うとうと。
何だか体がふわふわ浮いている感覚が、とても心地よかった。

ああこれがあるから人間はうたた寝をするんだろうなあ。
一人で勝手に納得してこくりこくりと頷くのは、果たして心からの同意なのか眠くて首が動くだけなのか。

それすらも判別がつかない微睡みの中は酷く体も思考も軽くて、ずっとこのまま惰眠を貪っていたいなんて自堕落な考えをもたらすには十分だった。

もう起きたくない。
というかもう誰も私を起こさないで欲しい、私はこんなにも居心地良い場所にいるんだから…――。



「おい!炉依起きろ!」
「んう、………チッ、」
「オイ折角銀時君が起こしてやったのに何だその態度は」
「……白髪爆発しろ」



いらいら。
先程までの柔らかな気持ちは瞬く間に掻き消え、変わりに眠りから引き戻された事への苛立ちが湧いてきた。

とろとろと眠い目を擦りつつもう一度舌打ちをすると、小さい音だったにも関わらず銀時の額にきゅっとシワが寄る。全くコイツは聞こえなくて良い事だけは聞き逃さないんだから。ほんと雲みたいに掴めない。



「まーまーそんな怒んないでよ」
「お前がテスト前日に寝てっから起こしてやったんだぞ」
「ふぁ…ごめんて、」
「気持ち入ってねーなァ」
「んー…、いま何時…?」



だんだんと冴えてくる思考を動かす私の側で案外真面目にワークと格闘している銀時に聞くと、すぐさま「四時くれェ?」という信憑性のない答えが返ってきた。

ぱかりと音を立て携帯を開ければ私の目に飛び込んできたのはPM4:25というブロック体。
全然違うじゃん、という大した力もない叱咤は銀時には到底届かなかったようで、ただポツリと晋助の部屋に浮かんだだけで終わる。


そういえば私、勉強会でついついうたた寝しちゃったんだっけ。じゃあここは晋助の部屋か。でも晋助はいないみたいだ。

不思議に思って、目を瞑る前とは違い仄かなオレンジに色付いた部屋を見回す。

テーブルの向こう側で雑魚寝しているヅラと辰馬、何も映さず黒く光る32インチの液晶テレビ、乱雑にベッドの上に散らばる教科書や参考書。

私の目に写るのはそんなものばかりで、探している晋助は欠片すら見つかりそうになかった。まあ見付けてどうすんだという話だけれど、でもどうしても気にはなる訳で。



「ねえ晋助は?」
「あ?高杉ィ?」
「うん。どっか行ったの?」
「あァ。なんかコンビニ行くっつって十分前くれェに」



それがどうしたとでも言いたげな表情の銀時に、そっか、とかなり淡白な返事を投げ返した。
私としては銀時をないがしろにしている訳では全くもってないのだけれど、どうやら精神年齢小学生の彼は違ったらしい。

何だか不服そうに頬袋を膨らませてこっちを見つめる白髪がいた。

変顔とも取れるような、可愛いとは無縁のその表情に思わず吹き出してしまいそうになるのを必死に堪える。

多分彼自身はぶりっこの女の子の真似でもして今自分がどんなに構って欲しいかアピールしているんだろうけど、その様は滑稽としか言いようがなかった。似合わない事するなって話。



「銀時その顔バグった?」
「お前高杉との扱いの差酷くね?」
「扱いに差なんてないよ銀時君」
「ンだよ銀時君て、銀時様ならいいけどよォ」
「白髪如きが我が儘言うな。大体ちゃんと勉強してんの?」



眉根を寄せて精一杯怪訝な表情を作りながら聞けば、見りゃわかんだろと顔面に書いてしまうんではないかというドヤ顔で、銀時は自分の手元にある冊子を指差した。どうやらワークらしい。

へえ銀時もひとりでに勉強する事があるんだ、新発見。そう感心しながら彼の手元を覗き込んだ。



「赤シートまで使って、やり込むね」
「だろ?俺だってやれば出来る子」
「うん……でも保健だけど」



そう、銀時の開いていたワークの教科は保健。
しかも沢山ある保健のジャンルの中でも、何故かその…性関係の単元のページを。

期待を見事に裏切られた感と、やっぱりそうかという呆れた気持ちとが混ざり合った末、私の顔は銀時が笑い出すくらいに微妙なものへと変わっていた。まあそれも仕方ないと思うけど。

いや…おかしいとは思ったよ、銀時が真面目にワークと睨めっこなんて。
赤シートを目に当てて「やべぇ血の世界だ」とかほざいてる馬鹿な男子高校生が、一人で静かに勉強できる訳ないもん。



「炉依お前保健をバカにすんなよ」
「馬鹿にはしてないけど」
「保健だってテスト科目なんだ。しかも何度でも読み返したくなる内容だぜ?」
「精神年齢の低い男子限定でね」
「勉強っつーモンはそうじゃなきゃいけねーんだよ」
「スルーか腐れ天パおい」
「は?何か言ったか?」


