつも溜まり場にしてしまってすみません、とご両親に声に出さずに謝罪しつつも鍋に箸を伸ばして白菜を取る。

因みに目の前で肉肉叫んでいる馬鹿は無視する事にした。
あんなの偶々電車で向かい側に座った、無駄にはしゃいでる小学生だと思えばいいんだよ。うん、それで乗り切ろう。


人知れず頷いていた私だけれど、ふと視線を感じて直感的に右を向くと晋助と包帯越しに目があった。

彼は何故か、とても何か言いたげに私を見ている。何だろう、私の顔になんか付いてるっけ。



「なに晋助」
「コレ、」
「は?何故に空の器?」
「食うモン無くなった」
「何言ってんのあるじゃん」
「皿ん中にねーだろ」
「…だから?」
「入れろ」



漫然とした態度で「鶏肉は要らねえ牛肉多めな」とのたまった晋助に、思わず箸で目潰ししてやろうか等という有り得もしない考えが浮かんだ。

なんだコイツ何様?
おぼっちゃまくんも大概にしてよ。

口に出すと多分殺される(精神的に)であろう台詞はやっとのことで胸の中に押し止めて、乾いた笑顔で晋助に一瞥をくれてやる。

言っておくと、別に乾いた笑顔にしようと思った訳ではない。自然に出てしまっただけだ、自然て怖い。

でもそんな私のパサパサに乾燥した笑顔を見てもなお、当の晋助は顔色一つ変えずにのうのうと烏龍茶を啜っていて、正直苛々が原因で脳細胞が死滅するかと思った。

仕方なしに晋助の器に肉やら野菜やらを入れてやろうと身を乗り出すと、晋助が勝ち誇ったように鼻で笑うのが確かに聞こえた。何従順にしてしまったんだよ私は馬鹿か。

短絡的な思考しか持てない自分がとても憎い。

まるで私が良いように使われているみたいじゃないか。…いや、実際そうなのかもしれないけれど。



「おい炉依テメェ、」


何だかやるせなくなってしまって息を深く吐き出しながらせっせと仕事をしていた私の割り箸が、銀時の一声によって動きを止める。

普段銀時の言葉には私が行動を止めるような強い抑止力はない筈なんだけれど、今の彼は反射のように素早く動きをストップさせるくらいに鋭く語気が荒かった。



「何?私なんかした?」
「とぼけんじゃねーよ、それは俺の育てようとしてる肉なんだよ」
「…は?もっかい言って?」
「その肉は俺が先に目ェ付けたから俺のなの!」



全身の力が抜けた。
ついでに張り詰めていた神経までゆるゆるに緩んでいく感覚に襲われて、何だか笑うしかなくなった。

久しぶりにあんな強い目をしていると思ったら…。

理由が阿呆らしくて、何故か無性に普段コイツらと連んでいる自分を誉めてあげたくなってしまう。
ああ、私って偉い、強い子だ。


乾いた笑みを張り付かせながら、銀時の言葉は無視して彼曰く「俺の育てた肉」をひょいひょいと群青色の器に入れていく。

無論銀時からは蔑むような視線をぶつけられたけれど、これは銀時じゃなくて北海道あたりの酪農家のおじさんが育てたんだよ馬鹿だなあ、という憐憫を込めた表情でスルーした。



「はい晋助、」
「オウ、悪ぃな」
「おい待て炉依、俺になんか言うことねーのかよ」
「え…銀時に言う?何を?」
「テメ…俺と肉に呪われろ」
「あー無理、銀時の呪い弱そうだし。というか、気を抜けば獲物が持っていかれる」


鍋って本来そういうモノじゃない?
続けて偉そうに言うと、銀時は返す言葉が見つからないようで悔しそうに眉根を寄せた。勝った。


私の言った事は屁理屈かもしれないけれど、でもあながち間違ってもいないと思う。

だって鍋は戦争。
だから鍋奉行なんて可笑しな人種が出てきたんだと思うし。

きっと鍋奉行なんてのを主張する人は、自分が鍋で良い具を食べられずにやきもきした経験があるに決まってる。それで、自分が最初から鍋の主導権を握ってしまおうと、その為には鍋に精通しているような顔をして取り箸を手中に収めてしまおうと考え出したんだろう。

