青い色、というのは一概には括れない。

「青」には空のように薄く柔らかい色もあれば、海のようにどこまでも深く鮮やかなものもある。兄様の髪色だって青に見えなくもないし、同様にヤムライハの髪も青色の一種であると言われれば反論は出来ない。みんなそれぞれ全く違う色を持つのに、私たちはそれをただ青いと表現してしまう。不思議だ。

でもここで、それは何故だろう?などと思案をしたところで答えなど見つからないだろうし、そもそも青に限らず色なんてそんな物なのだと言ってしまえばそれまでだから、そんな野暮な疑問は水平線の向こうに置いておく。ただ私は、青色にはたくさんの色があって、それぞれが皆美しいのだと、それだけ知っていられれば文句はないのだ。ない筈なのだ。

けれど、本当はすこし青の範囲の広さが憎い。欲を言えば私は、せめて自分のルフがどんな青色なのか、という事くらいは知りたかったからだ。


私のルフは青い、らしい。
私は兄と違ってほとんど魔力というやつを持っていない。それ故に生まれてこの方ルフというものを目にした事はないけれど、それについての基本的な知識ならば辛うじて持ち合わせていた。

ルフは生命の源、命の故郷。初めてそう聞いた時、ああ私はルフに嫌われた存在なのかと、そこはかとなく考えた。あのときは病気が判明した直後だったから、恐らくそんな風な考え方しか出来なかったのだろう。それが果たして本当なのかどうかは、私の知るところではないから分からないけれど。

そんな事よりも、更に不思議なのは私のルフが青色をしている、という事だった。ヤムライハや兄様によると、有色のルフというのは存在しない筈らしい。ルフは白いか黒いかのどちらかで、それ以外の色にはなり得ない。それが正しい説であった筈だった。けれど、私のルフでその常識が覆ったのだと、いつかヤムライハはひどく興奮した様子で教えてくれた。

私が今まで見た中で、なまえさま、あなたのルフが一番お美しいです!

息巻きながら言われた言葉には、勿論悪い気はしなかったけれど、でも何だか寂しさみたいな小さくて丸い感情を覚えた。
私はルフが見えない。魔力がない。私の周りに飛び交っているという、淡い青色をしたものも見る事はできない。どんな青をしているのか、海みたいな色か空に近い色なのか確かめたいだけなのに、それすら出来ない。

そこで痛感するのだ。
自分はなんて無力なんだろう、と。

自分の事すら自分自身で知ることが出来ないなんて、本当にちっぽけな人間。嫌になる程詰まらなくて病気もちで、兄様に比べれば存在する価値など無に等しい、出来損ないの女。自分でも残念なことに、それが私なのだ。



青空の青と雲の白を半分ずつ混ぜたような優しい色味の便箋に視線を落として、そこに書いてある力強くも流麗な筆致を目で追い掛ける。そこには、最近兄様が体験したという奇妙な出来事が便箋二枚に渡り書かれていた。

ここまでは通常、彼が多忙であまり会えない時に私に宛てる近況報告となんら変わりはない。だが、ここからが、というよりは最後の一文だけが普段とは違った。そして、きっとこの体験談はその長い前置きに過ぎないのだろう、と思う。結局兄様は私にただ一言、聞いておきたかったに違いない。もうあの薬は飲んだのかと。

窓から覗く静かな朝焼けに心中でそっと感謝を唱えながら、小さな吐息を零してみる。「そう言えばなんだが、もう薬は飲んだか?」そうやって締め括られた文章に、どう返事をするべきか。どんな風に答えても外してしまう気がして、なかなか筆をとる気にはなれなかった。

いいえ、飲んでいません、だなんて返答したら兄様がどんなに落胆する事か。落ち込むだけならまだしも、本気で怒ってしまったらそれこそ収拾がつかなくなるだろう。彼の事だ、きっとあの手この手で、非情と思われるような手段も含めて、私にどうにか薬を飲ませようとする筈だ。

そう思えば素直に飲んでいないと書くのは躊躇われるが、だからと言って「必ず服薬しますから安心して」と嘯く訳にもいかない。嘘はつけない。あの人に嘘を吐く程、恐ろしい事はないように思える。よく人間には、人を統べる人間と統べられる人間の二種類があるというけれど、あながち間違いではないと思う。そしてその原理で言えばシンドバッドという人間は確実に、人を統べる分類に入るのだ。私とは正反対の、絶対的な王者。

その兄様が私に不老不死になれと懇願しているのだから、本来ならただの出来損ないの私はその要求を一も二もなく飲み込むべきなのかもしれない。けれど、でも。

やっぱり、死なない体なんて欲しくない。たとえ私が死んだ二日後に何か素晴らしい出来事が起こるとしても、それから何千年も続くであろう孤独に耐えきれると誰が断言できるのだろうか。もしこの薬が、この世界に執着心がなくなったら灰になって消えるみたいな、そんな都合のよい代物であったらよかったことか。

けれど残酷な現実ではなんと言うことか、空と海が永遠に「青い」のと同じで、私の命は永遠に尽きる事などなくなってしまうらしい。

机の上に肘を付いて何とはなしに天井を見上げる。
嘘もつけず、本音も言えず。私は一体何ができるというのだろう。日に日に強くなってくる心臓の圧迫感に気がつかない振りをして、白紙の便箋に筆を走らせた。「もう少し考える時間をください」




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