何この白髪糖尿野郎かなり腹立つんだけど。

特にニヤニヤして私の様子を窺ってるとことか、本当にいらっとくる。急所蹴り上げてやろうかな。おお、ナイスアイデア私。

けれどいざ銀時の大事な部分を蹴ってやろうと思った瞬間に、彼は今床に座っているという事実に気づいた。くそ、盲点だった。

でも何もしないのも気が治まらないので、苛々ついた私の表情を楽しむ馬鹿への制裁を思考回路をフル回転させて思案する。


何か銀時に大ダメージを与えられる攻撃はないものか。
そう唸るように活動していた私の脳に突如として、ごちんという何とも可愛げのない音付きで大打撃が走った。これは人間の拳の痛さだ。



「は?いったぁ…!」
「あーワリ。背がちっさくてつい」
「銀時…馬鹿にしやがって」
「あり?言葉遣い悪ぃなァ炉依、女じゃなかったっけ?」



どうやら今日は私をとことん苛つかせる趣向らしい。本当にムカつく。

せき止められない程の苛々をどう処理すべきか悶々とする私だったけれど、そこではたと気付いた。

私の頭にげんこつを落とす為、銀時が立ち上がった事に。そして今もまだ、私を楽しむように見ている事に。


今なら急所が狙える。
思うが早いか、足に思い切り力を入れたが早いか分からないくらいに早急に戦闘態勢をとる。
幸い優越感に浸りにやける銀時は私の些細な変化に気付けなかったようで、0.8秒後には彼の悲痛な叫びが部屋に響き渡った。

無論それを引き起こしたのは私の脚。銀時の聖剣(なんて言い回せばいいのかよく分からない)にきっちり狙いを合わせて蹴り上げたからだ。してやったり。



「っだああああああ!」
「あ、ごめん銀時間違えちゃった」
「ざけんなァ!俺のジョイスティックに何すんだこのクソアマァ」
「使い道のない哀れな棒に情けなんて要らないでしょ?」
「酷ぇだろそりゃ謝れよォォオ!」



当たり前だけど酷く痛むらしい局部を押さえて身悶えしながら間抜けに飛び跳ねる銀時と、完璧な形勢逆転に笑みを隠せない私。
正直急所があんなにも効くとは知らなかった。

ふふふ、と勝ち誇った笑みを零しつつも、これで私をバカにした復讐を終えるなんて勿体無いとも思う自分もいて、取り敢えず反論してやろうと口を開く。勿論、銀時に打撃を与えそうな単語を選り抜いて。あれ、もしかして私ってサド?



「謝る?それなら汚いモンに触っちゃった私の脚にも謝ってよ」
「はァァァア?」
「ほら、謝って保健の星銀時君」
「いきなりコイツすっげムカつくんですけどォ!」


ふうと息を吐き自分の右足のすねを手ではたく。

その動作すら今の銀時には結構な攻撃へと変換されるらしく、かなりショックな様子で顔を歪める銀時がいた。それにちょっと快感を得てしまう私は、やっぱりどこか少し可笑しいのかもしれない。


大人しく寝ているヅラや辰馬には一切遠慮せずに暫くギャーギャーと言い合っていると、荒い足音が階段を上がってくる音が閉まった扉越しに聞こえてきた。

階段を上る人物の正体なんて見えなくてもすぐ分かる。晋助だ。
あんな雑に音を立てて階段を登ってくるのだし、第一彼くらいしか今階段を登ってはこないだろうから。



「おい、何騒いでん…、あァ?」



乱雑に開けられた扉の所為で一瞬静まり返った自分の部屋を見て、晋助はどうやら声を失ったらしかった。彼の瞳孔が大きくなるのが見えたもの。

でもそれはそうだろう。
だって今の私達の状態は正に修羅場、言い合い掴み合いの戦いの末私がキラキラ光を反射する銀髪を引っ張り、そのままベッドの縁に押し付ける体勢だったのだから。

多分私が晋助の立場でも口を開けて呆けてしまうに違いない。

自分でも思う、何をしているんだ私たちは保健の勉強も大概にしろや、と。



「晋助、はろー」
「…何してんだお前ら」
「これは何というか炉依が悪ぃ」
「なっ、違うよ晋助!保健の勉強で興奮した馬鹿な銀時に襲われたの!」



兎に角言い訳をと口にした私の台詞は、押し付けといてよく言えんなァという晋助のニヒルな笑みによって粉々に砕けていく。


いや待って変な誤解しないで!
自分でも何故こんなに焦っているのかは分からないけれど、私は晋助への弁明に必死だった。
きっと後で何を言われるか分かったモンじゃないからだと思う…たぶん。


取り敢えず目の前で「炉依の性欲処理機にされるところだった」とか意味の分からない事を宣っている銀時にはチョップ食らわせておいてから、もう一度弁解をする為に晋助の片目を見据える。


その後私が世界史の勉強と晋助からの疑惑の籠もった視線に追い込まれた事なんて、言うまでもないだろう。





12:(色んな意味で)永遠に眠れ


(20120119)


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