忘れてた。
見事にすっかり忘れてた。

最終日の早朝、部屋でキャリーケースを整理していた時。『それ』は私の目に躍り出るように飛び込んできた。

目がチカチカしそうなビビッドイエローの包み。
その瞬間私の脳裏を勢い良く掠めたのは、修学旅行前にあったヅラとのショッピングと彼が購入したチワワのTシャツ、それに銀色のベルト。

黄色い包みの中身はそう、坂田銀時への誕生日プレゼントだ。

急いで携帯を開いてスケジュールの画面を見る。十月十二日。何回瞬きしても変わらない数字。


ああ、終わった。やってしまった。

プレゼント渡すどころか誕生日である事すら忘れていた。誕生日おめでとうも言ってないし勿論誕生日メールも送っていない。晋助の時は誕生日パーティーしたのにそれもしてない。

やばい。この一言に尽きる。

慌ててそのまま携帯の画面をメール作成にして、ヅラに送るメッセージを自分でもびっくりするくらいの速さで打ち込む。

『銀時に誕生日プレゼント渡した?』そんな簡素な文が今の私には精一杯だった。
だってもう荷物を送る時間も差し迫っているし、何しろ混乱してるし。

送信しました、と何とも白々しい文章が画面に表示され、ヅラからの返信を待ちつつ手を動かす事数十秒。

奇跡的に何時もとは違って、神懸かったと言っても過言ではないスピードで返信が来たようで、私の携帯がブブブと震えた。
そして急ぎ見た彼からの返信内容は至って簡単なものだった。



date:10/12
from:桂小太郎
sub :Re:
――――――――――

しまったΣ(´Д`||)

ーENDー



何でだろう。
すごく簡単な文面なんだけど、何故かすごく首を絞めたくなった。

でも今はヅラが似合いもしない顔文字を使うとか、そんな事は二の次にしなくちゃならない。
表記に気を取られるな、炉依。
今はヅラから返ってきた返信を気にする時なんだから。

ヅラも誕生日を忘れていた。
即ち銀時の誕生日を祝った人は、私が知る限り皆無だということだ。

二日目は確か大阪でお好み焼きを食べた挙げ句に辰馬と迷子になった日。いくら記憶を辿っても、誰かが銀時におめでとうと言った場面は頭に浮かんでこない。

しかも晋助や辰馬が一々銀時の誕生日を覚えてるとは考えられない。
というか、晋助は覚えていても絶対自分からおめでとうとか祝わなそうだし。辰馬は論外だ。


つまりあの精神年齢小学生でいじけ虫の銀時が、誕生日を誰からも祝われる事なく過ごしたと。若しくは本人も忘れていたと。

せめて後者であれ。
そう祈りながら、底抜けに明るくて嫌になる包みを傍らにポスンと落としてみた。

少し離れたところから、部屋が一緒のボブヘアーの可愛い由美子ちゃんがどうしたのと聞いてくる。
何でもないよと言葉を繕ってから、キャリーケースのチャックを勢い良く閉じて予想以上に重い腰を上げた。






*



「ヅラあああああ!」


午後一時の京都駅集合までの自由解散。
言わずもがな私は、ヅラの隣を慎ましやかに歩いていた。

ヅラとは、この自由時間で取る予定の昼食でプレゼントをあげようじゃないかと、メールで意志疎通を図っていた為プレゼントはインザリュックだ。


何時もとさして変わらない様子で晋助と肩を並べて歩く銀時と、それを後ろから心配そうに見詰める私とヅラ。因みに辰馬は今日も元気です。

銀時は本当に何時もと変わらない様子で、何だか私達の心配が杞憂で終わりそうじゃないなんてヅラと会話を交わした位だった。

子供体質の銀時の事だから、自分の誕生日を祝ってもらえないのは耐えられないんじゃないかと思っていたけれど違うんだろうか。銀時も大人になったって事かな。

取りあえず今はいい方に解釈をして、私は昨日より少しだけ重いリュックをゆさゆさと揺らしながら銀時と晋助の背中を追い掛ける。

暫くして隣からの視線を感じてヅラの顔を見上げると、何だかえもいわれぬ表情の彼がそこにいた。

ヅラにしては珍しい顔。
変な顔…と表現するのは失礼極まりないけれど、変としか言いようがない。
そんな表情だったから、自然に頬が引きつっていく気がした。



「なあ炉依、」
「ん?何、ヅラ」
「…見事に忘れてたな」
「うん、頭の隅にも無かった」
「俺もだ。せっかく炉依に認められたTシャツを用意したのに」


いや、別に認めてはいないから。
心の中だけの呟きは、脳裏に浮かんだ、好き嫌いが分かれそうなまあるい目をしたチワワがでかでかとプリントされているTシャツによって更に強い思いへと変わっていく。

あれは無いよなあ…。
思わず出そうになる苦笑を噛み殺す。

不意に他人とは少し違った感覚を持つサラサラストレートを全力で撫でてやりたい衝動に駆られたけれど、流石にそれをしたら変人じゃないかと思い直して止めた。まあヅラを撫でたいとか考える時点で変人かもしれないけれど。



そんな感じで観光をしている間に、時間はどんどん進み、私達の歩もどんどん進み。

ついにお昼ご飯を食べようという話になり、適当な和食屋さんに入る事になった。私が気付かれぬようにヅラとアイコンタクトを取ったのは言うまでもないだろう。


如何にも和といった感じの雰囲気の良い店内の一番角のテーブル席に落ち着いた私達。

そして何分も経たずに私は気付いた。
隣のヅラが笑えるくらいにソワソワしている事に。

無論私だけでなくヅラの正面に座っている銀時もそれに気付いたらしく、私がバカと言ってヅラを揺すろうとするよりも早く、不思議そうに顔を歪めた。



「落ち着かねーなァ、ヅラ」
「そ、そんな事はない」
「いやいやソワソワしてるぜ?」
「それはあれだ、あの…」
「あ、もしかしてトイレか?」
「っそう!ちょっと尿意を催してな失礼」


