雲ひとつない抜けるような青い空、吸い込まれるようなコバルトブルーの海。

一面の青に、思わず大きく息を吸った。まるで突き抜けてしまいそうなくらい、どこを見ても真っ青だ。心地いい、そう素直に思って、すんと鼻をすすった。それと同時に、めちゃくちゃな浮遊感と自分の重力が下へ下へ推し進める下降速度を実感する。そう、私は今、よく分からないが青い空のてっぺんから青い海へと真っ逆さまの只中にいるのだ。
今さっき突き抜けそうと表現したが、揶揄じゃない。このまま行ったら確実に突き抜ける。まああとだいたい40秒くらいで海にドボンかなあとぼんやり考えた。

標高何メートルのところから落ちてきているのかは知らないが、この高さから海面に叩きつけられたら確実に痛い。痛いというか、生身のままなら死んでしまうだろう。死ぬのは嫌だ。幸い私はハンターで、念の使い手である為元の世界であれば落下など然程大きな問題ではないけれど、この世界で念が使えなかったらアウトだ。

髪の毛が重力に逆らうみたいに、上にふわりと浮いているのが分かる。きっと今私の髪の毛はプロハンターの後輩であるゴン=フリークス君みたいにツンツンと上を向いて見えるのだろう。そう考えながら、念を発動させてみる。とりあえず纏をしてみたらうまくいった、良かった。ここは異世界なんだろうけど、念が使えるなら良かった、海の藻屑になることは避けられそうだ。

心の中でホッと胸を撫で下ろしてから、今度は自分の念能力を発動させる。「お兄ちゃん大好き」と書いて「ブラザーコンプレックス」と読む私の念能力は、ちょっと恥ずかしいけど誇らしい能力だ。主に四つの能力があるが、今回は最も使用頻度の高い、今は亡き長男の使っていた能力を使うことにした。

首飾りにしてあったオカリナを手にとり、オーラを込めて一番高音を吹く。これが長男から継承した能力、バードブラザーズの発動条件だ。込められたオーラに反応し、キラキラと輝きだしたオカリナに、思わずよし、と声が出た。念が発動するなら、この世界でも何ら問題なく生きていけそうだ。間も無く私を助けてくれる鳥さんが現れるだろう。本当に良かった。本当に…。

「ん?」

ひゅんひゅんひゅん、と私の体が空を切る音だけが静かに聞こえてくる。
あれ、おかしい。鳥が来ない。え、もしかして、ということは…。一気に冷や汗が汗腺という汗腺から吹き出す。たしかに一面真っ青で、青以外に見えるものと言えば海の上にポツンと浮かんでいる帆船だけだ。だからと言って、半径5km以内に鳥がいないなんて、これじゃあ、これじゃあ、落ちてしまうではないか!

一瞬で死を察知した私は、ほんの5秒もかからず色々な策を考えまくった。周で体の周りにオーラを集める?硬で背中だけオーラを集めてそこから落ちるようにする?ポタリ、冷や汗が指先を伝って下へ下へと垂れていく。どうしよう、私、死んじゃうかも!

今までの余裕などまるで最初からなかったかのように、思わずぎゅっと目を瞑って身体を丸める。着地まであと15秒と言ったところか。やばいやばいやばい、流石に私でもほんとうにやばい、ぶるりと身震いした。聞こえるはずのない鳥の羽音のようなものが聞こえてきて、遂に幻聴までと絶望する。
私の頭の片隅から、走馬灯がいざ出走と駆け出したその瞬間。

海でも空でもない、青い光が私の眼前に広がった。


「なんだ、女かよぃ。」
「え?」


眩い、青くて白い、綺麗な光。その光は、まるで羽のようだった。異世界の鳥?と思って一瞬見惚れてしまったが、その鳥と思しき青い物体が言葉を発した為呆けた声が飛び出してしまう。するとその「青い何か」は、一つ舌打ちした後、大袈裟な羽音を立ててそれはそれは綺麗な羽根を広げた。予想通り青い鳥だったが、眼光がまるで人かよと突っ込みたくなるほど鋭かったのと、嘴が黄色かったのは予想外で思わずえっと素直な声が私の意思とは関係なしに口から出ていった。


