ヤムライハがお見舞いと検診を兼ねてやってきた。
大天才の魔法使いであるヤムライハは、定期的に私の容態を見に来てくれる。けれど、そのたびに悲しそうに目を伏せるから、私はこの検診の時間があまり好きでなかった。全力で慕ってくれる可愛い可愛い彼女が、自分の所為で表情を暗くするのが我慢ならないのだ。

ヤムライハには笑顔が似合う。照れたように顔を真っ赤にさせて、幸せそうに表情全体をくしゃりと歪める彼女の笑顔に勝るものなどないような気がするくらいに。勿論ヤムライハは美人であるから、伏し目がちにしてその長い睫毛の間から寂しそうな光が漏れ出でる、という様子も美しくはある。けれど、やはり、笑顔には勝てはしない。

あの笑みには、他人を救う力があるのだ。と、思う。


「なまえさま、調子はいかがですか?」
「…そうだなあ。やっぱり少し苦しい、かな」
「…そうですか」
「うん。ヤムライハが笑ってくれないから、苦しい、かな」
「え?」
「私はヤム、あなたの笑顔がとても好き」


知っているでしょう?
そう言って小さく微笑む私とは相反するように、ヤムライハは目を大きく見開いて固まった。しかし、それはほんの一瞬の話で、一度瞬きを終えた時には頬を真っ赤にして、二度瞬きを終えた時には焦ったように首をブンブンと振る、なんとも忙しない彼女の様子が直線上に並んだ。可愛いなあ。

めめめ、滅相もないです勿体無いですなまえさま!
そう言いつつも嬉しそうに頬を緩めるヤムライハを見、改めて彼女には笑顔が似合うと痛感する。

それと同時に、彼女から笑顔を奪っている自分とその病状に一層の憎々しさを募らせた。兄様には焦りを、ジャーファルには諦めを、そして彼女をはじめ知る人皆には憂いを与えてしまう私の存在が、本当に嫌いだ。辟易さえする。でも、だからと言って不死になって皆に笑顔を与える道を選択したいとは思えない、というのが難しいところなのだ。

どうしたものか、と溜め息を吐きそうになるのを我慢しながら思案に耽っていると、ベッドの脇に畏まるようにして立つヤムライハが徐に口を開いた。


「なまえさま、少し聞いて、いいですか?」
「うん」
「ご病気になられても何故、そんなに気丈に…私などの事まで気遣ってくださるのですか…?」


あまりに切々とした口調だったから、思わず返答に詰まる。
そうか、ヤムライハの目には私はそう映っているのか。不条理とも思える病気に負けずに、どこまでも柔らかいシンドリアの姫としての私。だからこんなにも彼女は私に、憧憬を宿した目の色を差し向けてくるのだ。

果たして私はどんな風にこの瞳に答えを返せば良いのだろう。
一瞬、マニュアルに載りそうな理想的な答えと笑顔が私の脳裏の一角に座り込もうとしたけれど、それは直ぐに消えていった。何故か、急激に私の心臓が冷めていったからだ。

嘘はもう、つきたくない。もうすぐ消える命だ、こんな最後になって、他人に自分を綺麗に見せるように偽るのだなんて、自分を苦しめるだけではないか。
静かに息を吸ってから、ヤムライハの澄んだ青色の瞳を見据える。私とは違って、純粋で美しい色だと思った。


「…私はね、兄様と違って出来た人間じゃないの」
「そんなことございません…!なまえさまは、王と同じくらい素敵な方です」
「ふふ、ありがとう。でも本当に、兄様のように何が出来る訳でもない…魔力だって全くないし。だからね、私は自己満足で生きてる。」


兄様と比べられた時、少しでも自分が良く見えるように、他人の事を一番に心配する。誰かに必要だと思ってもらえるように、精一杯笑う。シンドリアに私がいたという痕跡をほんの少しでも残したくて、皆の幸せを願う。結局、私は自己満足で息をして、他人の為を願いつつも自分の為を思う狡い人間なのだ。ヤムライハの美しい水晶体に写ってはいけないような、本当に自己中な女なのだ。

その事を訥々と伝えると、彼女は涼しげなエメラルドの髪をゆらりと柔らかく靡かせた。綺麗ね、とそんな感想を漏らす暇もなく、「でも!」、澄んだ声音に私の鼓膜が軽やかに揺らされる。


「でも、どんなになまえさまがご自分を卑下なさっても、私は貴方さまを永遠にお慕いしております」
「……」
「それだけは変わりません。私にはなまえさま以外の者がシンドリアの姫になる姿は、どうしたって想像出来ないのです」


胸に手を当てて、目を細めて私なんかへの尊敬を謳ってくれるヤムライハは、太陽からの容赦ない日差しの所為かより眩しく思えた。
ありがとう、そう小さく呟いてゆったりとした微笑みを投げかける。言いたい事を全て言い切った爽やかさからだろうか、彼女はいつも以上に眉尻に綺麗な弧を描かせて、目元を優しく壊した。

私は好かれているのだなあ、と改めて感じる。勿論彼女のその気持ちは有り難いけれど、少し心配に思った事も否めない。
どうか兄様が、この真水のように澄んだ彼女を、私と彼の問題に巻き込むことの有りませんように。既にジャーファルという一番に愛おしい者を巻き込んでしまっているだけに、一抹の不安を感じた。

ヤムライハの悩みの中心に私を据えるような事は、決してしないで欲しい。
胸中で切にそう願ったのと、ヤムライハが私の双肩に罪悪感を熨斗かけたのと。それは殆ど同時だった。彼女の血色のいい唇から放たれた言葉に一瞬脳が動きを止めて、私の四肢をびたりと止める。

それもそうだろう、何せ彼女は、「そう言えば、薬はちゃんと飲んでくださいね?」と、そう言って私の顔を覗き込んできたのだ。もう遅かったの、だ。

固まる私を余所に、ヤムライハの口からは、なまえさまが最近、重要な薬を飲んでいないという事を小耳に挟みましたよ、なんていう補足説明が飛び出してくる。

十中八九、その事をヤムライハの耳に入れたのは兄様だろう。そうやって彼女に心配させて、私をけしかける為に。私がヤムライハを可愛がっていることを十分承知した上で、いや、承知しているからこそ、彼はヤムライハを巻き込んだのだ。
案の定ヤムライハはこうやって、素直な心配の色を滲ませて私に薬を飲めと催促してきた。つまり、兄様の狙い通りである訳だ。

喉が急速に乾いてゆくのを感じた。掠れた声でヤムライハに「心配しないで」なんて言ってみても、きっと逆効果だろう。短い間でそんな考えを纏めて、ただにこりと微笑んでみせる。自分が勧めていたのが不老不死の薬だと知らされる時のヤムライハの気持ちを想像したら、心臓が圧迫されるような痛みを覚えた。

ああ、出来ればこれ以上、他の誰かを巻き込んだりしないで。もう、いいじゃない兄様。
声に出来ない慟哭が、私の爪先から頭頂部にかけてを貫いてゆくのを、確かに感じた。




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