冷や汗をかいていたんだろうか、走り去るヅラの額が水滴で光った気がした。

というかあの挙動不審振り。
ヅラは嘘つけないタイプだなぁとしみじみ実感しながら、置いてある温かいお手拭きで手を拭う。


何だかこうして五人で四日間も見知らぬ土地を回った事が不思議でならなかった。
去年の今頃は、高二という大切な一年をこいつらと過ごす事になるだなんて夢にも思わなかっし、思いたくもなかった。

なのに、今の私は確かに四人とふざけた毎日を送っている。所詮人生は有為転変と言ったところなんだろうか。



「なあ、炉依」
「なに銀時君」
「…今日で修旅も終わりだろ?」
「うん。だから?」
「……やっぱ何でもねぇ、」



息を吐いて手を後頭部に当てる銀時。
どうしたのという言葉は、ヅラが小走りで帰ってきた事によって私の胸に押し返される事態となった。

頼んだ料理はまだ来ないけれど、ごちゃごちゃとテーブル上が賑やかになる前に渡してしまった方がいいだろう。

そう判断した私は、ヅラに目で合図をしてからリュックのチャックをなるべく静かに開けた。



「……ねえ銀時、」
「あァ?」
「ごめんなさい」
「は?」
「俺からも言おう。すまん銀時」
「ヅラまで何だよ」


俺なんかしたか?と途端に思案顔になる銀時。

ヅラと顔を見合わせてから、すうと息を吸う。何だか今日はヅラとばっかりこちゃこちゃしてるけれど仕方無いだろう。というか仕方無いよ、うん。

晋助が意味ありげにこっちを見ているのも気にせずに、そのまま喉を震わせて声を出した。


「誕生日おめでとう、銀時」
「ハッ、まァ二日前だけどなァ」
「分かってたんなら言ってよ晋助」
「忘れていたんだ。すまん銀時」
「アッハッハ、めでたいのぅ!」

「これプレゼント…って、銀時?」


な、泣いてる…?
吃驚してまじまじと銀髪を輝かせる彼を見詰める。

見間違いなんかではなく、銀時はぐすんぐすんと涙を拭っていた。何がなんだか分からない。

呆気に取られたのは何も私だけではないようで、ヅラや晋助、更には脳天気過ぎるのが常の辰馬でさえ例外ではなかった。

和文化の良さが滲み出る静謐な室内で、みんな同じような不抜けた顔で銀時を見詰める。なんて滑稽な絵面なんだろう。
さながら風刺画だなあ、なんて呑気な事を考えつつ、白髪天パ君が口を開くのを待つ。

途中晋助の頼んだ料理を運んできた店員さんが私達のテーブルの異様な空気と真ん中で啜り泣く銀時を見て固まっていたけれど、そんな事を気にする余裕は当の彼には全く無いらしかった。


いい年してよく公衆の面前で泣けるよほんと。私だったら無理だな。変な意地張っちゃうもん。
あ、ようやく口開いた。


「わり…っ、俺、忘れられてる、とおもっ、て」


プレゼントなんか貰えねーって思ってたから。
途切れ途切れの涙声でそう言葉を紡いだ銀時に、思わず苦笑せずにはいられなかった。

どうやら彼は思いもよらないプレゼントに感動しているらしい。しかも今日までいじけて、敢えて自分からは何も言わずにいたみたいだ。

…ああ、馬鹿みたいに幼稚。
可愛いくらいに幼稚な幼馴染みだ。
つい先程銀時も大人になったなんて思ったけど前言撤回、勘違いも甚だしい。

自分の誕生日を忘れられて、いじけて何も言わずにいて、ふと予期せぬサプライズでボロ泣きなんて。これを幼児体質と言わずになんと言うのか。


泣きながらもちゃっかりとしっかりとプレゼントを受け取った銀時は、おもむろにくぐもった声音でありがとうと呟いた。

やっぱりガキかお前は…とか思ってしまった私とは違い、ありがとう攻撃を正面で受けたヅラは見事にもらい泣きをしてしまったらしく、横をちらりと見やれば涙が確認出来る。

変な雰囲気。
そう言うのが適当だと思う。
だって銀時とヅラの鼻を啜る音と、ガサガサとプレゼントを開ける音、そして既に平常運転に戻っている晋助が一人食事をする音が混ざり合っているんだから。

銀時の涙の筋があまりにも子供っぽかったのでタオルハンカチをテーブルの向こう側に放れば、それは見事に銀時が開けようと奮闘するプレゼントの上に落ちた。
私のヤツかヅラのヤツかは、二人共同じ店で買った所為で分からないけれど。


結局銀時は出された料理にも直ぐに手を付けず、一通り私達のプレゼントを鑑賞し(ヅラのチワワTシャツに顔が引きつってはいたけれど)ご満悦で微笑んでいた。

取り敢えず良かった。
釣られて笑顔になると同時に、斜め前の辰馬が割り箸の袋で何やら創作しているのを視界の端に捉える。

ああ、辰馬の事だ。
誕生日プレゼントと称してあの袋で作った何かを銀時にあげるつもりなんだろう。何だか貰う時の銀時の表情を想像したらお腹の底がむず痒くなる感覚に襲われた。


こうやって笑えるのは、きっと私達五人だから。いつめんとは言いたくないけれど、こういう全てが曖昧な関係もあっても良いだろう。

京都の片隅の綺麗な和食処で。
都合良く、そんな風に考えた。




10:有為転変とは言うけれど


(20120109)


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