「チッ…しゃーねぇな」
「え、やっぱり喋ってる、魔獣?」
「アァ?」
「あっごめんなさい、え、え、って、わっ」


魔獣と言って気を害してしまっただろうか。そんな風に一瞬気を揉んだ隙に、鳥が私の身体の下に入り込みフカフカの背中に乗せられた。時間にすると落下開始から30秒も経っていないのかもしれないが、お尻の下に物があって支えてくれるという感覚が何年、何十年ぶりにも感じられて思わず涙が出そうになる。ふわりと、落下とは違う浮遊感はあるが、心地いい。落ちるという心配がこれで消え去ったのだ。ありがとう喋る鳥さん。

一見青い炎のようにも見える羽毛だけれど、とても手触りが良くて温かい。綺麗な鳥だなあ、と思って思わず感嘆の溜め息を吐くと、下から「なんだ」と不機嫌そうな低い声が返ってきた。鳥さんの立派な羽根は気流と仲良くしながら下へ下へ、ゆったりと風を切っている。


「いや、あの、ありがとうと思って。」
「チッ…助けるつもりはなかった」
「えっ、じゃあなんで助けてくれたの」
「知らねえよい、身体が勝手に動いたんだ。つうかお前誰だ、どこから来た」


身体が勝手動いた、ということは私の念でこの人語を喋る鳥さんも操れているということか。

私のこの能力は、つまるところ鳥を使役する事のできる能力だ。兄の遺品であるオカリナに念を込めることで、半径5キロ以内のあらゆる鳥類を操ることができる。鳥を巨大化させて乗ることも出来るし、能力発動時だけは鳥と意思疎通も出来る便利な能力だ。ただ、元の世界では鳥類は操れても魔獣の一種である鳥獣は操れなかった為、この状況には驚きを禁じ得ない。

私が背中で身じろぎしたのを敏感に感じ取ったのか、鳥さんはその青い首をぐるりとこちらに曲げて、大人顔負けの睨みを利かせて低い声で唸った。


「少しでも怪しい動きをしたら振り落とす」
「えー、怖い、そんな事しないよ鳥さん」
「と、鳥さんじゃねぇよい!海の藻屑にしてやろうか」


えー怖い、と、全く同じフレーズが私の口から勝手に出ていく。そんなことする気はないくせに、と胸中でだけ小さく呟いてから、鳥さんの青くてふわっとした首の後ろの羽を優しく撫でてみた。初めて会ったけど分かる。この鳥さんは、理由なく人に乱暴をするようなものではない、と。何故かと言われればよく分からなかったけれど、直感だ。鳥さんの鋭い眼光の中に、優しくて火傷しない炎がゆらゆら揺れている気がしたから。だから、大丈夫。

そう思って、思わず上がってしまう口角を抑えることもせずにその柔らかい羽毛に顔を埋めてみる。鳥さんは不服そうに、おいと声を掛けてきたけれど、その言葉は無視をしてゆっくり瞬きをする。

異世界に行く、ってなった時はどうしようかと思ったけど、こんな優しい鳥さんがいる、いい世界で良かったなあ。ほんの数分前までは海に落下しかけて涙目だったというのに、都合よくその事実は体の奥底にしまって忘れ去る事にした。


鳥さんの羽をもふもふしている内に、最初は豆粒大だった帆船がどんどん大きくなっていく。どうやら船に着地する気らしい。甲板には乗組員らしき人たちがこちらを見上げているのが見て取れた。このまま降りたら、船の人たち驚かないかな。そんな不安は覚えたものの、その帆船以外には周りに陸はないし、孤島みたいなところに降ろされてじゃあな!なんて飛んでいかれたら溜まったもんじゃないから、船に降ろしてくれるというのはかなりのナイスアイディアなのかもしれない、やっぱりありがとう鳥さん。


