ことの発端は、ネテロ会長のビデオメッセージだった。

今は亡き会長、わたしもハンター協会のいちハンターとして、いい意味でも悪い意味でも、ネテロ会長には非常にお世話になった。この世界で一番強い人類、そう思っていたネテロ会長。自分の興味のあることに全力で、いつもあり得ない無理難題を楽しそうに押し付けてきたネテロ会長。くたばれこのクソジジイ、と彼が死んでしまうまで何万回思ったことか。ただ、そんな風に悪態を吐いていたのも会長が戦死するまでで、亡くなってしまえば信じ難い気持と虚無感、今までの感謝の気持ちや会長が私に遺してくれたハンターとしての道が雑然と並んでいるだけだった。

思えば私が強くなれたのは会長のおかげだ。四人の兄との死別に打ちひしがれていた私に、強くなるという目標をくれて、兄の死なんて忘れられるような刺激的過ぎる任務をガンガン回してきて、生き抜く術も覚える事が出来た。
ネテロ会長が死んだなんて未だに信じられない、というのが正直なところだが、間違いなく会長はもうこの世にいない。

そんな会長は、自分がいなくなった時のためにと遺言としていくつかビデオメッセージを残していた。その中の一つに、私に宛てたものが入っていたのだ。震える手でビデオメッセージを受け取り、深呼吸をしてから再生ボタンを押した時にかいた冷や汗の感覚は、今もありありと思い出す事ができる。映像の中の会長は、いつもと同じ飄々とした様子で、楽しそうに私に語りかけていた。


『あー、えっと、ワシ、ネテロ。おーうヒバリ、元気でやっとるかの?頼みがあってな、異世界に行って欲しいんじゃ。そしてワシの古い友人に手紙を渡してきてくれんかね。行き方と手紙のありかはビーンズに聞いてくれ。達成難易度はBってとこかの。お前にはちと易しいかもしれん。頼んだぞ、んじゃ達者でなー。』


そんな、八百屋に大根買いに行って来てくれみたいな軽いノリで紡がれた言葉に、私が絶句したのは想像に容易いだろう。異世界って、そんなに気軽に行けるものだっけ?達成難易度Bって、そんな訳ないだろ。無論、そんな私のツッコミが天に届く訳はない。

あのじいさんのことだ、絶対に面倒なお願いなのだろう。そう思って思わず舌打ちした。でも、ネテロ会長が唯一私に遺した任務、断るなんて選択肢も浮かばなかった。

ビーンズさんは、無理なさらなくても、と優しい言葉をかけてくれたが、無理とか余裕とかそういう問題じゃない。生前散々気に掛けてもらっていたのだ、本当に破茶滅茶なジジイだったけど、恩人には変わりない。その人の遺言とも言える願い、しかも名指しの。私がやらなきゃ駄目だ、いや、やりたい、ネテロ会長の為に。

仁義に駆られ、涙目のビーンズさんから手紙が入っているというカプセルを受け取って、教えてもらった異世界への扉があるという場所にすぐさま向かった。そこには何故か、私の念の師匠であるイズナビという男が待ち構えていた。なんで師匠が?と聞くと、彼はポリポリと頭をかきながら眉尻を下げた、ような記憶がある。


「お前、会長の頼みごと聞きに行くんだろ?」
「はい、行ってきます。師匠も一緒に行って下さるんですか?」
「行かねえ。別件でな、クラピカから頼まれごとされてんだ。そっちで手ェ一杯なんだよな」
「そうですか、師匠と一緒ならわたし、最強だと思うんですけど」


そう言って微笑むと、師匠も「それは違いないな」と苦笑いしてくれた。師匠がわたしの誘いを断った理由がクラピカなのは少し引っ掛かるところがなくはないけど、見送りに来ただけで私という不出来な弟子への愛は感じられたので良しとした。師匠、私のことすごい可愛がってくれたもんなあ。

イズナビの事はもはや実の兄や父親のように思っていた。その気持ちを裏付ける証拠として、ブラコンカウンターと呼ばれる万歩計のような機会の画面には、イズナビの名前とともに6万5千ポイントと表示されていた。このポイントは私の念能力に付随するポイントである。

私の能力はブラザー・コンプレックスという。名前のとおり私はブラコンのきらいがある。優しいお兄ちゃん達が何より大好きだった。だから、度重なる兄達の死に、何度涙を流したか分からない。

死別した四人の兄達は生前、全員がプロハンターで念能力を使うことが出来た。鴉、鷲、梟、雀の四兄弟は、界隈では有名な念の使い手達だった。
私は特質系で、そんな兄達の能力を継承して使用することが出来る。それがブラザー・コンプレックスの主たる能力だ。

そしてもう一つ、先ほど触れた万歩計のようなブラコンカウンター、これは血縁関係のない者で、私が心から兄のようだと慕う者と共に過ごしたり共闘したりする事で貯まる「ブラコンポイント」を表示する機械だ。何をすればどのくらいポイントが貯まるのかはまだ私でも分からない。ブラコンポイントが10万点貯まると、その相手と自由に意思疎通が出来る、らしい。更には、自分の窮地の時に10分間だけその相手を召喚することができる、らしい。らしいと言うのは、今まで10万点貯まった人がいないからで。今現在トップのポイントだったのが師匠と仰ぎ4年間もの間ほぼ毎日稽古をつけてもらっていたイズナビだったのだか、その彼ですら6万5千、10万貯めるなんてこの先一生かかっても無理なのではないかと思う。

まあ、ブラコンカウンターの能力が使えなくても兄達の四つの能力を好きに使えるだけでも結構強力で、チート的な存在だとの自負もある。実際、こと戦闘において敗北したことは一度もなかった。だから、三男の梟を殺したであろう幻影旅団の奴らを見つけて復讐してやろうと本気で思っていた。思っていたのだが、矢張りネテロ会長の任務の方が今は大事だと私の脳は判断したのだ。


目の前には、大きな大きな樹が立っていた。樹齢何年になるかなんて想像もつかないくらい太い幹は、全周500メートルあると近くの看板に書いてあった。その大樹の麓、幹のとある一角に空いた、人が一人やっと入れそうなくらいの穴。これが、異世界への扉だとビーンズは言っていた。


「じゃあ師匠、私行ってきます。」
「おう。気を付けろよ。念が使えるかどうか分かんねえんだから」
「分かってます。帰ってきたらまた組手、よろしくお願いします」
「いつでもしてやるよ」


だから生きて帰って来いよ、と師匠は言ってくれた。なんだかむず痒く、でもとても温かい気持ちになって思わず師匠に抱きつくと、まるで小さな子供をあやすみたいに優しい手つきで背中をトントン叩いてくれた、師匠はたまにずるいことをする男だった。

急激にイズナビという男に離れ難さを感じたものの、私はプロハンター、やると決めた事はやる!という意識が優って、ほんの10秒も満たないうちに師匠の胸から離れ、くるりと背を向けた。振り返ったら絶対また抱き着いてしまう自信があったので、振り向かずに暗い小さな入り口へ向かっていった。

師匠が頑張って来いよ、と零した台詞を背中で受け止めて、一度大きく息を吸ってから、「行ってきまーす!!」まるで子どもか、とセルフツッコミできるくらい明るく叫んだと思う。

入り口へ私は頭から入っていった。その次の瞬間、私の視界は真っ青になった。そう、こうして私は、青い異世界へ足を踏み込んだのだ。まさか、青い鳥人間に助けてもらうことになるなんて知らずに。

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