「あ、炉依…っ、も 入ら、なっ」


「なに変な声出してんだキモイんだよヅラァァアア!」
「銀時うるさい、ヅラは詰め込め」



もうすぐ十二月。
クリスマスや大晦日といったイベントの五本指には確実に入るであろう月を目の前に、私達はある試練に立ち向かおうとしていた。

銀時やヅラ、勿論私ににとっても地獄と言えるこの試練…そう、期末テストという名の壁。

私や晋助はまだいいとしても、学力が壊滅的な銀時・ヅラ・辰馬は問題が有りすぎて困る。
まあ兎に角、私達は勉強会という見掛け倒しの詰め込みをしている訳だ。


何たって今日はもうテストの前日。
今日詰め込まずしていつ詰め込と言うんだろう。

幸い初日である明日の教科は現国と日本史、そして保健。文系教科そして実技教科が揃い踏みなので、暗記さえすればなんとかなる。いや、現国は暗記してもどうにもならないけれど、それでもワークさえやれば取り敢えず赤点回避は確実と言っていい。

という訳で私達は今まさに、赤点の危険性が一番高い世界史の暗記中であったりする。

最悪な事に、うちの学年の世界史教師は鬼と呼ばれている、似合いもしないオシャレ眼鏡を掛けた禿かけ(額後退型)の中年だ。

彼が鬼と呼ばれている所以。
それは定期テストであるにも関わらず、範囲が今までやった所までという生徒泣かせの問題を出題するから。無論私もそれに苦しむ一人だ。

正直一学期に覚えた筈のユスティニアヌス帝はもう記憶の彼方、覚えていることと言えば彼の肖像画が意外に間抜け面だった事くらいというのが実状だ。
いや貶してる訳じゃないんです、ごめんなさいユスティニアヌスさん。



「だぁぁあっ!もう無理俺ムリ!」


教科書と睨み合いをしつつシャーペンを走らせていると、いきなり斜め向かいに座る銀時が雄叫びを上げた。…かと思えば、今度は何故か立ち上がって部屋の中をうろうろし始める。

私達が勉強しているこのだだっ広くて生活感のない部屋の主である晋助は、とても嫌そうな面持ちでうろつく銀時を見ていた。
因みに金持ち坊ちゃんの晋助は、私を含めた四人とは違って数学の問題集なんて解いている。

余裕なこって、と小さく呟いたら聞こえてしまったらしくギロリと睨まれてしまった。あらやだこの隻眼地獄耳。



「銀時、座んなよ」
「ムリ俺もう世界史やだ」
「でも赤点だと追試だよ」
「それでも我慢ならねェ」



何で日本人なのに世界の歴史を知らなくちゃいけねーんだよ、大体社会に出てから使わねーしよォ、と彼にしては的を射た事を一人ぶつぶつ口にしながら徐にベッドに体を投げ出す銀時。

それを見た晋助の眉根に一際深いシワが刻まれた気がしなくもないけれど、厄介なので見なかった事にしようと決める。

そんな私の心情を知ってか知らずか、晋助はいきなり私のシャーペンを手に取りくるくると回し始める。詰まるところ嫌がらせだ。



「それ私使ってんの、返してよ」
「他のでやりゃあいいだろ」
「やだ。それじゃなきゃ書けない」
「書けないこたァねーよ、赤ん坊じゃあるめーし」
「そのシャーペンじゃなきゃ書く気がおきないの!」



晋助にもそういう物があるだろうと確信を込めて言った言葉はどうやら彼には無効だったようで、逆に私の言葉を皮切りにピンクのシャーペンをより速く回し始めた。

一寸の狂いもなく、すごい速さで回るピンクに少し感心してしまったけれど、今は明日に向けての勉強をしていたんだと気付いたらそんな自分を殴りたくなった。
なに凄いなあなんて考えてるんだ。


理不尽に私の愛用の文具を奪った晋助を一睨みするも、数え切れないくらいの修羅場を通ってきた晋助に私の眼力が効く筈もなく。あっさりと無視された挙げ句、悔しがる私を見てか笑いやがった。

何で私がいつもこんな風にとばっちり係にならなくちゃいけないんだろう。
今だって元はといえば全部銀時の所為なのに。銀時が晋助の部屋を勝手に物色するみたいにうろうろするからなのに。

当の原因は中々ベッドから降りず、更に多分成人誌を探しているんであろう、ベッドの下を覗き込んだりととても忙しそうにしていた。

そして銀時の行動と比例して晋助のペン回しのスピードも上がっていくんだから耐えられない。
このままエスカレートしていったら私のシャーペンは真っ二つの可能性が高い。非常に高い。

根元である銀時を一発叩いて机に引きずり戻すか、それとも何とかして晋助から取り戻すか。

数秒考えてから私は後者を選択する事にした。理由は別にない。決して一歩でも動くのが面倒臭い…ヅラが銀時に一歩渇を入れてくれないかなぁなんて思ってはいない。

晋助の男には勿体無いくらいに艶々の手の中で依然回転を止めないシャーペンをちらりと見やる。

再度確認。私はあのシャーペンじゃなきゃ何か落ち着かないの!



