「あー、舞妓さんに会いてぇ」 「昼間に歩いてる舞妓さんはほぼ体験の子らしいよ」 「まじか。俺ァホンモノがいいわ」 楽しい時間の時の経つ早さは異常だ。私はそう思う。 まあそんなこんなで修学旅行三日目、私達はついに京都に入った。 よく三日もこんな奴らとやってられるなと自分で自分を誉めたくなるのも当たり前だと思う。 なんせコイツ等、私の怒りに触れる事しかやらかさないし。 修学旅行と言っても小学二年生の遠足、しかも問題児ばかりあつめた班の引率の先生レベルだと考えている私は疲れているんだろうか。 「やっぱ会いてぇよ舞妓さん」 「なんで?そんなそそる?」 「なんか白粉舐めとってやりたい」 「………ごめん、まじ引いたわ」 今ばかりは手加減なしで引いた。 銀時がここまで変態だなんて誰が知ってるんだって話…ああ、多分晋助あたりは知ってるか。 暫く気持ち悪いを連呼しながら古都を散策している私たち。 日本屈指の観光名所だけあって見所も美味しいお店も沢山あって目移りしてしまう。 でも残念ながら、こいつらはどちらかと言うとコンビニの色が違ったりする事にはしゃいでいる様子だった。まったく情けない。 何時ものように溜め息を吐きながら可愛らしい雑貨屋さんに入る。正確に言うと渋る四人を無理矢理入れた…だけれど、たまには我が儘を通してくれたっていいじゃないかというのが私の言い分だ。 なにこの店内装もすごく可愛い。 というか和柄の小物可愛いいい! どうやら男共にはこの良さが伝わらないようで、私だけが目を輝かせて物色していた。 けど、買い物も程々に私はある事に気付いた。 し、晋助が逆ナンされてる…! お店の入り口付近で私を待っててくれていた四人の中で、何故か晋助だけが(ここ重要)ちょっとギャル系でメイクバリバリの他校生数名に囲まれている。 いや確かに晋助の色気は半端じゃないのだけれど、修学旅行でナンパされるとは。 驚きと共に何だか少しだけイラッとくる自分がいた。 だって晋助はちょっと嫌そうにあしらってるクセして彼女達を退けるような決定打は繰り出そうとしないし、周りの三人はぼーっと突っ立ってフォローなんて言葉は知らないっぽいし。 どうにも痺れを切らした私は、知らず知らずの内に得意のお節介を発動していたらしく。 気付けばまだお会計をしていないカゴを持ったまま、自動扉の外側に飛び出していた。でも出てからすぐに流石にヤバいと思って、カゴだけ店内の入口にそっと置いておく。 私ってなんか中途半端。 お節介で中途半端ってどうよ、なんて突然の私の登場に固まったその場の雰囲気にはそぐわない事を頭の中で自問自答しつつ、目の前で誰だお前オーラ全開の女の子達をしかと見据えた。さっき化粧直しといて良かった。 「何?アンタ誰?高杉君の彼女?」 あらあらこの隻眼は名前教えちゃったんですか。 私を思い切り睨み付けてくる彼女達の念の籠もった視線は流しつつ、晋助に目でどうすんの的な事を訴えたけれど肩を竦められるだけ。 彼女ってギャグかよ、とか内心ツッコミを入れつつ、すうと息を吸った。 「高杉君は止めた方がいいですよ」 「やっぱアンタ彼女?」 「まさか!」 「じゃあ邪魔しないでくれます?」 「でも高杉って少し難ありで…」 「は…?」 芝居懸かった口調で少し声を潜めてそう言うと、彼女達からは多少の食いつきがあった。 その中でも主格みたいな金髪赤メッシュの子が何よそれ高杉君完璧じゃん、と反論してくれる。 ごめんね晋助。 取り敢えず胸中でだけ先に謝ってから、私はまた口を開くが為に肺に息を貯めた。 「言い難いんだけど、高杉は実はホモなんです…」 「え!?うそマジでぇ?」 脈ナシじゃーん、と一斉に顔をくしゃりと歪めたギャルさん方。 横でこめかみをピクピクさせるものの何も言ってこない晋助に安堵の息を吐きながら深刻そうな顔をして頷くと、興が醒めたらしい彼女達はかったるそうな足取りで通りに出て行った。 言わずもがな、晋助の隣に並ぶ三人は肩を震わせ笑いを押し殺している。 彼女達の背中が完璧に見えなくなってから、「あはは…晋助、ごめん」と申し訳程度の謝罪を入れると、片目でギロリと睨まれた。 うわ、怒ってらっしゃる。 当たり前だけど確実に殺される。 そう素早く察知した私は、自分の身の保身を第一に考えてびっくりする速さで再びお店の中へと駆け込む。 後ろから銀時のヤツが大爆笑している声がガラス越しに伝わってくるけど無視。とりあえず無視。 だからごめんって先に謝ったのに。 なんて自分にしか通用しない言い訳を展開しつつ、私はまだ放置されていたカゴをしずしずとレジに持っていった。 * 「ごめんって晋助、」 三時のおやつの時間に美味しさで有名な抹茶パフェのある茶寮で。 この上なく素敵な雰囲気なのに私達の中には約一名、物凄く険しい顔をして一人だけお茶を啜っている人物がいた。 