全く、人間、特に日本人てものは面白い。
鍋奉行がいたならその人のルールに従わなくちゃいけないだなんて、誰も言ってはいないのに大人しくホイホイ言われた通りにするのだから。

よく言えば素直、悪く言えば流されやすいと言うところだろうか。


一人脳内で考えを巡らせるのも程々にして顔を上げれば、驚異的な切り替えの速さで気を取り直したらしい銀時が美味しそうに牛肉を頬張っていた。



「やっぱ鍋は旨ェよな、ヅラァ」
「ああ、体が芯から暖まる」
「何しみじみ言ってんの?オッサンみたい」
「アッハッハ!確かにおんしらじじ臭いのぅ!」
「辰馬も口拭わないと馬鹿臭いよ」



もっと行儀よく食べて欲しいという切実な思いを込めて言っても、辰馬には全く効かず、ティッシュを取るために伸ばした腕の袖が器に付くという愚行をしてから口周りを拭く辰馬。

馬鹿馬鹿しいを通り越して面白い。
やっぱり辰馬、おもしろいんだよなぁ。

なんて少し変な事を考えていると、一人大人しく銀時を言いくるめて獲得した牛肉を食べていた晋助が徐に口を開いた。
その表情が心なしかニヤリと口角がつり上がっているように思えて、何故か私の背筋が寒くなる。



「そう言やあ銀時、お前どーやって保健で90点代なんざ取ったんだよ」
「そりゃ勉強に決まってんだろ?」
「ほぉ、炉依と秘密の勉強か」
「なっ…何バカな事言ってんの晋助、そんな事してないから!」



上手く意味を噛み砕けないのか、ぽかんとする銀時が答えるより早く、とんでもない事を言い出した晋助に向かって弾丸のように否定の言葉を飛ばす。

なにこの人、絶対確信犯だろ。
絶対私とか銀時の反応見て楽しもうとしてるだけだろ。

現に、ようやく晋助の言わんとしていた事を理解したような銀色の髪を持つ彼は、ヅラと辰馬からの容赦ない不躾な視線にしどろもどろと言った風に呻いているだけ。

これなら幼稚園児の方がまだ使い物になる。そう思うのも必然だろう。



「炉依はそう言うが銀時はだんまりだぜ?」
「そんなの関係ないでしょ!」
「銀時は否定してねーって事だろ」
「ちーがーう!てか何頬染めてんのバカ白髪!ヅラと辰馬は煽るなボケ!」



力任せに叫ぶ。
室内に響く声と連動してかは良く分からないけれど、銀時の顔がひくひくと引きつっていた。本当に使い物にならない。最低だこの銀髪。

取り敢えず全力否定の為に側にあった正方形のクッションを潰す勢いで抱き締める。

落ち着く為にとした筈のその動作は、私が恥ずかしいのを隠そうとしたと見事に勘違いした馬鹿共が茶々を入れてきた事によってかえって気持ちが高ぶってしまった。なんでこうも物事が上手く転がらないのだろう、甚だ疑問だ。



「だから、銀時とどうこうなる訳ないでしょ?」
「分かんねーなァ、そりゃ」
「我々にも聞く権利があるだろう」
「大人の階段じゃきぃ!」

「あんたら三人、身長順に大切な玉潰すよ?」


あ、この台詞女子失格だ。
自分でそう気付いた頃にはもう、時すでに遅しというヤツで。

目の前でアバズレ発言だとか全く持って心外な事を囃し立てられる始末となってしまった。

もう本当にムカつく。
包帯野郎とロン毛野郎と馬鹿野郎、あと白髪野郎も。


みんな皆後で一人ずつ制裁してやろうなんて、バイオレンスな事を頭の片隅で決意しながらも、私の脳内の大部分ではふと浮かんできたある疑問について考えていた。
そう、それは確信に近い疑問。



「てかさ…、銀時って童貞?」


思わず出てしまった疑問。

その答えは、瞬時に他三人が大爆笑した事、そして普段白銀に輝く銀時の髪が、赤く染まるのではという程に彼が赤面した事によって容易に想像できた。

…なんかごめん、銀時。




13:ぱん!パン!pan!




坂田くんを童貞設定にするか否か、小一時間悩みました。タイトルェ…。

(20120120)


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