「何突然お礼言ってんだよい、きめェな。」


どうやら心の中でだけ呟いたはずが、外に漏れ出てしまっていたらしい。鳥なのに怪訝な表情丸出しでこちらを見る青い鳥さんに少しはにかんで見せてから、この青い世界の、青く澄んだ空気をゆっくり吸った。


「本当にありがとう。あなたが助けてくれていなかったら今頃海に叩き付けられてたかも。」
「だろーな」
「うん、鳥さんありがとう。」
「だから鳥じゃねェって言ってるだろい」


じゃあ、なんていう名前?そう聞こうと開きかけた口を塞ぐかのように、鳥さんは突然、急降下した。今までの数倍速いスピードに、思わず青い羽根をしっかりと握った。この鳥さん、今までに力を貸してもらったどの鳥よりも美しくて、速いかも。そんな考えがちらと頭を過ぎった時には、もう帆船は目前に迫っていた。先程からこちらを見上げていた乗組員らしき男たちが、何やら歓声をあげたり楽しそうに手を振ってきていたりする。な、なんでこんなに、歓迎ムード?

私の疑問なんて知ったこっちゃないとでも言ったように、鳥さんは甲板の真ん中にすとんと降り立った。優しい着地だったからこちらにすごい衝撃が来たりはしなかったけれど、それ以上に周りの男たち…しかもどう見ても堅気ではない屈強な男達の圧が強すぎて、鳥さんの背中を降りたくない気持ちがぐっと募る。


「おい、降りろよ」
「え、降りなきゃだめ?」
「駄目に決まってんだろい!!!」


調子にのんじゃねえぞい、と独特な語尾で私を叱咤した鳥さんが大きく羽根をバタつかせる。しがみついて振り落とされないようにする事も出来たけど、それはなんだか凄く格好悪いような気がして、すごすごと惜しむように青い背中から降りた。

周りをぐるりと見渡せば、現在進行形で甲板いっぱいに集まってきている屈強な男、男、男。どうやら皆わたしを見にきているようだ。私というより、鳥さんかな?すごいな、ここ、何の船だろう。海賊船とか?なんてね、まだ私も冗談が考えられるほど心に余裕があるみたいだ。とりあえずひとつ深呼吸して、ゆったりとした笑みを携える。何事も第一印象が一番大事だということは、ハンターの師であるイズナビに教わった常識である。


「おーマルコ帰ってきたのか」
「サッチか」
「おかえり、って、あ?おいマルコ、この嬢ちゃんどうしたんだよ」
「あ?落ちて来てたんで拾ってやったんだよい」


私と鳥さんを囲むようにわらわら集まっている男達を掻き分けて近寄ってきた、リーゼントの男。彼は当たり前のように鳥さんに話しかけ、鳥さんも当たり前のように彼に言葉を返している。つまり、鳥さんはこの船のペットということか。マルコ、ねえ。先ほど聞きそびれていた鳥さんの名前を舌の上で転がしてから咀嚼してみる。鳥っぽくないと思わないでもなかったけど、この世界では普通なのだろう。異世界の名前事情に頭を悩ませても仕方あるまい。

そんな事を考えていると、リーゼントの男が興味津々と言ったような素振りでこちらをじっと見つめてきた。先ほど作った笑みのまま軽く会釈をすると、彼の口角がぐぐっと上がっていく。


「お嬢ちゃん、はじめまして、俺はサッチっつうんだ、よろしくな。お嬢ちゃんの名前は?」
「ヒバリです。はじめまして、サッチさん」
「おいサッチ、なんで挨拶なんてしてんだよい。」
「いいだろマルコ、つーかお前いつまでその姿でいるんだよ」