全く、見知らずの女の子を撃退する為にやった事なんだからそんな怒らなくてもいいと思う。 というか逆に感謝されても良いんじゃないのだろうか。 だって私は確実に使えない他三名よりはいい働きをした訳だし、実際女の子も追い払えたし今だって私が晋助のお茶代を払う予定なんだし。 パクパクと嬉しそうにパフェを頬張る銀時に今一度小さくため息を零しながら目の前の晋助を窺い見る。 何度謝っても機嫌を直してくれないので、もうどうすればいいか分からなかった。 なんせ晋助は銀時のように甘味でころりと機嫌を直す訳でもないし、ヅラや辰馬のように私が言いくるめられる程頭のネジが緩んではいない。寧ろ私より断然切れ者だ。 だからもう、晋助が何をしたら機嫌を直すのか皆目見当がつかないんだ。 もう機嫌悪い儘でもいいかな…。 そんな諦めが過ぎったその瞬間に、晋助の吸い込まれそうに真っ赤な瞳が私の至って普通のそれを捉えた。 どくん。 そんな音が私の中でだけ爆ぜた気がしたけれど、そんな筈はない有り得ないという気持ちで何とかその音を掻き消す。 視線を逸らしたら負けだという変なプライドが私を邪魔する事約五秒。 不意に晋助は私の瞳を解放するかのように視線を外し、私が自分の勝利を噛み締めている間に一言、「許してやるよ」という神のお言葉を吐いた。 晋助にしては珍しいと引っ掛かる事が無かったと言えば嘘になるけれど、晋助がいつも通りに戻ってくれる事に浮かれた私はさしてその疑問を吟味する必要もないだろうと判断する。兎に角良かった。 「ほんと?本当に許す?」 「あァ、……ただし」 「え、条件付き?」 「当たり前だろ。嫌なのか?」 「…嫌ですが、」 隣の白髪から彼が忙しく食している特大抹茶パフェのクリームが飛んできたので紙ナプキンで拭きながら、晋助の一挙手一投足を窺うようにちらちらと見やる。 こういう風に言質を取った時の晋助は何を言い出すか分からない。 それは小さい頃に学んだことで、例えばまだ小学生の時に晋助の足を引っ掛けてしまった時に「一個命令を聞いたら許してやる」という彼にしては寛大な処置に頷いた私は、なんと命令と称して庭のバッタを食べさられる危機に陥ったのだ。 幸い晋助のお母さんが止めてくれたから食べる事はなかったけれど、今でもあの衝撃は忘れられない。それと私に命令した時の晋助の目も。 私にとっては結構トラウマだったりする訳だ。 過去の嫌な思い出がフラッシュバックしてしまった私は、少し体を強ばらせて晋助を見詰める。 どうしよう、どうしよう。 晋助に機嫌を直して欲しいし、何よりここで断って更に機嫌を悪くさせるのは嫌だし。かと言って変な命令だったらまた泣いちゃうし。 どうすればいいんだろう。 やだ、今もちょっと泣きそう。 ぐるぐる頭の中で考えている私の視界の隅っこに、過去のバッタ事件(私命名)の成り行きを知っているヅラのちょっと心配そうな顔が写る。 ヅラは私が少しだけ晋助に畏怖の情を抱いている事も知っている。 だからこそ心配してくれるのだけれど、今だけはその優しさが余計に私を迷わせるというか…。 だけれど、その次の瞬間には私は答えを決めた。 何故かって、隣の馬鹿白髪のヤツが話の流れなんか関係なしにパフェの追加注文なんかをしたからだ。 あれ可笑しいな銀時も事件の事覚えてる筈なのに。 脳天気過ぎてイラッときたのと同時に、悩んでも仕方ないなと腹を決める引き金となった銀時を、取り敢えず私は一発叩いておく。 隣からの文句はシャットアウトして、晋助に向かって分かったと答えた。 「で、条件って?」 「俺の命名を一つ聞け」 「、ひっ…」 「別にバッタは食わせねェよ」 過去とシンクロする答えに思わず息を呑むと、晋助は呆れを交えたような笑みでそう言った。いやバッタ食わせるとか言うんだったら、晋助の機嫌が最悪になろうが何だろうが断るけど。 というか私、最初は晋助を助けたつもりだったんだけどなあ。 軽はずみなホモ発言が今の事態を招いたのだから、何時間か前の自分が恨めしくて仕方なかった。 「分かった。…で?」 「あ?」 「何をすればいいの私」 「まだ決めてねェな」 本当に高校生かと疑いたくなるようなニヒルな笑みと共に言い放った晋助。 何を命令されるのかという一抹の不安は残ったものの、晋助の態度が柔らかいモノへと戻ってくれたので取り敢えずは良しとする以外はないだろうと考えた。 隣を見れば、追加分のパフェを馬鹿みたいに食べる銀時がいて。 何だかそれが凄く和むかも、なんて思ってしまった私はこの時まだ気づいていなかった。 私、いや私達は、ある大切な事を見落としていた事に。 「あ、お姉さーん、パフェ追加お願いします。クリーム多めで」 9:抹茶味のとばっちり ※高杉の瞳は漫画では赤、アニメでは翡翠である為この連載では赤目設定とします (20120105) |