船長さんの救命から今日で三日、予定より少し遅れて船は漸くシンドリアに到着した。船長さんからは凄く沢山お礼を言われた3日間だった。寧ろこちらが有り難うございますと口にしたときの彼の表情は、きっと何時までも私の脳裏の一画を支配し続けるだろう。

次の出航は明後日という事で、今さっき私は2日間の余暇なんて大層なプレゼントを貰った。しかも色々世話になったお礼にと、シンさんが宿代を払ってくれるらしい。怪我を押してまで船旅の計画を曲げない船長さんも、国一番の宿を用意するよと意気揚々と口にしたシンさんも本当に豪気な人達だ。

そんなこんなでシンさんに案内された宿のロビーに入ろうとした時、物凄い全速力でその人は現れた。


「シン様ああああ!」


銀髪でシンさんよりは小柄な男性らしき人が走ると、まるで後ろに道が出来たように緑のベールが風に靡く。すごく綺麗だ。それにしても相当脚力使ってるなあ。
ぽけっとそんな事を思っている間にも、その人は私の隣で何も見えないかのように微笑むシンさんへと迫ってきていた。


「やあジャーファル、久しぶりだな」
「あなたねぇ!今まで何やってたんですか!」
「商業船に乗せてもらって、無事帰って来たんだ」
「そういう事じゃないです!大体貴方は自覚が足りなすぎるといつも言っているでしょう!だから我々から平気ではぐれるんですよ」


シンさんの逞しい肩をガシッと掴みながら唾を飛ばしそうな勢いのマシンガントークをかましたジャーファルさんとやらは、今度は私の方にくるっと顔を向けた。ちょっと怖いけど、くりんとした目とそばかすが何だか可愛らしい、なんてこんな雰囲気で言ったら怒られるだろうか。だって彼、すごい値踏みする目で私を見ているし。


「シン、こちらの方は?」
「あ、私は」
「今回の渡航で世話になったリンネさんだ」


私の言葉に被せるようにして加えられたシンさんの説明に、そばかすを少し歪めてシンさんを睨んだ銀髪さん。

貴方はまた懲りずに婦女と…!
そんな台詞が私の鼓膜を揺らした次の瞬間には、シンさんが慌てたようにこちらも弾丸並の速さで弁解を始めた。部下らしき人がこんなシャラシャラした服を着ているのだから、シンさんは結構偉い人なのかもしれない。それならば平服みたいな白い衣を纏っているのに関わらず気品みたいなものを持っているのも頷ける。

一人勝手にそんな事を考えいたら何時の間にか弁解は終わっていたらしい、ふと視線を感じて横を向けば私に深々と頭を下げる部下の方の青青としたベールが目に飛び込んできた。


「主が大変お世話になりました」
「い、いえこちらこそ手伝って頂きましたから」
「遅れましたが私、ジャーファルと申します」


がっしり組んだ両手を胸の高さまで上げたままで喋るのは、ここでは感謝の証なのだろうか。ちょっと興味深く思いつつも、取り敢えず自己紹介されたからには私も返すのがルールというやつだと考えているので、目の前の彼に習って深々とお辞儀をする。


「リンネといいます、よろしくお願いします」


名字は名乗らない方がいいという事は、船長さんに出逢った時に一番に学んだ事だ。何でもこの世界で名字を持つイコール煌帝国とか何とかいう東の新興勢力の者、またはどこかの王族の血筋か何かだと思われてしまうのだそうだ。「別に煌出身だからと言って蔑まれはしないが、東方っつーのは最早異世界に近いからなあ。」私にとっては笑えない台詞を、船長さんから聞いた気がする。


「主の言葉通り、貴方の滞在費は全て私共が補償いたします。どうか楽しんで下さいね」


声音と共に、にっこり、なんて擬音が付きそうな笑顔を浮かべたジャーファルさんと目が合った。この人、いま初めて笑った。何故か、えもいわれぬ感動が私の胃の底から駆け上がってくる。

意味が分からないな自分とブンブン頭を振ってその気持ちを余所にやってから再びお礼の言葉を口にすると、今度はシンさんと視線がぶつかった。というより寧ろ、シンさんが私なんかをじっと見詰めていたから目を合わせずにはいられなかったのだけれど。


「あの、シンさん、どうかしました?」
「いや、リンネは見れば見るほど綺麗だなと感心していただけさ」
「はあ?」
「シン!貴方はまたそんな事を!」
「いや冗談抜きで、不思議な魅力がある子だよ」


他人とは何だか纏っている空気が違うような気がするんだ。
続けて発せられたシンさんの言葉に、私の身体の芯が一瞬にして凍りつく。やっぱり私は異質なのか。しかも他人目に見て分かるようなくらい浮いているらしい。

口を開いたら動揺している事がバレてしまいそうに思われて、何も言い返す事が出来なかった。ただ小さく首を振って、ちょっとでも攻撃されたら即跡形もなく崩れ去るであろう笑顔を顔に貼り付ける。きっと鋭いシンさんやその隣のジャーファルさんは、私の表情の機微に気付いたのだろう。けれど幸い深くは追求してこなかった。

心中でほっと胸を撫で下ろしつつ考える事は、私は一体何なのだろう、それに尽きる。宮殿に眠るお宝よりも見つける事が難しそうな自問に、思わず馬鹿らしくなって笑ってしまった。


「どうした?」
「あ、いえ何でも。それより私、もう行きますね」
「ああ」
「今回は本当に有り難うございました」
「いや、こちらこそ感謝しているよ」
「主がお世話になりました、私からもお礼を言わせて下さい」


律儀に頭を下げてくれるジャーファルさんと今この瞬間も笑顔を絶やさないシンさんに、深々と頭を下げる。

今まで生きてきて、私は人の縁という物は全て作為的な要素で成り立っていると思っていた。でもここに来て偶然からの縁を体験して、初めて運命、というよりは「自然な成り行き」を感じられた気がするのだ。そしてそれは紛れもなく、シンさんや船長さんのお陰であって。


「本当に、ありがとうございました。では、もしまた会う機会があったらどうぞよろしくお願いします」


全て言い切ってから高級そうなホテルのロビーのエントランスにくるりと背を向ける。振り向かずに中に入ろう、そう決意した瞬間に、私の背中を縫い付けるような声が飛んできた。


「ちょっと待ってくれ、リンネ」
「へ?」


何だか緊迫した声に思わず振り向けば、そこには声音とは相対するような晴れやかな笑顔のシンさんと、少々苦い表情を作るジャーファルさん。


「リンネ、俺の元で働かないか?」


私の動きが固まったのなんて、言うまでもない事だろう。






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