「そろそろ返してくれない?」
「コレ回しやすくていいな」
「あげないからね」
「別にくれたァ言ってねーよ」
「待て、話逸らすな返せ」
「お前何でも言うこと聞くんだろ?」



優越感にひたひたに浸ったお顔で放たれた言葉に、反射的に「は?」と声を上げてしまったけれど、直後に脳裏を過ぎった修学旅行での思い出によって記憶が感化される。

そう言えば私、軽はずみなホモ発言で晋助の怒りを買ったんだった。しかもついでに、一つだけ言うことを聞くとか変な約束させられたんだっけ。

修学旅行から1ヶ月以上経ってるからすっか忘れていた。何より晋助も何も言ってこなかったし。
そのまま忘れてくれても良かったのにという心の中での呟きは、何か手違いがあったようで声として体外に漏れていた。

げ、と思って晋助を恐る恐る見上げると、そこには私のよく知るキレかけの顔があり、背中にぶるりと電流が走る。

取り敢えず言い訳しようと息を吸った瞬間に、彼の低音が私へと襲い掛かってきた。これでもかって位にタイミングが悪いのは何故だろう。



「忘れる訳ねーだろ」
「そうですねすみません」
「だからお前は今文句言えねーハズだ」
「え!それだけでいいの?」



シャーペンを勝手に弄ぶのを許すだけで約束が無効になるなら、甘んじてそれを受けようと思う。
愛用とは言え八百九十円のシャーペン。それだけで良いのなら逆にお願いしたい。

…けれど、矢張りそう簡単にはいかないようで。お前は何を言ってやがんだと、私を睨み見る晋助の目が語っていた。



「それだけで良い訳あるか」
「…じゃあシャーペン返してよ」
「あァ返してやるよ」
「ていうか、命令の引き延ばし落ち着かないし、早く内容教えてよ」
「やなこった」
「はあ?」
「何事も焦らしたモン勝ちだろ?」



妖艶という単語がぴったりくるニヒルな笑みを浮かべて余裕綽々と口にする晋助は、きっと前世は悪魔か大魔王だったに違いない。じゃなきゃアレだな、自分勝手な将軍様。

ふと後ろで何時まで経っても動いた気配のない銀時を見ると、そこには如何にも安らかといった表情で惰眠を貪る彼の姿。
もう一度言う、ここは晋助の部屋で、その広々とした弾力のありそうなベッドは晋助の物である。


ああ銀時、馬鹿だな、終わったな。
そう思った瞬間に、銀時の低く唸るような声が室内に木霊した。

勿論銀時にそのような音を出させたのは、何時の間にか物音も立てずにベッドへと近付き対象物を思いっきり(予想では平手)叩いたからである。



「うぉ゙っ!?何すんだよテメっ」
「何するだと?お前の頭は豆腐か」
「豆腐じゃね、ってイテェェっ!悪かっ、たっ…て、」


防衛本能が働いたらしく頭を抱えながら晋助に謝る死んだ魚の如き目にはうっすらと涙。その涙の訳は寝起きだからだろうと信じたい。

そして銀時達の攻防を見る為後ろへと捻っていた首を戻した私は、先程白髪で天パの彼がぐうすか眠っていた事より衝撃的な物を目にした。

…そう、私の正面には眠り姫がいたんだ。
鴉の濡れ羽色というに相応しい艶やかな漆黒の髪が弛んでテーブルに落ちていて、その隙間から覗く肌は白くてたまごのような理想の肌、おまけにその奧には切れ長の綺麗な瞳が隠れているんだろう。
これを眠り姫と言わずになんていられない。

…じゃなくて、待ってヅラなんで寝てんの。

さっきまで黙々と手を動かしてた筈なのに、と一度深く溜め息を吐いてからヅラのノートを覗き込んでみる。
そこには私の予想だにしていなかった光景が浮かんでいた。

お世辞にも上手いとは言えない落書き、落書き、落書き。しかも全て髪の長い女の子の絵。


「……赤点だな」


ぼそりと呟いた私の斜め向かいで参考書と睨み合う真正馬鹿・辰馬が、そのアイデンティティであるグラサンの奥で目を瞑って眠っていた事なんて、勿論知る由もなかった。




11:さあ勉強を始めよう


スランプ気味や…
(20120113)


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