さっさと元戻れよ。
サッチさん、はさも当たり前と言った様子で鳥さんにそう言い放つ。元、戻れよ??
私の頭上には当然クエスチョンマークが3つか4つ連続で浮かぶも、この場にいる誰もそんな事を気にかけてはくれていないようだった。

青白い羽根を丁寧に畳んだ鳥さんへ視線をやると、なぜかバッチリ目があった。やっぱり、眼光は鋭い。人間みたい、と不意に思った。それと時を同じくして、目の前の青い鳥さんは、チッと盛大な舌打ちをしてから、青く眩く燃え出す。そして、そして、そして。


「…えっ?と、とりさん!?」
「鳥さんじゃねえって言ってんだろい」
「と、とりにんげん、なんですか?」


なんと、鳥さんの青い羽根や胴体は炎みたいにぼうっと膨らんだ後、次の瞬間には男性になっていたのだ。黄色かった嘴と同じ髪色で、ちょっとヤクザみたいな髪型をしている。背も高くて筋肉質で…これがあの美しい幸運を運んで来そうな青い鳥さんだとは、俄かには信じ難い。

元の世界で魔獣や、新種の魔獣であるキメラアントなんかは見たことがあったけど、こんなのは初めてだ。驚きは到底隠すことなんて出来なくて、口をパクパクさせながら正直に思ったことを声に出したのだが、「鳥人間」という言葉がお気に召さなかったらしい。目の前の鳥さんが物凄く眉間に深いシワを寄せて、ギロリとこちらを睨み付けてくるではないか。反対に、私のすぐ隣にいるサッチさんは鳥人間というワードに大爆笑していた。


「人間だよい、バカかお前は」
「で、でも、鳥に…」
「悪魔の実の能力だよい。俺はトリトリの実の能力者なんでね」
「あ、くまの…実…」


言葉の響きだけで健康に悪そうな果実である。この世界では、そんな食べ物があるのか。彼の口ぶりから察するに、その実の効果が鳥になれる能力を持っているのだろう。

「なんだ、お前悪魔の実を知らねェのかい?」

自分ではそんなつもりはなかったが、余程怪訝な顔をしていたのだろう。鳥さん、いや、マルコさん?の眉間の皺がより一層深くなって、こちらを見る目もぐぐっと鋭さを増すのを感じた。たしかに、鳥にしては鋭過ぎる眼光とは、思っていたけれど。


「そういやお前、なんで空から降ってきたんだい?どこから来た?…何者だ?」


返答によっては殺す、と言われなくても金髪の彼の瞳がそう言っていた。もしかしなくても、私、結構面倒くさいところに落ちてきちゃったのかも。周りの男達はまだ楽しそうに私を好奇の目で囲んでいる。結構可愛いじゃねえか、とか、ガキだな、といった私の第一印象が野太いざわめきと一緒にたまに聞こえてきた。褒めたり貶したり、全く忙しい人たちだ。


「えっと、マルコさん、ていうんですね。助けてくれてありがとうございました。私の名前はヒバリ、職業はプロハンターです。恐らく皆さんとは違う世界の住人です。とある人におつかいを頼まれて異世界への扉をくぐったんですが、まさか海に真っ逆さまとは思いませんでした。」


はっきり全部言い切ってから、青い鳥人間さんに向かって今日一番の笑顔を向ける。さて、理解してもらうのに、どれくらい時間がかかるのだろうか。隣にいるリーゼントさんを見やると、異世界という単語に声も出ないようだった。周りにいた男達も同様で、ぽかーんとして言葉をまだ飲み込めていない者、異世界なんてとバカにして薄ら笑いしている者しかいなそうだ。そして鳥さんもまた、ちょっと驚いているのか警戒するようにわたしから二歩、距離を取った。頭がおかしい奴と思われたかな。うーん、やっぱり、理解してもらうのは大変かも。

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